64 対面
待ちに待った春が来た。
陽光は心地良く、まだ残る雪を割って顔を出している無数の花の芽。
一人旅なら山道の雪が解けてから出る予定だったのだが、目的地が緑の谷に変わったので出発が早まったのだ。
「行って来ます、お母さん」
何日も前に準備が整っていた旅の荷物を持ったエピオルは、母のベッドに祈りを捧げてから寝室を出た。
もうちょっと良い物に母の姿を想い映したいのだが、他に母の私物が無いのだ。
服やクシ、手鏡等、全てを持って首都に行った様だ。
もしくは、魔女の証拠探しとして教会が勝手に持って行ったか。
エピオルの服も数着無くなっていたので、教会の線が強いと思う。
食器と本は残っていたのだが、本は読む物だし、皿に向かって深刻な顔をしていると腹が減っている様にしか見えない。
だから仕方が無い。
庭に出ると、蝶が舞っている垣根の向こうにミンナとジンメルが立っていた。
今日出発すると前々から告げていたので、見送りに来てくれたんだろう。
友人二人に近付くエピオル。
「行って来るね。アイスキュロスとエウリピデスがお留守番をするから、宜しくね」
「分かった。行ってらっしゃい」
雪が解け始めて家の外に出られる様になったら、ミンナはすぐに遊びに来てくれた。
銀髪の友人は一人ぼっちで寂しい思いをしていると思っていたミンナは、何故か大所帯になっていたエピオルの家を見て大層驚いた。
しかしミンナは優しい子なので、四姉妹達ともすぐに仲良くなった。
「ジンメルも、元気でね」
「……うん」
旅支度を終えたテスピスとソフォクレスが一足遅れて家から出て来たので、エピオルは友人達に手を振った。
「行って来ます!お父さんを見つけて、必ず帰って来るから!」




