02
創流はそこらへんに良く居る普通の男子高校生だ。
そう言いながらも凄い人脈を持っていたり特殊能力を持っていたりするのは物語の主人公なら良く有る話だが、創流は本当に普通の人間だ。
あえて人と違う所を探すのならば、それは身長が190センチ超だと言う事くらいか。
自分でもデカイと思う。
街に出ると人の視線を集めてしまうので、そこそこ目立つんだろう。
そんな創流が生徒指導室に呼び出された。
先生に、ではなく、風紀委員に。
「急な呼び出しで驚いているだろうが、まぁ座ってくれ」
創流より体格の良い男子生徒に促され、指導室の中心に置かれたパイプ椅子に座る。
その隣に金髪の美少女も座る。
多分、呼び出しの原因はこいつだ。
もしもこの場に物語の主人公が居るとすれば、それはこいつだと創流は思う。
「ええと、幾間創流と、……むぅ」
創流達の正面に置いてあるパイプ机に着いた男子生徒は、持っていた書類に目を落とした。
が、なぜか動きを止めてしまったので、彼の隣に座っている美人の女生徒がその紙を覗く。
「えーと、クアイル・ローレルさん?」
「クウェイル・ローレルです」
金髪美少女が綺麗な発音で訂正する。
「俺は沼池義人史。空手部部長兼風紀委員長だ。よろしく」
名乗る男子生徒。
続いて隣の女生徒が名乗る。
「私は茎宮音子。風紀副委員長です。生徒会副会長も兼任しています」
白人美少女のクウェイルを見慣れているせいで普通に見えるが、この副委員長はかなりの美人だろう。
そんな美人さんと目を合せて頷いた委員長は、書類を机に置いて語り出した。
「君達は知っているかな?この学校には男女交際絶対禁止の校則が有るのを」
「え?今時、そんな校則が有るんですか?」
驚く創流。
少子化が危惧されて長いので、恋愛はむしろ推奨されていると思っていた。
まぁ、推奨は言い過ぎだとしても、健全なカップル程度なら普通は見て見ぬふりで済ますだろう。
「我が風紀委員は男女交際取り締まりの為だけに存在する。何十年も前に出来た校則と委員だが、廃止出来ない理由が有るのだ」
委員長は語る。
その昔、この学校である事件が起こった。
男女交際が原因だったその事件のせいで学校が潰れる寸前まで行ったらしい。
事件の詳細はもみ消されてしまっていて何ひとつ伝わっていない。
しかし、風紀委員を設立して生徒の不純異性交遊を全面的に禁止する事で学校が存続出来た事実だけはしっかりと語り継がれていると言う。
一度出来てしまった決まりは、余程の契機が無い限り廃止は出来ない。
内容が不純異性交遊禁止なので、これを廃止すると『恋愛が自由になった』と勘違いされる恐れも有る。
時代に会わない決まりなのは重々承知しているが、学校は男女交際をする場ではないので、恐らくは最後までこのままで行くだろう。
「だから、毎年この時期に目立つカップルを呼び出して注意するんだ。入学してしばらく経ち、落ち着くと、必ず数組のカップルが出来上がるからな」
「ちょっと待ってください。カップルって、まさか俺達が、ですか?」
隣に座っている金髪美少女のクウェイルを見る創流。
クウェイルは灰色の瞳で見返して来た。
珍しい色なので、この視線にはちょっと慣れない。
「自分達はカップルではない、と言うのか?しかし、過剰なスキンシップをしている姿が入学直後から目撃されているそうだが。そうだな?鷲ヶ岳」
「はい」
指導室の入り口を塞ぐ様に立っている女子が頷く。
「人目もはばからずに抱き付いている姿を何度も目撃しています。他の生徒は勿論、先生方にも見られていますので、この召集となりました」
ハキハキとした口調の彼女が一年の風紀委員。
創流とクウェイルをカップルだと判断したのも彼女で、だからこうして呼び出された、と言う事らしい。
あちゃー、と言う表情の創流。
クウェイルは意味が分からずにキョトンとしている。
「言い訳が有るのなら聞くが?」
風紀委員長はパイプ机に肘を突き、創流の言葉を待つ。
「スキンシップと言うより、クウェイルが一方的におぶさって来るんです」
「一方的に?つまり、君の許可を取らずにおぶさるのか?」
「はい。俺は止めてくれと言ってるんですが、気配を消して背後を取って来るので、俺にはどうにもなりません」
だからカップルとかじゃありません、ふざけている様な物です、と必死に状況を伝える創流。
すると、委員長は「そうなのか」と信用してくれた。
アッサリと誤解が解けたので拍子抜けする創流。
創流の顔から気が抜けて行く様子を見て口の端を上げる委員長。
「これは生徒同士の話し合いだから、基本的に疑ったりはしない。勿論、ウソだとバレたら重い罰則は有るが」
「ウソではありません」
創流の真っ直ぐな目を見て頷いた委員長は、続いてクウェイルに質問した。
「クウェイルくん。君はどうして彼におぶさるんだ?」
「えっと……」
創流をチラチラと見ながら、言い難そうに口を開くクウェイル。
「実は、彼の後ろ、見た目、えっと……」
「後ろ姿?」
視線を宙に彷徨わせて言葉を探すクウェイルに助け船を出す美人副委員長。
