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ダンピール・エピオルニス  作者: 宗園やや
ソレイユ・ソワレ
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東の森の入口付近で一番高い木に登った拳法着姿のエピオルは、そのてっぺん近くの枝に座り、村を見下ろした。

夕闇に迫られている村のあちこちで晩御飯の支度の煙が上がっている。


「エピオル。邪魔して良いか?」


木の根元付近でダスターが見上げていた。

でかい筋肉男を見下ろすのは新鮮な気分。


「どうぞ」


二人共、普通の声量で会話をしている。

何メートルも離れているのに声が聞こえると言う事は、自分は、そしてダスターも普通の人間ではない証拠だろう。

そうエピオルは確信した。


「ノトルニスはどうしていた?」


ダスターも木を登って来て、エピオルが座っている枝の数本下の太い枝に立った。

筋肉男は重いので、これ以上登ったら枝が折れる。


「居ませんでした。首都って所に旅立ったそうです」


「そうか」


二人は村を見た。

エピオル以外の村人は、いつも通りの平和な夜を迎えようとしている。


「……ダスター。ふたつ、訊いても良いですか?」


「何だ?」


「ダスターはどう言う種類の存在ですか?」


「なぜそんな事を訊く?」


エピオルを見上げるダスター。

しかしエピオルは遠くを見ている。


「……ただ訊きたいだけです。どうしました?言えないんですか?」


ドロドロとした殺気がエピオルから滲み出て来て、座っている枝の葉が数枚枯れ落ちた。

自身が秘める闇の力を自覚していないので、制御出来ずに溢れ出ている様だ。

魔界の頂点に立つバンパイヤが恐れるダンピールだからこその芸当だ。

年齢が一ケタの子供だが、殺気だけならすでにダスターを越えている。


「俺はライカンスロープだ」


背中に冷や汗を感じながら応えるダスター。

筋肉男の焦りに気付かないまま持っている本を捲るエピオル。


「ライカンスロープ。……狼男、ですか。やはり魔物でしたか」


「ああ。その本は何だ?」


「魔物辞典ですよ。お母さんって、こう言うのが好きなんです。じゃ、もうひとつ。ダンピールって何ですか?この本には書かれていないんですよ」


「それをどこで知った?」


「私が喰べた夢魔が言ったんです。お前はダンピールかーって。何ですか?」


「それは……、エピオルの親に訊け。俺は教えられない」


「どうして?」


「エピオルの殺気を感じられない人間にしかダンピールの存在を説明出来ない。それはつまり母であるノトルニスしか適任者は居ないと言う事だ」


「殺気……?」


「その言葉の意味が分からないだろう?それを知らないのはとても危険な状態なんだ。魔物である俺がここに居るだけで命の危険が有るくらいにな」


「ふーん……」


納得は出来なかったら、しつこく訊いても応えてくれなさそうなので諦めた。

しかし肝心な質問をしなければならない事を思い出し、静かに本を閉じる。


「あ、すみません。もうひとつ訊きます。首都ってどっちの方向ですか?」


「そうなると予想はしていたが、行く気なのか?首都に」


「はい。これを読んでみてください」


紙切れを受け取り、片手で開くダスター。


『エピオルへ。私は暫く留守にしますので、ダスターのお世話になってください。

それと、万が一の時の為に書いて置きます。

もしも私が帰れなくなったら、エピオルがエーレンの娘だと言う証拠のペンダントだけは大切に持ってその家を離れてください。

金庫の暗証番号はエピオルの誕生日と末尾に6eです』


「どうしてあの家を離れないといけないんでしょうね」


寂しそうに言う幼女の声の方に顔を向けるダスター。


「エピオルを退治しようとする人間が来るからだろうな」


「退治……?あ、そっか。私が人間じゃないからか。あはは、そっか」


エピオルの殺気が更に大きくなり、大木全体の活力が失われて行く。

どうやらエピオルに生命力を吸われている様だ。

これから始まる戦いの人生を予感して、バンパイヤとしての生存本能が力を蓄えようとしているのか。


「落ち着け、エピオル」


そう言ったダスターに不思議そうな顔を向けるエピオル。

その表情は無邪気な幼女の物だが、同時に腹を空かせた獣の様な迫力が有る。


「私は別に焦ってなんかいませんよ。ただ心配なだけです」


「そうか。だが、首都には行かない方が良い」


「どうしてですか?」


「これは俺の予想だが、恐らくノトルニスは魔女裁判に掛けられる」


「それって、火炙りとかされる、アレですか?」


「知っているのか」


「はい。そう言う事が書かれている本もウチには有ります」


「裁判の最盛期は、裁判イコール死だった。疑われた者が魔女だと認めるまで尋問されるのだからな」


「じんもん?」


幼いエピオルには理解出来ない言葉だったが、この場で詳しく説明してもメリットが無いのでそのまま話を続けるダスター。

無駄な知識を与えて殺気を増やしても良い事は無いし。


「しかし、今はそれ程酷くはない。ノトルニスはただの人間なのだから、無事に帰って来る可能性は高い」


「お母さんはだだの人間?ダンピールって言う種族じゃないの?……本当のお母さんじゃ、ないって事ですか?」


「いや、実の親子だ。そこがダンピールの難しい所なんだ。だからノトルニスも説明を後回しにしていたんだろう」


エピオルにノトルの手紙を返すダスター。

大切な物なので、それを辞典に挟んで膝に置くエピオル。


「そのダンピールと言う証拠が無い方が、教会に捕まっている状態のノトルニスには都合が良いのだ。それでも行くのか?」


「はい。だって、お母さんが居ないと、私生きて行けない」


腕を組むダスター。

そりゃそうだ。

何だかんだ言っても、まだ六歳の子供だしな。


「俺としても、未婚の俺に子供を任されても困る。だから信頼出来る者に道案内を頼んでおいた。俺が人前に出ると目立つからな」


「その人も人間じゃないんですか?」


「ああ。東の森の奥の奥に住んでいるエルフの少女だ。見た目は少女だが俺の数倍は生きている。人間社会の知識が有るので頼りになるだろう」


「……ありがとう」


礼を言ったエピオルから殺気が引いて行く。

心から感謝した事で闇のオーラが引っ込んだのだろう。

この場の危機が去った事に胸を撫で下ろすダスター。

しかし、エピオルの不安定さは深刻だ。

困った事になったもんだ。

エーレンの野郎はどこで何をしてるんだ、全く。

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