03
生徒指導室から解放された創流とクウェイルは部活をしていないので、その足で下校する事にした。
「あー、緊張して疲れた。さってと。今日は何しよっか」
横に並んでいる金髪のクウェイルが伸びをしながら訊いて来た。
背が低い彼女は若干早足になっている。
それを承知している創流は努めてゆっくり目に歩いているのだが、それでも脚の長さの差はどうしようもない。
「何しようか。次のバージョンアップまでやる事無いからなぁ」
「そうだねぇ。適当に金策でもする?」
生徒指導室で話に出たネトゲでの予定の相談である。
例のオフ会の後、高校受験を控えていた二人は数ヵ月くらいゲームを休止した。
創流は出来る限り上の高校を目指したかったので、ゲームの事を忘れて勉強しなければならなかったのだ。
そうして苦労して入学した今の高校に、なぜかクウェイルも入学して来た。
最初は偶然だろうと思っていたのだが、彼女は狙って同じ学校に来たのだと言った。
その上で入学直後からおぶさって来たので、こいつ俺に惚れているのか?と思ったりした。
オフ会で出会った彼に一目惚れ!って感じで。
しかし恋する乙女的な仕草が一切無かったから、勘違いも有り得ると疑ってもいた。
外人は挨拶でキスをするくらいスキンシップが激しいと聞くし。
そこの所を突っ込んで「べ、別にアンタの事なんか好きじゃないんだからねっ!」となって疎遠になったら嫌だから、今まであやふやにしていた。
まぁ、後姿が父親に似ているから気になっていただけ、と言う事実が発覚した今ではこう思う。
二人の関係をハッキリとさせたとしても、ツンデレ展開も無しで「あ、そう言うんじゃないんで」で終わっていただろう、と。
ネトゲ内での唯一の仲間なので、気の合う友人以上ではない様だ。
そう。
半年前はオフ会を企画してくれた仲間が居たのに、今では唯一の仲間になってしまった。
実は、高校に合格してゲームに復帰したら、ギルドが無くなっていたのだ。
雰囲気の良かったギルドが解散する理由が全く思い付かなかったので、事情を知っていそうな元ギルドメンバーの一人を探し出して事情を聞いてみた。
彼によると、解散の原因はクウェイルらしい。
盾役の二人が同時に休止してしまったせいで、ギルド内のメンバーだけでは強敵と戦えなくなってしまった。
なので他の人が代理で盾役をしていたのだが、次第にギルドに変な空気が漂い始めた。
メイン盾の二人が復帰するのを待つ派と、構わずゲームを遊ぶ派に分かれてしまったのだ。
盾しかしない人と代理で盾をする人とではプレイスキルが段違いだったらしい。
言われてみれば、即死技以外でクウェイルが沈むのを見た事が無い。
要するに、クウェイルが戻れば負け無しなので、待った方が逆に時間の無駄が無くなると主張したメンバーが居たのだ。
強敵に挑戦する為のアイテム集めはとても苦労するので、それならば他の事をやった方が得だと言う理屈だ。
しかし、クウェイルが美少女だったので、彼女の機嫌を取る為にそう言うんだろうと反対する者が現れた。
オフ会にも参加していたヒーラーのOLさんだった。
ネトゲで良く有る『姫ちゃん騒動』って奴が起こってしまったのだ。
圧倒的に男性が多いゲーマー界では、希少な女子がちやほやされる傾向が有る。
その為、立場の強い女性が複数居るギルドでは、原因が意味不明な謎の諍いが起こる。
男の創流には理解出来ない女の縄張り意識みたいな物が有るらしい。
結果、ギルドメンバーの仲裁に疲れたギルドリーダーが引退してしまい、そのまま流れる様にギルドが解散してしまった。
人間関係が原因で解散したのなら再結成も出来ないので、創流がリーダー、クウェイルがメンバーの二人ギルドを新たに作った。
クウェイルもクウェイルで事の顛末を探っていた様で、自分のせいでケンカになるのなら二人きりで遊ぼうよ、と言ってくれたからでもある。
と言う訳で、勉強に集中していた反動もあり、入学以降毎日二人でプレイしている。
クウェイルはゲームが上手いので、二人きりでもそれなりに遊べるから問題は無い。
「金策ねぇ。うーん。それはそれで何をしたら良いのか」
「今一番稼げる物を調べてみよっか。ん?」
駅に一歩入った途端、足を止めるクウェイル。
今は下校時間なので、色々な学校の制服が入り混じっている。
田舎から出て来たばかりの創流は人混みが苦手だ。
壁の様になっている人間の群れを前にすると、どうやって前に進んで良いのかが分からなくなる。
クウェイルもそうなのかと思ったのだが、なぜか機敏な動きで創流の背後に回った。
「どうした?」
創流が振り返るより早く、その広い背中に飛び付くクウェイル。
「おいおい、たった今注意されたばかりの事をなぜする?ウチの学校の生徒に見られたらどうすんだ。停学だぞ?」
「ごめん。ちょっとだけだから」
普通、人におぶさる時は、肩に手を掛け、腰に足を回す。
しかし今のクウェイルは、肩甲骨くらいの部分を掴み、そのままぶら下がっている。
まるで創流の身体を盾にして誰かから隠れている様に。
少女一人分の重みを受けている学生服が後ろに持って行かれそうなので、ポケットに両手を突っ込んで踏ん張る創流。
「うぐ……、何なんだ一体……」
ぼやきながら適当に視線を彷徨わせたら、人混みに紛れている女性が目に入った。
天然の赤髪、彫りの深い顔。
外国人だ。
ここは東京なので、それだけなら珍しくない。
創流の背中にぶら下がっているのも外国人だし。
だが、あの外人は珍しかった。
着ている物がドレスだったからだ。
いわゆるゴスロリファッションではなく、肩の出たイブニングドレス。
一瞬大人かと思ったが、クマのぬいぐるみを抱いているので子供の様だ。
外人の年齢は良く分からん。
ついつい見詰めていたら、その視線を感じたのか、外人の茶色い瞳が創流に向いた。
そして一瞬目を見開いてから人混みの向こうに消えて行った。
初めて創流を見る人は大体同じ反応をするから、その瞬間の思考は読める。
『うわ、デカ!』だろう。
身体の大きい人が多い外人から見ても創流はでかいのか。
ちょっとショック。
それはともかく、あんな格好をしているって事は、これからパーティなのだろうか。
でも、電車でパーティに行くか?
ドレスなんて金持ちっぽい物を着る人は、自家用車で移動するんじゃ?
そんな事を考えていたら、クウェイルが背中から降りた。
「今の赤い髪の人と知り合いなの?」
ポケットから手を抜きながら訊く創流。
「ん?違うよ?知らない人」
「明らかにアイツから隠れる為に俺の背中に張り付いた、って感じだったんだけど」
「うん。それは正解。何か怪しかったから。じゃ、いつも通り20時集合で」
あからさまに話をぶった切り、逃げる様に走って行くクウェイル。
創流とクウェイルは乗る電車の向きが違うので、ここで分かれるのはいつも通り。
風紀委員に呼ばれたせいで電車の時間がズレてしまったので、急いで行ったのもまぁ分かる。
だが、今の態度はこれ見よがしな怪しさが有った。
おぶさって来るのにも理由が有った様に、今の奇行にも何らかの事情が有るんだろう。
今夜ゲームの中で訊いてみるか。
嫌われるのもイヤなので、一回訊いて答えてくれなかったら、それ以上は追及しないでおこう。




