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ダンピール・エピオルニス  作者: 宗園やや
ソレイユ・ソワレ
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今回はエピオルもしっかりと気を持っていたので、眩暈(めまい)を覚えた程度で済んだ。

目を開くと、三人は煌びやかな部屋に居た。

金銀宝石が鏤められている置物。

油断したら躓きそうなほど柔らかい赤絨毯。

三人は揃ってこう思った。


(趣味が悪い)


しかも変な香が薫かれていて臭い。

落ち着かない部屋だ。


「初めまして、お嬢さん方」


斜め後ろからの声に反応して振り向く三人。

声の主は真っ黒な礼服を身に纏った老人だった。


「少し身体を悪くしていてね。このままで失礼するよ」


豪華な椅子に身を委ねている老人は、エピオルと同じ金色の瞳で幼女を見詰めていた。


「貴方が、私のお爺さん、ですか?」


銀のナイフを構えながら訊くエピオルから目を逸らし、深い溜息を吐く老人。


「お爺さん、か。私の城にダンピールが侵入した気配がしたのでまさかと思ったが、お爺さんとは……」


髑髏が付いた悪趣味な肘掛けを擦りながら再び溜息を吐いた老人は、面倒臭そうに足を組んだ。


「だが、その瞳と魔力の波動は確かに我が家の物。それに気付いた死神がここに通した、と言う訳か」


「あ、あの……」


ナイフを仕舞い、独り言を呟いている老人の顔を覗くエピオル。

顔色が悪いが、大丈夫だろうか。

正気だろうか。

そんな心配を察してか、表情を引き締める老人。


「私の名はエリン。君の名は?」


「私はエピオルニスです。エピオルと呼んでください」


エリンはウエーブの掛かった白髪を揺らし、ワインが注がれたグラスを手に取った。


「エピオル。……何の用かな?」


「あの、私のお父さんがどこに居るか、知ってますか?」


「エーレンなら、この城の中に有るエーレンの部屋に置いて有る」


「置いて有る?置くって何ですか?」


「エーレンが人間の女性と一緒に暮すと言い出したのでな、石化の呪いを掛けたのだ。エーレンが女性を諦めるか、百年経つかで解ける呪いをな」


「ひゃ、百年?それじゃ、お母さんは絶対にお父さんに会えなかったんじゃないですか!」


「そうなるな。まぁ、エピオルが産まれていたのなら、それも無駄だったが。帰ってエピオルの母にそう伝えなさい」


「お母さんは、……亡くなりました。だからお父さんを捜しに来たんです。その呪いを解く事は出来ないんですか?」


「出来るよ。私が死ねば、私の魔力が無くなるので解ける」


ワインをひと舐めするエリン。


「私は今、エーレンから受けた傷で弱っているから、ダンピールのエピオルなら幼くても殺せると思うぞ。どうする?」


「ど、どうするって言われても……」


彼が本当に弱っているのなら、気合を入れて睨めば殺せるかも知れない。

さっきの鼠犬の様に。

だが、祖父を殺して父を取り返したとしても、それを母が喜ぶだろうか。

憎い敵なら仕方ないと思うが、相手は血の繋がった親族。

自分は事の次第を母の墓に報告出来るだろうか。

分からない。

悩み始めたエピオルが床を見詰めて黙ってしまったので、テスピスが恐る恐る手を上げた。


「あの、良いですか?私達、以前に魔界へ連れて来られた時から成長が止まってしまったんです。これに就いて、何か心当りはございますか?」


「成長が止まる?……もしや、私がエーレンに与えた娘か?」


「恐らくそうです。エーレンスレイヤーさんのお城に連れて行かれた後、彼に自宅へと送り返して貰ったのです」


「それも私の呪いだ。ダンピールが産まれない様に生殖能力を止める呪いで、肉体を変質させる物だから解ける事は無い」


「解けない、んですか」


お互いの目を見詰め合った後、落ち込むテスピスとソフォクレス。

妹達もガッカリするだろうな。


「……そう言えば、あの娘にも呪いを掛けたな。エピオル。エピオルの耳の後ろに堅い髪の束は有るか?」


「え?ええ、有ります。最近、この部分の髪の毛だけが堅くなって来ました」


銀髪を掻き上げたエピオルは、耳の後ろをエリンに向けた。

そこには大人の中指サイズの髪の束が有り、まるで糊付けしたかの様に棒状になっている。


「この呪いは、受けた者の体質で効果が変わるのだ。ほとんどの場合は生殖能力を止め、身体の成長も止める。その娘達の様に」


指差され、顔を逸らす姉妹。


「ゾンビと言う呪いに近いな。あれは生きている死体だが、これは死んでいない死体だ。だから身体を破壊されない限りは死なない」


「良く分かりません」


小首を傾げるエピオルに金の瞳を向けるエリン。


「簡単に言えば、人間の長期保存が目的の呪いだ。ずっと若ければ、いつでも新鮮な血が吸えると言う訳だ。味は数段落ちるがな」


「えっと、冬を越す為に干し肉や燻製を作る様な物、ってことですか?」


「その通りだ。しかもダンピールが産まれない、バンパイアに都合の良い呪いだ。その呪いを受けた者は、足の裏にその証が有る筈だ」


「え?ソフィ、ちょっと見て頂戴」


テスピスは片方だけ靴を脱ぎ、その足の裏をソフォクレスに向けた。


