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質素な朝食を済ませたノトルは、堅いベッドに寝転んだ。
母となってからは行儀良くしていたが、今は一人なので無作法をしている。
エピオルも食事を取った後にすぐ寝転ぼうとする。
勿論、キチンとしたレディーに育てるために叱ってはいたが、内心ではそう言う所は自分に似たんだなと思っている。
(エピオル、どうしてるかな…)
ダスターの家がどう言う所かは知らないが、お行儀良くしているだろうか。
変な所で寝転んだりアグラを掻いたりしてないだろうか。
そんな事を考えながら石の天井に娘の顔を思い浮かべていたら、ドアが慎ましくノックされた。
「はい、どうぞ」
ノトルが返事をすると、派手な金属音が響いてドアの錠が外された。
「おはようございます、ノトルニス・ネゴイウ様。私の名はセーラと申します。宜しくお願いします。旅の疲れは取れましたか?」
若いシスターが部屋に入って来て穏やかに挨拶した。
開けたままの扉の向こうで数人の女性僧兵が緊張している姿が見える。
「おはようございます。いいえ、シスターセーラ。歩き詰めの毎日だったので、靴擦れが出来てしまいましたわ。ホラホラ」
ここは首都にある大教会の地下牢。
教会にも牢が有ったのかと驚く間も無く入れられた。
何とも地下牢に縁の有る人生だ、と呆れているノトルは寝転がった姿のまま素足を振った。
目の前で揺れるノトルの足の裏を見たセーラが微かに顔を顰める。
「お行儀が宜しくありませんよ、ネゴイウ様」
「私はもうネゴイウではありません。夫と子供が居ますからね。ノトルとお呼びください」
足を下し、少女の様に笑うノトル。
「それに、小さかった時に修道院で厳し~い教育を受けたので、どうもシスターが嫌いなんです。一度こんな事がしたかったんですよね」
一転真顔になり、静かに起き上がるノトル。
「失礼しました、セーラ。かなり大人気が有りませんでしたね」
「いいえ。その気持ち、秘密ですけど、私にも理解出来ます。だからノトル様は村の教会に行かなかったのですか?」
「うーん、行く暇が無かった、って言うのが本当ですね。母子家庭ってのは想像以上に大変で」
「しかし、娘さんは行けたのではありませんか?」
「そうですね」
続く筈であるノトルの言葉を待つセーラ。
しかしノトルが口を閉じたままシスターを見詰めたので、その時間が微妙な空気を作り出した。
「あ、あの、その理由は無いのですか?」
「ええ。そこの所は娘の意思に任せてますから。私は忙しいから、行きたいのなら一人で行けと。まぁ、幼い子供が一人で行くとは思っていませんが」
「しかし、子供には適切な教育が必要なのではありませんか?神の教えは万人に等しく……」
「お説教は結構です。そんな事を言う為に私をこんな所に連れて来たんですか?違うでしょう?」
ノトルが声を低くしてそう言うと、セーラは言葉に詰まった。
シスターを怖がらせるのは良くないかな?と思ったノトルは、ごまかす様に鉄格子の窓を見上げた。
「子供を村に残して来てるんです。用事は早く済ませてください」
「そ、それでは本題に入りますね。悪魔殺しに就いて訊きます。どうやって夢魔を退治したのですか?」
「ここでその質問をしているんですから、セーラには悪魔に就いての知識が有りますよね?」
「ええ。一通りの知識は有ります」
「夢魔は人の夢を渡り歩いて悪戯をするだけの害の無い悪魔。私が持っている書物にはそう書かれていました。セーラはどう捉えておいでですか?」
「私も同じ捉え方をしております」
「やはり。しかし、チークは違いました」
ノトルはセーラに視線を戻す。
「チークは子供達の夢を操り、何処かに連れ去ろうとしていました。そのせいで村の少女が二人も行方不明になって、大騒ぎになりました」
ここに来る旅の間中、ずっと考えていた事を言うノトル。
しかし饒舌だと不自然なので、考える素振りをしながら続ける。
「そして娘が居なくなった時、その前日に私の娘が緑の谷の夢を見たと言っていたんです。それを思い出し、緑の谷に行きました」
相槌を打つセーラ。
「緑の谷でチークが魔方陣を作っていました。それを使って誘拐しようとしていたんでしょう。その時の魔方陣跡は、教会の方も確認済みですね?」
「ええ、報告は受けています」
「魔法陣を作っていると言う事は、魔法でワープするつもりだと私は直感しました。だから私は無我夢中でチークの剣を奪い、チークを、殺しました」
仕方なくやったんだ、と言う気持ちを演出して苦渋の表情を作るノトル。
しかしセーラは淡々と続ける。
「村人達の話では、現場には夢魔のミイラが残されていたそうですが、これは何故ですか?」
「きっと夢魔の剣の力でしょう。何故そうなるのかは、夢魔に訊かないと分かりませんね」
「なるほど、悪魔殺しのいきさつは分かりました。では次の質問をします。ノトル様の足の裏の模様は何ですか?」
「模様?」
ノトルはあぐらの様な格好になって自分の足の裏を見た。
「な?!」
両足の裏一面に刻まれている痣の様な模様を目の当たりにして固まるノトル。
チークが残した魔法陣に似ている。
「こ、これは……」
汚れかと思って擦ってみたが、皮膚の下に模様が有るらしく、足の裏が赤くなっただけで終わった。
こんな物、いつの間に付いたんだろう?
魔界に連れ去られた時?
それとも、エピオルを孕んだ時?
それくらいしか思い当たらない。
ベッドに入る時と水浴びをする時くらいしか靴を脱がないし、そもそも足の裏なんか見ないから分からない。
「その……」
とっさの言い訳が思い付かなかったノトルは石の床に視線を落とした。
脇の下で冷や汗が滴る。
「……話の続きは裁判の場でしましょう。では、失礼します」
早足で部屋から出て行くセーラ。
そして閉まったドアには再び厳重な錠が掛けられた。
「……魔女、裁判……」
一人になったノトルは頭を抱えて蹲った。
まさか足の裏にこんな物が有ったとは。
これは魔女の証拠にされる。
絶対にされる。
言い逃れ出来なければ有罪確定だ。
魔女裁判の結末はノトルも良く知っている。
(ごめん、エーレン、エピオル……。私、帰れないかも知れないよ……)
その数日後、セーラは足の裏から血を流しながら憔悴し切っているノトルの姿を見る事になる。




