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「あ、残ってる!良かった~」
一番に緑の谷の底に降りたエピオルが、草の影に有る魔方陣の跡を見付けた。
続いて降りたテスピスが地面に膝を突き、旅の荷物を脇に置きながら魔方陣に顔を近付ける。
「本当だ。でも、新しい草が生え掛けてる。生え切ってたら消えてただろうから、早めに家を出て正解だったね」
「丁度日が当らない位置だったから草の伸びが悪かったんだろう。幸先が良い」
最後に谷底に立ったソフォクレスは、まだ残っている雪に目をやった。
彼女は戦闘要員なので、素早く動ける様にと細身の片手剣と小さな肩掛けバッグしか持っていない。
「それじゃ、エピオル。これを試してみて。図形を描く魔法よ」
「うん」
テスピスから一枚の紙を受け取るエピオル。
ノトルが集めた書物には、魔法に関する物も含まれていた。
だが、それらの全てが様々な外国語で書かれていた為、エピオルは読めなかった。
ダンピールは賢いので時間を掛ければどんな国の文字でも読める様になるが、少なくとも冬の時点ではそんな本が有る事すら知らなかった。
それをテスピスが解読してくれたのだ。
「……反応無し、だね」
魔法陣が光るイメージと共に呪文を唱えたが、何の変化も無い。
肩を落とすエピオル。
「大丈夫よ。ダメだったらエルフさんに頼めば良いんだから。次は図形に魔力を込める魔法よ。草に意識を向けない様に気を付けてね」
バッグからもう一枚紙を取り出すテスピス。
「うん」
再び呪文の詠唱に入るエピオル。
すると、魔方陣がぼんやりと光り出した。
最後の言葉を唱えたエピオルが口を閉じると、魔方陣の跡に生え掛けていた草だけが綺麗に燃えて無くなった。
「やった!大成功!」
「これで、エピオルに魔力が有る事と、ノトルニスさんが集めた書籍の正確さが証明されたわ。では、予定通り魔界に行きましょう」
長女は次女と目を合せた。
頷き、鞘から剣を抜くソフォクレス。
「この魔方陣が何処に繋がっているかは分からない。恐らくは魔界だろうから、気を引き締める様に。私が先に行くから、様子を見てから付いて来て」
エピオルはアイスキュロスから借りたナイフを、テスピスは自分の短剣を抜き、頷いた。
短い期間ながらも格闘術を習っていたエピオルに刃物は無用だが、銀で出来た武器は魔除けにもなるので、気休めとして持っている。
「行くよ」
ソフォクレスが魔方陣の中心に立つと、軽い衝撃と共にその姿を消した。
「……大丈夫みたいね。次は私が行くわ。ん?どうしたの?何か心配事?」
暗い表情のエピオルの前に屈み、視線の高さを合せるテスピス。
「……何でも無い。ちょっとお母さんの事を思い出しただけ。行こう」
「気持ちは分かるけど、魔界に着いたら考え事はしないでね。そのスキが命取りになるから」
「分かってる」
「じゃ、ソフォクレスの背中をイメージしながら魔法陣に入りましょう」
先にテスピスが魔方陣に消え、続いてエピオルが光に融けた。




