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「それでは、二階七番の部屋を使ってね」
「ありがとう。料金は全額前払いで良いですか?私達は突然居なくなる可能性が有りますので」
「ああ、良いよ」
宿のカウンターに二日分の代金を置いたフィオは、フロントのおじさんから部屋の鍵を受け取った。
「あ、ひとつお伺いしますが、教会は何処に有りますか?」
「お嬢さん達は教会に用があるのかい?これから行っても人は少ないと思うよ」
「どうしてですか?」
「もうすぐ魔女裁判が始まるからだよ。表に人がいっぱい歩いていただろ?あれは今の内に仕事を終わらせて暇を作ろうとしているんだよ」
「そうだったんですか。道理で」
冷静に受け答えをするフィオの袖を無言で握るエピオル。
そんなエピオルの手に自分の手を重ねるフィオ。
「始まる直前に首都に着くなんて、私達は運が良いわね。裁判はいつどこで行われるんですか?」
「すぐそこの広場で、昼過ぎ頃に始まるかな?裁判に興味が有るのかい?」
「ええ、大変興味深いです。魔女。裁判。それを見守る民衆。それらを実際に目にした事が無いので、是非拝見したいですね」
「ははは、難しい事を言うね、お嬢さん。アカデミー関係の人かい?」
おじさんは脂の乗った顔をフィオに近付けた。
興味を持たれ、顔を覚えられるのは都合が悪い。
「まぁ、そんな感じですね。では……」
顔を背けたフィオを手招きするおじさん。
「ちょっと待った。そんなに見たいのなら部屋を変えてやろうか?広場の方を向いてる部屋だ。女性向けの間取りじゃないが、どうする?」
「女性向けじゃない、とは?」
「階段近くで人通りが多いから、酔っ払いが間違えて入っちゃう時が有るんだ。ちゃんと鍵を掛ければ大丈夫なんだけどね」
「ちゃんと鍵が掛かるのでしたら、交換して頂きたいですが。良いんですか?」
「ああ。数十分で終わるイベントの為に部屋を取る奴なんか居ないしな。交換しよう、三番の鍵だ」
「ありがとう。感謝します」
七番と三番の鍵を取り替えたフィオは、エピオルを先頭にして階段を昇った。
「三番、三番、……と。ここか」
部屋に入るなり鍵を掛けるフィオ。
そしてドアが開かないかを確かめる。
過去に何度かトラブルが有ったんだろう、特別頑丈な鍵が付けられている。
「まだフードは取っちゃダメよ」
「え?どうしてですか?」
邪魔臭いフードに手を掛けていたエピオルは、その格好のまま動きを止めた。
「窓から顔を出すからよ。昼過ぎに裁判をするんなら準備を始めてるはず。取り敢えずそれの確認」
旅の荷物をベッドの脇に置いて身軽になったフィオが窓の前に立った。
ねじ式の鍵を外してから窓を開けようとしたが、それは全く動こうとしない。
「ん?開かないよ?あれ?」
首を傾げながら窓の桟を突き上げる様に叩くフィオ。
そうして何度も叩いて手が痛くなると、やっと窓が開いた。
「おっとっと……。建て付け悪過ぎ。人間は家もまともに建てられないのかしら。どれどれ?」
開けた窓を留め金で固定してから頭を表に突き出すフィオ。
その下からエピオルも頭を出す。
「えーっと、あ、アレだね。ちょっと遠いけど、良く見えるわ」
「え?どこどこ?」
「あそこ」
フィオが指差す方を見るエピオル。
そこでは教会の人間の指示に従っている大工が何かを組み立てていた。
村祭りで喉自慢大会をする舞台みたいな物に見える。
「あの様子だと、もうちょっと時間が掛かりそうね。んじゃ、久しぶりに商売物の料理を味わってみようかな」
そう言いながら頭を引っ込めたフィオは、フードを取って赤い髪を広げた。
フードの中で折り畳んでいた長い耳が赤くなっていて痛々しい。
「え?お母さんを助けに行かないんですか?」
エピオルも窓から離れてフードを取る。
「助ける?どうやって?ノトルニスは何処に居るの?」
エルフの証である長い耳を掻きながら安っぽいベッドに腰を下ろすフィオ。
食事に行く時はまたフードを被らないといけないので、今の内に耳の血流を解しておく。
「今日の主役がノトルニスだって誰が言った?別人の裁判かも知れないでしょ?慌てたらダメ。ちゃんと私が考えてるから。任せなさい」
「分かった……」
フィオの言う通りなので、渋々頷くエピオル。
首都にはエピオルが予想していた百倍以上もの人間が居た。
こんな所で無闇に動いたらミイラ取りがミイラになってしまう。
歯を食い縛って逸る気持ちを押さえたエピオルは、自分も着替え等が入った旅の荷物を床に下した。




