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キッチンの床が開き、そこからエピオルの顔が現れた。
そこは食料庫なので、空気がよどまない様に通気口が有る。
勿論、猫やネズミが入らない様に蓋がしてあるし、泥棒が通れるほど広くはない。
だがしかし、大掃除の時にその蓋を母が取り外していたのを見ていた。
蓋が外せるのなら身体の小さなエピオルはそこを通れると言う訳だ。
「よっと」
埃が落ちない様に気を付けながら這い上がったエピオルは、侵入した形跡を残さない様に靴を脱いだ。
そして抜き足差し足でリビングに向う。
動きやすい拳法着を着ていて良かった。
(ん?何?)
この家には誰も居ない筈なのに、自分以外の物音がする。
物陰に隠れて耳を澄ます。
その音は、どうやら泣き声の様だ。
(誰が泣いているんだろう?……お母さんが帰って来てる、の?)
しかし母の声とは違う感じなので、慎重に泣き声の方に移動するエピオル。
音はリビングの中から聞こえて来る。
入口の影から中を覗いてみると、二人の少女が本棚を指差して泣いている姿が見えた。
ダブダブのドレスを着ているその少女達は、すぐにエピオルに気付いた。
良く似たふたつの顔を向けられて驚いたエピオルは、素早く身を隠す。
知らない子だ。
村の中で見掛けた事すら無い。
何で私ん家の中に居るの?と戸惑っているエピオルを無視し、その場で泣き続ける少女達。
意味が分からず、再びリビングを覗くエピオル。
もう見付かっているので、隠れていても無意味だし。
「貴女達は誰?」
小声で話し掛けられた少女達は、本棚を指差して泣き続けるだけで返事をしない。
エピオルはその本棚に用事が有って侵入しているので無関係とは思えない。
「そこに何かが有るの?」
何度も頷く少女達。
初めて反応した。
意味が有っての行動なんだ。
教会の関係者とは思えないので、ここは付き合ってみよう。
雨戸は閉まっているが、外から見られない様に中腰で窓を避け、足音を立てずに本棚の前に出るエピオル。
「これ?」
少女達が指を差していた本を手に取ってみると、それはエピオルが気に入っている絵本だった。
「これが、一体何だって言うの……、ん?」
絵本を適当に捲ってみると、中から紙切れが落ちた。
「どうしたの!おじさん!!」
エピオルがその紙切れを拾うと同時に、外でミンナが叫んだ。
それはジンメルが考えた作戦。
教会の男が家の中の異変に気付いたらミンナが大声を出す手筈になっていたのだ。
慌ててリビングから出るエピオル。
「教会の人が来るわ!貴女達も逃げ……、あれ?」
リビングの入口の影から少女達に声を掛けたが、少女達は消えていた。
首を傾げていると、雨戸が外から開けられた。
息を殺して壁に背を付けるエピオル。
この位置なら窓から見えない筈だが、万が一にも見付かるんじゃないかと思うと物凄く怖い。
激しく鼓動している心臓の音が聞こえるんじゃないかと妄想するくらい怖い。
「家の中から物音が聞こえたんだが……」
男はリビングの窓を開けようとしたが、鍵が掛かっていたので開く事は無かった。
早く諦めて雨戸を閉めろと祈っていると、寝室の方から少女の泣き声が響いて来た。
ダブダブなドレスを着たあの子達か?
いつの間に移動したんだろう。
「これは……、バンシーだ!」
「バンシー?」
家の外で男とミンナが話している。
「バンシーは、主に貴族の家に取り付く妖精なんだ。ノトルニスさんは元々貴族だったらしいから、それでこんな普通の家に現れたのかな?」
「どうして妖精さんは泣いているんですか?」
「詳しくは分かっていないけど、死者が出る直前に姿を現して泣くと言われている。つまり近い内に人が死ぬって予言をするんだね」
「じ、じゃあ、この家の誰かが死んじゃうって事ですか……?」
「ああ、そうなるね。ノトルニスさんは我々の仲間が護っているので、もしかすると娘さんが危ないのかも知れない。早く探さないと」
そう言った男は、少々乱暴に雨戸を閉めた。
そして重い足音が窓から離れて行き、喋り声も遠くなって行く。
「……エピオル……」
微かに聞こえた呟きを残し、軽い足音も離れて行く。
危機は去った様だが、エピオルの表情は晴れない。
(誰かが死ぬ……?まさか、お母さんが……?)
不安で胸が押しつぶされそうになったが、頭を振って考えを消した。
ここに長居は出来ない。
リビングの本棚から目的の本を一冊持ち出したエピオルは、靴を履いて食料庫に身を沈めた。




