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ダンピール・エピオルニス  作者: 宗園やや
ソレイユ・キャロル
77/104

05

少し早めに弁当を平らげた創流は、席から立ち上がりながらクウェイルを見てみた。

普段の彼女は教室の外で女友達と一緒に昼食を食べている様だが、今日は自分の席でヤキソバパンを齧っている。

机の上には、まだ封の空いていないコッペパンにフランクフルトがサンドされている菓子パンが置いて有る。


「俺、指導室に行くけど、クウェイルはどうする?」


「ふっとばっべ。むぅだふふぐばあ」


クウェイルの横に立って急かしてみたら、ヤキソバパンを口に突っ込んだまま絵に描いた様に慌て出した。

口が小さいからか、食べるのが遅い様だ。


「何言ってるか分からん。元々、呼ばれたのは俺だけだし、取り敢えず行っておく。風紀委員の人を待たせるのも怖いし」


「むふ~~」


まだ封の空いていない菓子パンを睨み出した金髪美少女を残し、教室を後にする創流。


「あら、早かったわね。もう少しゆっくりしていても良かったのに」


生徒指導室の前で美人の副委員長が立っていた。

中で待っているかと思っていた創流は、上級生の出迎えに少なからず驚いた。


「連日の呼び出しなので、何事かと思いまして。なので急いで来ました」


「ごめんなさいね。実は風紀委員とは全く関係無い話なの。私の個人的なお願い」


背の高い創流を見上げ、申し訳なさそうな顔をする副委員長。


「今、中に盗聴器が仕掛けられていないかを調べているから、ちょっと待ってね」


副委員長は、ドアが開いている生徒指導室に顔を向けた。

創流も部屋の中を覗いてみる。

すると、スーツを着た二人のおじさんがウロウロしていた。

手に持った機械を色々な物に翳している。


「盗聴器って、何事ですか?それと俺は関係有るんですか」


「大丈夫だと思うけど、念の為だから。詳しい話は安全が確かめられてからね」


手を合せて謝る副委員長と共におじさん達の動きを眺める。

数分後、おじさん達が部屋から出て来た。


「部屋の中に盗聴器の類は有りませんでした」


「ありがとう。彼も調べてください。幾間くん、協力お願いします。そこに立っているだけで終わりますから」


「はぁ」


言われるがままに直立不動になる創流。

おじさんに機械を翳され、何かを探られる。


「何の反応も無いので、問題ありません」


「分かりました。ありがとう。では、幾間創流くん。中に入って」


おじさん達を帰した副委員長と共に生徒指導室の中に入る。


「今お茶を沸かすので、座って待っててね」


部屋の引き戸をキッチリと閉めた副委員長は、コンロにヤカンを乗せた。


「幾間くんは怪盗トードストールって知ってる?」


「怪盗、ですか?大分前にネットのニュースで見た事が有ります。アニメの話題かと思ったのに現実なのかよ、と驚いたので覚えています」


適当なパイプ椅子に座り、そう応える創流。


「その怪盗は宝石専門の泥棒なの。有名な宝石の持ち主に予告状を送って、警備の中盗んで行くって言う」


「ニュースにもそう書いて有りました。本当にアニメみたいですよね」


「その予告状が私の家にも来たの。我が家の家宝、『アクアサウンド』を頂きますって言うね」


「へぇ。そりゃ大変だ。人事(ひとごと)みたいな物言いですいませんが、どうにも現実感が無くて」


「まぁそうよね」


うふふ、と笑む副委員長。

不意にテーブルの上に置いてあった小さなランプが赤く光る。

豆粒より小さな物だったので、その存在に気付いていなかった。


「それは入り口前に設置した赤外線装置の警報よ。ドアのすぐ近くに誰か居るわ」


小声でそう言った副委員長は、足音を殺して入り口に近付いた。

そしてゆっくりと引き戸に手を添え、勢い良く開ける。


「あ」


中腰で聞き耳を立てていたクウェイルが気まずそうな顔をした。


「ローレルさんか。どうしたの?幾間くんの事が気になった?」


優しそうな笑顔で訊く副委員長。

しかし盗み聞きをしていたクウェイルは負い目を感じているので、その笑顔が妙に怖く見えている。


「えっと、私は関係無いのかなー、って思って……」


引き攣り笑顔で言うクウェイル。


「貴女には関係無いから帰って、と突き放しても良いけど、後で理由を訊かれる幾間くんが大変そうね。しょうがない」


携帯電話を取り出し、さっきのおじさんを呼び戻す副委員長。


「話を聞きたいなら、ローレルさんも協力してね」


「はい。何をすれば?」


「まずは幾間くんも受けた調査を受けて貰います」


すぐに戻って来たスーツのおじさんに盗聴器調査の機械を翳されるクウェイル。

彼女は携帯電話を持っていたので、それの電源をオフにしてから入室を許可される。


「おじゃましまーす」


物々しさに気圧されてながら生徒指導室に入って来たクウェイルにパイプ椅子を勧める副委員長。


「幾間くんにも訊いたけど、ローレルさんは怪盗トードストールを知ってるかな?」