「……本当だ。変な模様が有る。きっと私にも有るだろう」


姉の足首を持ちながら苦々しい表情をするソフォクレス。


「しかし、稀にその呪いが効かない人間が居る。普通に成長し、子を身籠る事が出来る」


ワインを口に含み、確かめる様に飲み下すエリン。

具合が悪いので、長く喋ると喉が渇く。


「その時は、その者が産んだ子に呪いが作用する。ダンピールの耳の後ろに、不幸を呼ぶ髪の束が生えるのだ」


「不幸を呼ぶ?」


エピオルは両耳の裏に有る堅い髪を撫でる。


「ああ。我等がダンピールを倒すとなると命懸けになるので、ダンピールが自滅する事を願うのだ」


ワイングラスを脇のテーブルに置き、肘掛けに体重を任せるエリン。


「その髪にはダンピールの力を増幅させる機能が有る。髪が堅ければ堅いほど、ダンピールの力がそこに集まっている事になる」


「さきほど、エピオルは視線だけで犬みたいな魔物を退治しました。それはダンピールの力が増幅されているから出来た事、と言う事でしょうか」


テスピスがそう言うと、エリンはゆっくりと頷いた。


「全盛期の私でも、視線だけでは下級悪魔を殺す事は出来ない。つまり、エピオルは普通のダンピールより強いと言う事になる」


「その呪いに何の意味が?」


「そこに力の全てが集まっているので、それを切り落とすと力の全てを失う。つまり、堅い髪を攻撃されるとエピオルは命を落とすのだ」


驚く女性三人。


「ダンピールを強化してしまうデメリットは有るが、分かり易く、尚且つ一撃で殺せる弱点が有るメリットの方が大きいと言う訳だ」


「なるほど……。しかし、それでは不幸を呼ぶ呪いとは言えないのでは?」


過去に保存食扱いしたテスピスに質問されている状況に不快感を覚えるエリン。

しかし幼い孫娘が知りたいであろう事だから、寛大な心で応える。


「運が悪くなる、と言い直せば納得するか?隠れているのに敵に見付かる。敵の攻撃が偶然弱点に当たる。その様な状況に(おちい)る確率が上がる呪いだ」


「私の髪が不幸を呼ぶ……。もしかすると、お母さんがあんな目に合ったのは私のせい……?」


「そうだな。それをエピオルが不幸だと思い、それによってダンピールの力が弱点に集まったと感じたのなら、それはエピオルのせいだ」


エピオルとテスピスとソフォクレスは黙って顔を見合わせた。


「他に何か有るかね?」


エリンに言われ、エピオルはテスピスとソフォクレスを窺う。

しかし、二人は首を横に振る。

これ以上の情報は必要無い。


「じゃ、お父さんに会わせてください。それで私達は帰ります」


「石でも良いのか?」


「はい。ここで貴方を殺しても、何にもなりませんから。……それに、そんな事をしたら、お母さんを殺した人間と同じになってしまう」


孫娘の金色の瞳の奥に深い憎しみを見た祖父は、微かに唇の端を上げた。


「そうか。……エピオル、こちらに来なさい。これをあげよう」


傍らに置いてあった皮張りの本を手に取ったエリンは、それをエピオルに差し出した。


「これは我が家に伝わる魔術の本だ。エーレンにはこれを受け継ぐ度胸が無いので、エピオルに渡す。お前を襲う不幸を退ける助けになるだろう」


受け取るかどうかを迷うエピオル。

だが、今後も不幸に襲われる事が確定しているのなら、きっと必要になるだろう。

もしもノトルを襲った不幸がミンナにも降り掛ったらと思うと頭がおかしくなりそうだ。

あの優しい友人を自分が殺すのは良いが、他人に殺されるのは絶対に阻止したい。

だから受け取る事にした。


「ありがとうございます」


本を受け取りに近付いて来たエピオルの頭を、ゆっくり、そして優しく撫でるエリン。


「お前が十分に生きたと思ったら、その本を次の世代に渡せ。それではエーレンの部屋に送ろう。帰る時は、その部屋に浮かぶ光の玉に触れれば帰れる」


「あの、お爺さん」


「……行け」


エピオルの言葉に耳を貸さず、三人の客を光の中に消すエリン。

溜息を吐き、一人に戻った事を確認してからワインを一気に呷る。


(お爺さん、か。これで我が家も終わりだな。……いや、諦めるのはまだ早いか。更なる不幸を産む事になるかも知れぬが、それもまた運命)


ワイングラスをテーブルに置いたエリンは、優雅に指を鳴らした。


「お呼びで……?」


部屋の隅に現れる死神。


「エーレンにやられた傷を治す。処女を数人都合してくれ」


「は」


「少々の品質の悪さは問わない。急げ。私の代でこの家を潰す訳には行かない。最後にもう一頑張りしなければならないのだ」


「畏まりました」


恭しく頭を下げる死神。

ここ数年、死んだ様にやる気の無くなった当主様に活力が戻った。

やはり自分の孫を見ると成長を見守りたくなるんだろう。

どんな形であっても。


「……エピオル様はエーレン様にそっくりで御座いますな。勿論、エリン様にも」


「だが、その心は我等とは違う。どちらにせよ、ダンピールに家督はやれん。……行け」


「失礼致します」


姿を消す死神。


「全く。出来の悪い息子のせいで隠居も出来んわ」


笑みを零しながら愚痴ったエリンは、空になったグラスにワインを注いだ。

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