07
父の居城では定例のパーティーが行われていた。
貴族と言う物は、ヒマ潰し目的で頻繁に社交パーティを開く。
本来なら、一人息子であるエーレンはパーティの準主役にならなければいけない。
世間話や飲食をするだけなら、少々退屈だろうが、積極的に参加していただろう。
しかし、エーレンはこのパーティーが嫌いだった。
パーティーのメインイベントがオークション形式での人間の売買だからだ。
下級な魔物が人間を攫って来て、貴族クラスの魔物が品定めする、そんなオークション。
思い付きの戯れで始めたイベントだったのだが、大好評なので毎回行う様になった。
下級魔物はただの商売、貴族はただの遊びとしてやっているのだろうが、連れて来れられた人間は堪った物ではないだろう。
売れなかった人間は魔界の何処かに捨てられ、知能の無い魔物に食われてしまうし。
それなのに元人間の悪魔や魔女も進んで人間を連れて来るのも理解出来ない。
だから嫌いだった。
今までは適当な言い訳をして参加を回避していたのだが、今回は必ず出席せよと言われた。
(父は私に何の用が有るんだろうか。心当りが無い訳ではないが……)
こっそりとパーティーを抜け出したエーレンは、ベランダに出て丸い月を見上げた。
すると、高慢さとワガママで有名なサキュバスが人間の男を抱いて帰って行く所が目に留まった。
サキュバスの色香に惑わされているのか、男の表情は恍惚としている。
(人間は、自身が願わなかった事が起こっても、それに喜びを感じられたのなら、それはそれで良いのか?)
月にノトルの顔を浮かべるエーレン。
(今、ノトルは幸せなのだろうか。それならば、それはそれで良いと思っているのか?)
エーレンがノトルにした事は、下級な魔物と同じだ。
父に言われ、無理矢理自分の城に連れて来た。
結果的に彼女は平穏な毎日を送っているが、今の状況は掃除が出来るペットに過ぎない。
彼女には、元々の彼女が願っていた夢が有ったのではないだろうか。
人としての幸せが。
それを……。
「エーレン」
「あ、ち、父上」
考え事をしていたエーレンは、父親の接近に気付かなかった。
なので、イタズラが見付かった子供の様に慌ててしまった。
「お前はこの前の少女と一緒に暮している様だが、どうなんだ?」
いきなり本題に入る父。
予想していた事だが、この呼び出しはそれが原因か。
「どう、と申されましても……。メイドとして働いて貰っています」
「僕としてか?」
「いえ……、まだ……」
父は立派な顎鬚を撫でた。
叱られるかと思ったが、初老の男性は平然と続ける。
彼も予想していた様だ。
「ふむ。まぁ、一人目はそれでも良いだろう。使用人は必要だからな。それでは、今日のパーティーで私が買った四姉妹をお前に与えよう」
「え?いえ、私の城はノトル一人で十分です。そんなに大勢は必要ありません」
「では、近い内にそのノトルとやらの血を吸うのか?それならば四姉妹は必要無いが」
父が持つ金の瞳が怪しく光り、冷や汗を垂らして言い訳を考えている息子を睨み付ける。
つまり、父は誰でも良いからさっさと血を吸えと言っているのだ。
それを察したエーレンの視線が泳ぐ。
「どうなんだ?どうするんだ?」
「は、はい。ノトルは人間の生態を知る為にもう少し観察していたいので、四姉妹を頂きます」
急かされ、仕方無く父に従うエーレン。
血を吸うつもりは無いとは口が裂けても言えないので、適当に誤魔化す。
まぁ、観察したいと言う気持ちにウソは無いが。
「しかし、やはり四人は多過ぎます。私一人では運べません」
「私の部下に運ばせるので問題は無い。お前は先に帰り、受け入れの準備をしておけ」
「はい。……では、失礼します」
ベランダから跳び上がったエーレンは、そのまま夜空を飛んで帰路に付いた。