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頭の中に光が入って来る様な不快感に襲われたエピオルは、反射的にきつく目を閉じた。
「エピオル。エピオル!しっかりして!」
テスピスの声に驚いたエピオルは、思わずナイフを床に落とした。
銀と石がぶつかる音が広い部屋に響く。
「……え?何?あれ……?」
石造りの大部屋を縦横無尽に走り回っている数十匹の動物がエピオルの瞳に写る。
その動物の一匹を切り殺すソフォクレス。
鼠と犬を合体させた様なその動物は、積極的に攻撃を行っているソフォクレスを集中的に囲んでいる。
「恐らく、魔物でしょう」
「魔物?あれが?」
テスピスは、短剣を見せびらかせる様に翳して鼠犬を牽制している。
三匹の鼠犬が弱そうな長女と幼女のスキを狙っているので、気を抜いたら遠慮無く襲って来るだろう。
ここは薄暗くて見難いから、金色の瞳を凝らして魔物の姿を観察しようとするエピオル。
相手がどう言う物か分からなければ対処のしようがない。
そう思っていると、その鼠犬が悲鳴を上げて弾け飛んだ。
「え?」
エピオルが見詰める鼠犬が次々と弾けて行く。
異常な事態に気付いた鼠犬達が蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。
「ふう。本当に視線だけで魔物を殺せるんだな……」
剣に付いた血を払って捨てるソフォクレス。
肉片になった鼠犬から視線を逸らしたエピオルは、大部屋に充満する血の臭いをなるべく嗅がない様に浅く呼吸をする。
腐ったドブみたいな臭いなので、深く吸ったら体調を崩しそうだ。
「……何だか嫌な気分。魔界じゃペットも飼えない」
テスピスも短剣を仕舞い、笑みながらハンカチで鼻を覆った。
視界内に魔物が居ないので警戒を解いたのだろう。
「うふふ、そうね。でも、どうしてエピオルだけ気を失ったんでしょう?」
「え?私、気絶してた?」
「ええ。立ったまま、ピクリとも動かなかったわ。魔方陣を機能させたから、エピオルの魔力が少なくなったのかな?大丈夫?」
腰を曲げ、床に落ちたままの銀のナイフを拾うテスピス。
そのナイフを受け取ったエピオルは、自分の体調に意識を向ける。
「うん、大丈夫。何とも無い。全然平気」
「歩けるなら先を急ごう。暢気に分析をしている場合じゃない。ここは魔界で間違いなさそうだから、素早く行動するぞ」
大部屋の出口周辺の安全を確かめたソフォクレスは、振り向いて二人に注意した。
「そうね。行きましょう、エピオル」
「うん」




