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ダンピール・エピオルニス  作者: 宗園やや
ソレイユ・ソワレ
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「これでエピオルと同年代の人間が全員亡くなってしまいましたね」


ミンナの墓の前で跪いているエピオルの横に立つテスピス。

見た目だけなら、二人は同い年に見える。


「ええ。長かったけど、こうなってみるとあっと言う間ね」


「ミンナが亡くなったので訊きますが、良いですか?」


「何?」


顔を上げ、テスピスを見るエピオル。


「ジンメルのプロポーズを断ったのは何故?そして、ずっと未婚だったのは何故?」


「……どうしてプロポーズを知ってるの?」


立ち上がったエピオルは、厳しい視線でテスピスを見た。

力が籠った彼女の視線は物凄い威圧感が有る。


「そりゃ、狭い村だもの。そこの中心人物の噂を知らない方がどうかしてます」


肩を竦めたテスピスから視線を外し、深く長い溜息を吐くエピオル。


「ミンナとジンメルが結婚して、その子孫が幸せに暮らしている。それで良いでしょう?」


「ええ。それは私達も心から祝福しています。ただ、子供を産めない私達に遠慮したんじゃないかなって、ずっと思っていたんです」


「それは無いわ」


即答し、白い雲に目をやるエピオル。


「残念ながら、他人を気遣える様な良く出来た人格は持ち合わせていないの。私は」


「そうですか。なら良いんです。今の話は忘れてください」


テスピスも雲を見上げた。

そして話を変える。


「あれから八十年。まだエーレンさんを待つんですか?」


「勿論」


「私達は、少し飽きたな」


何者かが気配も無くエピオルの背後に立ち、そう言った。

ソフォクレスか。

振り向かずに目を閉じるエピオル。


「なら、どうする?」


「生き甲斐を見つけたい」


アイスキュロスもエピオルの背後に立つ。

何も言わないが、エウリピデスの気配も有る。


「そんな物、自分で見付けなさいよ」


「実は、前々から姉妹達で相談していた事が有るんです。もしも許されるのなら、旅に出ようかと」


思い詰めた様な表情のアイスキュロスを見るエピオル。

本気らしい。


「良いんじゃない?私も、遅くても三十年後には旅に出るから、運が良ければ何処かで会えるかもね」


姉妹達の真剣な表情を順に見てから、勤めて明るく、おどけて言うエピオル。

長年一緒に暮らしていた四姉妹が居なくなるのは寂しいが、だからと言って彼女達をこの村に縛り付けて良い理由にはならない。

彼女達にも自分達の幸せを見付ける権利が有るのだ。


「旅に出るのなら、魔物に苦しめられている人間を護りたい。エピオルの様に。それが生き甲斐になり得ると思うから」


テスピスが救いを求める様な眼差しをエピオルに向ける。

そんな姉の脇に移動するアイスキュロス。


「その為にも、私達に力をください」


「力?」


「エピオルは、この村を狙う魔物を一人で退治して来ましたよね。その姿を私達はただ見て来た。いえ、邪魔になるから見守る事も出来なかった」


「私はこの村とミンナを護っただけで、人間を護った訳じゃないわ。この村が無くなったら、お父さんを待てないもの」


涼しい風が墓地を通り過ぎ、エピオルの長い銀髪が揺れた。


「それに、この村が魔物に襲われ続けていたのは、きっと私のせい。私が不幸を呼んでいるのよ」


「だが、守り切っているのは確かだ。ただ長寿なだけの私達ではそうはいかない」


ソフォクレスが持っている剣を掲げた。

八十年間ずっと剣の技を磨いて来たので、人間相手なら無敵だ。

そんな彼女でも魔物には敵わない。


「言いたい事は分かったわ。まぁ、バンパイヤに近い力を貴女達に持たせる事は出来るよ。お爺さんに貰った本にやり方が書いてあるから」


再び四姉妹の顔を順に見るエピオル。

彼女達の顔も昔から変化していない。


「でも、それは人間を捨てて魔物になるって事よ。それでも良いの?」


「私達は人間でしょうか。全く年を取らない私達は、人間でしょうか!」


自虐的に微笑み、両手を広げるテスピス。

涙声。

そんなテスピスに金色の瞳を向けるエピオル。