察しも良いとは。
完璧超人か。
「そう、それです。後ろ姿が私のお父さんに似てるんです。だから後ろから抱き付くと落ち着くんです」
「そんな理由だったのか」
初めて知る真実に声を洩らしてしまう創流。
そんな創流に一瞬の視線を向けて発言を制した副委員長は、金髪少女に笑みを向けて優しく訊く。
「お父さんは日本に居らっしゃらないのかな?だから寂しくておぶさるとか?」
「はい。死んでしまいました。そのせいで私は一人ぼっちになりました。だから親戚が居るこの国に来たんです」
重い話をサラッと言うクウェイル。
威圧的な雰囲気を出していた風紀委員長も顎を引いてしまっている。
「なるほど。君達の行動の真意は分かった。いわゆる男女の仲ではないのだな?」
「えっと、まぁ、そう、です」
歯切れの悪い返事をする創流。
創流は普通の男子高校生なので、当然女の子に興味が有る。
だから、折角懐いてくれている子を無下に突き放すのは勿体無いと思ってしまうのだ。
クウェイルはどんな返事をするのかな?と横目で見てみると、薄い笑みを浮かべていた。
と言うか、クウェイルは顔の造りが整い過ぎているので、素の顔が微笑みに見える。
「はい。創流は友達です」
その断言にガッカリする創流。
だがしかし、恋人でも他人でもないのなら、友達だと応えるのがベストだろう。
「分かった。それならばここで帰って貰っても良いのだが、その前に、ひとつ質問をさせてくれ。答えてくれるだろうか」
「はい」
創流が頷くと、委員長は手元の資料に目を落とした。
「君達は入学直後からスキンシップ、つまりおんぶか。それで目立っていた訳だが、入学前からの友達だったのか?」
「えーと、前からの友達……、と言えるのかな?どうかな」
「歯切れが悪いな。ここで話すには不都合な事情でも有るのか?」
「いえ、不都合とかではなくて、長くて面倒な話なんです。それでも良いですか?」
「構わない。君達の出身地は離れているのに、入学直後からカップル的な行動を取っていた。なので不審に思っている教師が居るのだ」
創流とクウェイルはお互いに目を合せ、頷いた創流が語る。
二人の出会いはMMORPGと言うジャンルのネトゲの中だった。
インターネットを通じての仲なので、お互いの出身地が離れていても不自然ではない。
ネトゲのプレイ歴は、創流が二年、クウェイルは一年程度。
ただし、この時点ではお互いの顔はおろか、本名や性別は全く分かっていない。
「俺とクウェイルが初めてリアルで顔を合わせたのは、東京で行われたオフ会でした」
高校受験の下準備で希望校を何校か見学する為に、東京で一泊する。
ゲームの中でそんな話をしていたら、ギルドの仲間達がオフ会を企画してくれた。
集まる場所は、ホテル近所の居酒屋。
勿論創流は未成年なので酒は飲めないが、他のメンバー全員が成人なのでそこに決まった。
ちなみにギルドには盾役が二人居て、創流はその盾役だった。
で、もう一人の盾役が、自分も今年受験だからオフ会に参加したいと言い出した。
そいつは普段無口だがゲームは上手かったので、二つ返事でオッケーされた。
そしてオフ会の日。
初めてリアルで有ったギルドメンバーは、イメージしていた通りの人達だった。
アタッカー役の人達は全員が気の良いお兄さんだったし、ヒーラー役のOLさんは綺麗なお姉さんだった。
創流も、盾役っぽい体格だと笑われた。
そんな感じで盛り上がっていたオフ会だったが、遅れて現れたもう一人の盾役のせいで空気が一変した。
「俺みたいな感じの大男じゃないかと噂していたのに、来たのがこのクウェイルですからね。普通驚きます」
「俺は空手一筋なのでゲームの事は良く分からないのだが、それは遠く離れていても一緒に出来る物なのか?」
「はい。インターネットに繋げて、数千人規模の人と一緒に遊ぶゲームです。まぁ、普通はギルドに入って十数人程度の仲間達と遊ぶんですが」
「そのギルドと言うのは?」
「ゲームの世界を学校に例えて言うなら、ギルド入会は部活に所属するって感じです。目的別で色々と有りますし、入らなくても良い」
「なるほど。つまり、ゲームの中で一年くらい一緒に遊んでいたから初対面でも仲良く出来た、と理解しても良いのかな?」
「その通りです」
創流の頷きに頷きを返した委員長は、隣の副委員長と視線で会話した。
「了解した。では、纏めに入ろう。君達はカップルではなかったので、今回の招集でのペナルティは無い」
そう言いながら立ち上がる委員長。
視線はクウェイルに向いている。
「だが、校内で必要以上にくっ付いている様子が再び問題になった場合、停学もあり得る事を覚えておいてくれ」
「テイガク?それは罰ですか?」
灰色の瞳を委員長に向けるクウェイル。
さすがは風紀委員長兼空手部部長。
創流が苦手に感じている視線を受けても全く動じない。
「そうだ。何度も注意を受けると、退学、つまり学校を辞めさせられる。ここはそう言う決まりが有る学校なんだ。分かったな?」
「はい」
「以上だ。気を付けて帰ってくれ」