緑茶を淹れている副委員長に灰色の瞳を向けるクウェイル。


「宝石泥棒の?」


「そう、それ。やっぱり有名なのね。その人がウチの家宝を盗むって予告状を出して来たの」


「おー。マンガみたいな話。それはどんな宝?」


「綺麗なブルーダイヤモンドよ。まぁ、いつかは狙われるんじゃないかと思ってたから、両親はそれなりの対応はしていたの」


「へぇ。副委員長の家ってお金持ちなのね」


先輩相手にタメ口のクウェイルに肩を竦めて見せる副委員長。


「そこそこにね。で、話は変わるけど、幾間くんってネトゲってのをやっているのよね?ローレルさんも」


「はい」


頷く創流。

呼び出しの理由が分からないので緊張した面持ちになっているクウェイルも頷く。


「そのネトゲの事を調べてみたんだけど、廃人って呼ばれている人って、実際の意味で一日中ゲームをするってのは本当なの?」


「本当らしいですよ。メンテナンスでの強制切断以外ではログアウトしない人も居るそうです。少々眉唾ですが」


「幾間くんも、やろうと思ったら出来る?」


「俺は寝ないとダメな方なので徹夜は出来ませんが、予定の無い休みの日は丸一日ネトゲをやったりしますよ。クウェイルと一緒に」


同意を込めて小刻みに頷くクウェイル。

それを横目で見つつ、みっつの湯呑みをテーブルに並べる副委員長。


「つまり、許されるのなら一日中出来る。と」


「後先考えなければ出来ますね」


呼び出しの緊張で喉が渇いていた創流は、一礼してからお茶を飲む。


「そこで幾間くんにお願いが有るの。別荘で一日中ゲームをするバイトをしてみない?」


「一日中ゲームをするバイト、ですか?何ですかその楽しそうなの」


「そのバイトの内容を誰かに聞かれたら困るから盗聴器を調べて貰ったの。その怪盗は盗みに失敗した事が無いって話だから、念の為にね」


創流達の対面に座る副委員長。

そして小声になって話を進める。


「これは秘密の話だから、誰かに言ったらダメだよ。アクアサウンドは外国の銀行に保管して有るって話になってるけど、実は日本に有るの」


「?」


「外国の銀行に有るのはニセモノなの。本物は、こっそり持って帰って来てるって訳」


「つまり、怪盗には外国にアクアサウンドが有ると思わせておいて、本物は副委員長の家に有る、と言う事ですか?」


創流を見詰めながらに首を横に振る副委員長。


「私の家には無い。そこは秘密。で、予告の日はゴールデンウィーク中なのね。そこで幾間くんの出番」


「俺の?」


「ゴールデンウィーク中、私の家とは無関係な別荘に籠って一日中ゲームをして貰うの。で、幾間くんが座る椅子に本物のアクアサウンドを隠す」


「ははぁ。宝箱の上に置く漬物石になってくれ、って事ですね」


「察しが良くて助かるわ。幾間くんは身体も大きいから、立派な漬物石になってくれそうって意味でお願いしたいの」


「はは……」


乾いた笑いの創流。

風紀委員に怒られるよりマシだが、こんなお願いをされるとは夢にも思っていなかった。

そんな創流と副委員長を見比べたクウェイルは、身を乗り出して口を開く。


「えっと、この呼び出しって、創流を漬物石にするお願いだけ?」


「そうよ。風紀委員とは全くの無関係。不安にさせちゃった?ごめんね」


「なんだぁ。じゃ、本当に私は無関係だったんだ。良かった」


胸を撫で下ろしたクウェイルは、懐からフランクフルトを挟んだコッペパンを取り出した。


「実はお昼の途中だったの。ここで続きを食べても良い?お茶も有るし」


「どうぞ」


「ありがとう」


小さな口を思いっ切り開け、パンに齧り付くクウェイル。

自由に振る舞う金髪美少女から視線を外し、話を元に戻す副委員長。


「普通なら何日も引き篭もるのは苦痛でしょ?でも、一日中ゲームが出来るなら座りっぱなしでも平気だと思う。どうかしら?」


「まぁ、平気ですけど。でも、その作戦が怪盗にバレたら、俺、危なくないですか?」


「怪盗の姿を目撃した人は少ない。怪我人もゼロ。絶対とは言えないけど、安全だと思う」


「うーん。なら、もしも盗まれるとしたら、トイレとかで席を外した時に、でしょうかね」


「そうなるかしらね。一応、その対策も考えているわ。幾間くんがバイトを受けてくれたら教える」


お茶を啜り、話を続ける副委員長。


「バイト代は、その別荘に用意するゲーム用パソコンでどうかしら」


「え?パソコンが貰えるんですか?」


「現金だと角が立つから。公に出来ない仕事だし、仕事内容的にもどれくらいの金額が適切かも分からないし」


「ただ椅子に座ってゲームするだけですしねぇ」


「でも、バイトで使って、それ以降使い道の無い物の現物支給なら問題ないかな、と」


「大丈夫です!パソコンが貰えるなら頑張ります!バイトします!」


棚ボタの様な話なので、創流は即決で返事をした。

と言うか、こんな美味しい話を蹴る理由が無い。

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