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ダンピール・エピオルニス  作者: 宗園やや
ソレイユ・ソワレ
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エピオルの気配を察知する魔法を込めた白い鳥を追い掛け、首都から離れるフィオ。

人目が無くなった事を確認してから風の魔法を使って空を飛ぶ。

実際には数キロ単位の大ジャンプだが、これで格段に移動速度が上がる。

人の目が完全に無くなっている訳ではないので危険な行為だが、二人分の旅の荷物が重いので、そうしなければダスターの足に追い付けない。


「お、居た居た。ダスターの奴、遠くまで逃げ過ぎよ」


首都から大分離れている山の麓を目指して落ちて行く白い鳥を追って地面に着地するフィオ。

そこではエピオルが泣き崩れていた。

幼女の母親は仰向けで寝かされていて、ピクリとも動いていない。


「間に合わなかったのね」


頷き、ノトルから離れるダスター。

フィオはダスターの隣に立ち、ノトルの手を握って蹲っているエピオルを見下ろした。


「エピオル。母を殺した人間が憎い?」


あんな形で母を失った悲しみは、この幼女には大き過ぎるだろう。

だから、エピオルが思考停止しない様に返事を期待せずに問うフィオ。

考える事を止めてしまったら、闇の眷属の本能が暴走してしまう恐れが有るから。

しばらく待つと、やっとエピオルの泣き声が小さくなって行った。

そして、鼻を啜り上げながら頷くエピオル。

反応が有った。

良かった、この子の心は壊れていない。


「そう。……じゃ、これからどうするつもり?質問が有れば、出来る限り答えるけど」


袖で涙を拭ったエピオルは、項垂れたまま涙声を発する。


「お父さんを捜します」


「エーレンを捜すのか」


落ち着いた声で言うダスターに頷くエピオル。


「お父さんは私の顔を知らないそうですから、こっちから行かないと分かって貰えないかなって」


「……そうだな。では、ノトルニスはこの山に葬ろう。その墓は俺が護る」


顔を上げ、ダスターを見上げるエピオル。

目と頬が真っ赤な上、涙と鼻水で凄い顔になっている。


「村に連れて帰りましょう。お母さんはお父さんを待っていたんです。だから……」


「無理だな。酷な言い方で済まないが、死体は腐ってしまう物なんだ。何日もの移動には耐えられない」


「腐る?人間が腐るんですか?」


「心臓が止まってしまった生き物は全て腐り、そして土に還る仕組みになっているのだ。俺も、エピオルも、その運命からは逃げられない」


「そうですか……。凄く嫌ですけど、仕方有りませんね」


母の冷たい頬にキスをしたエピオルは、ノトルから視線を外さずに立ち上がった。


「私、絶対にお父さんを連れて来るから。ここで待っててね、お母さん」


「ああ。是非この山に連れて来てくれ。俺もあいつに言いたい事が有る」


「分かりました。頑張ります」


「その後は、どうするの?」


フィオが訊くと、エピオルは金の瞳を閉じた。


「どうなるんでしょうね」


ダスターはノトルを抱き上げながらエピオルの気配を探る。

エピオルにはもう殺気が無かった。

その替わり、闇を超えた深い何かがエピオルを覆っている。


「くれぐれもノトルニスに顔向け出来なくなる様な事はするなよ。ノトルニスの最後の言葉を忘れるな」


一応、釘を刺すダスター。

エピオルはその時の事を思い出してしまい、再び涙が込み上げて来た。

しかし鼻を啜ってぐっと堪える。


「はい。では、お父さんと一緒に会いに来るその日まで、お母さんをお願いします」


ダスターに深々と頭を下げたエピオルは、山に背を向けて歩き出した。

当然の様にその後を追おうとするフィオ。

しかし、フィオの顔を見ずにその動きを片手で制するエピオル。


「ごめんなさい。一人にしてください。一人で帰らせてください」


「え?でも、村に着く前に冬が来るよ?子供の一人旅は危険だよ?」


「お願いします」


充血した目でフィオを見詰めるエピオル。

その眼力には絶対に意見を曲げないと言う意思が込められていた。


「……エピオルがそうしたいのなら、私には反対する理由が無いわ。じゃ、ここでお別れね。短い間だったけど、面白かったわ」


旅の荷物の半分をエピオルの前に置くフィオ。


「お世話になりました。さようなら」


頭を下げてから旅の荷物を持ち上げたエピオルは、もう一度ノトルニスを見詰めた後、肩を落としたまま山を離れて行った。


「よくも母を殺したな!って怒り狂って暴れなくて良かったわ。そうなってたら私達を含めて百人位は殺してたかも。だよね、ダスター?」


長い銀髪が揺れる小さな後ろ姿を見送りながら安堵の溜息を吐くフィオ。


「そうだな。そしてエピオルの人生もそこで終わっていただろうな。教会には魔物退治のプロが居るだろうから」


抱き上げているノトルニスを見るダスター。

濡れたドレスや金髪から水が滴り落ちている。

死後硬直が始まる前に墓の場所を決めなければ持ち運びが面倒になる。


「ダンピール、か……。今のエピオルの瞳の深さ、見た?ノトルニスを助けられなかった私達に失望したんだろうけど……」


長い耳を掻きながら空を見上げるフィオ。

太陽の傾き加減から、もうそろそろ三時のオヤツの時間だ。


「同時に自分の無力を恥じて私達を許してる。あれがダンピールの魂だとしたら、悲しく、そして神々しいわね」


「神々しい?どう言う意味だ?」


「え?ダスターは感じなかったの?」


「ああ。殺気以外にも何かが有るみたいだとは思っていたが、その正体は分からなかったな」


「ふーん。ライカンスロープって言う純粋な魔物だからかな。それと区別するならエルフは妖精だから、光のオーラも感じられるのね」


フィオは首都に身体を向けた。


「魔物がダンピールに敵わないのはその神々しさのせいね、きっと。同時に魔物の力も持ってるから、人間も敵わない」


「なるほどな。光のオーラ、か。光と闇のオーラを使いこなせれば、正に最強無敵だな」


「だけど、残念ながら、あの子は誰の味方にもなりそうにないわね。自殺しないと良いけど」


「その選択も有り得るか。失念していた。だが大丈夫だろう。少なくとも、父親を見付けるまでは」


「ま、どっちでも私には関係無いか。じゃ、私はもう少し人間の凶暴性を調べてから帰るわ。下手にエピオルを追って彼女の機嫌を損ねたくないから」


「ああ。結果はどうあれ、フィオが居てくれて助かったよ。では、さらばだ」


ダスターはノトルの遺体と共に山頂を目指し、フードを被ったフィオは首都に戻った。

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