「……同じ様に若いままのお前も魔物だ、って言ってる風に聞こえるんだけど?」


「ごめんなさい。でも事実でしょう?」


「まぁね」


腕を組み、祖父から貰った本の中身を思い出すエピオル。

何度も読んだので、その全てを記憶している。


「貴女達に力を与える方法はこうよ。私が貴女達の血を全て飲み、からっぽになった貴女達の身体に私の悪い方の血をちょっとだけ流し込む」


エピオルは、未だに人間の血を飲んだ事が無い。

もしそれをするのなら、初めて飲む人間の血はコロス四姉妹の物と言う事になる。


「そして、バンパイヤの血を貴女達自身の身体で作らせるの。人間の血が無くなっているから、貴女達はそのまま魔物になれるって訳」


自分の掌を見るエピオル。

ダンピールがこの魔法を使うのにはリスクが有る。

なぜなら、エピオルに混ざっている人間の血も捨てないといけないので、通常の倍の量の血を使わないといけないからだ。


「でも、苦しいよ。凄く。生きたまま干からび、自力で復活しないといけないからね。しかも私の顔に似て来るらしいわ。それでも良いの?」


「ええ。少なくとも、今よりは良いわ」


テスピスがそう言うと、四姉妹全員が頷いた。

覚悟は出来ている様だ。

六歳程度にしか見えないエウリピデスも実際は八十歳を越えているので、肝は据わっている。


「じゃ、急いで準備を始めましょう。さっきも言ったけど、三十年後には私も旅立つから。お父さんが来たら、すぐにでも。その前に済ませなきゃ」


「どうして?」


「さっき、テスが訊いたよね。どうして未婚なのかって。それは、これ」


銀髪を掻き上げ、耳の後ろに有る堅い髪の束を四姉妹に見せるエピオル。


「この不幸を呼ぶ呪いの髪が子供に遺伝したらって思うと、怖くてね。それが本当の理由。でも……」


髪の乱れを直したエピオルは、ミンナの墓を見下ろした。


「ミンナのお腹が大きくなって、ミンナの子供が産まれて、その子を抱かせて貰った。その時から村の子供達を見る目が変わったのは確かね」


テスピスも墓を見下ろす。


「つまり、子供が欲しいの?」


「つまりはね。もしもその子に不幸が有っても、私が護れば良いんだし。お母さんが殺された時は幼くて護れなかったけど、今は違う。きっと護れる」


「この八十年、色々有ってエピオルも強くなったからね。きっと、いえ、絶対護れるわ」


エピオルを抱き締めるテスピス。

暖かい身体に包まれたエピオルは微かに頬を染めた。

一緒に暮らし始めた当時の彼女はかなり年上だったので、こう言う行動をされると母の面影を重ねてしまう。

金髪碧眼だと言う部分以外は全然似ていないので、それに甘える事は無かったが。


「うん。護ってみせるよ」


「……そうだ。私もエピオルの子供を護る」


その様子を見ていたアイスキュロスが手を打ち鳴らす。


「私もそんなに人間が好きな方じゃないから、それなら大きな生き甲斐になると思う。私はエピオルの子供の騎士。ロマンティックだと思わない?」


テスピスから離れたエピオルは、アイスキュロスに向って溜息を吐いた。


「アイス。貴女、私が結婚した先の家にくっ付いて来るつもり?」


「あ、そうなるのか。じゃ、騎士じゃなくて、エピオル御付きのメイドになります。それならエピオルの子供を護って当然でしょう?」


「そうね。私も良いアイデアだと思うわ。私達、エピオルが居たから今まで生きて来れたと思うの。その恩返しよ。貴女達はどう思う?」


テスピスに意見を求められたソフォクレスとエウリピデスは、揃って首を縦に振った。


「え?全員で私にくっ付いて来るつもり?」


「当ても無い旅に出るより、明確な目的が有った方が生き甲斐を見付け易いと思いませんか?」


テスピスの言葉を聞いたエピオルは、頭を抱えて天を仰いだ。

それはどこまでもくっ付いて来る宣言。

もう百年位は離れる気は無いらしい。


「全く、貴女達は……。勝手にしなさい」


墓地に背を向け、村に向って歩き出すエピオル。


「血の儀式は途中で止められない。死ぬほどの苦痛に耐える覚悟が有るのなら、私の部屋に入って来なさい。嫌なら、荷物を纏めて旅に出なさい」


顔を見合わせた四姉妹は、特に迷う事無くエピオルの後を追った。

揺れる銀髪を誇らしげに見詰めながら。

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