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「あれ?ノトルニスさん、どこに行くんですか?」
門の前で堂々と教会の人達の様子を見ていたミンナが、大きな荷物を持って玄関から出て来たノトルニスに駆け寄った。
「ええ、ちょっと首都まで遠足。行って来ます」
「行って、らっしゃい……」
戸惑いながら手を振るミンナに笑顔を向けたノトルは、三人の男を従えて歩いて行った。
エピオルは連れて行かないのだろうか。
もう先に行ってるのな?
首を傾げながら広場に向かうミンナ。
エピオルの家の前に残っている男に質問したかったが、他所者は怖いので話し掛けられない。
そして広場に着いたが、友人は一人も居なかった。
エピオルが青の淵に通い出したから、男の子達だけで危険な場所に行く様になってしまったのだ。
一人残されるのは寂しいが、ミンナなんか待っても足手まといにしかならないのは自分でも良く分かっているから文句は言えない。
「つまんない……」
何をしてヒマを潰そうかと考えながらダラダラ歩いていると、道の途中でジンメルと出会った。
「あ、ジンメル。こんな所で何してるの?ナトルプ達と一緒じゃないの?」
「……こっち」
「え?何?」
ミンナの手を引いたジンメルは、誰かの家の敷地内に侵入した。
「どうしたの?ジンメル」
「……あそこ」
ジンメルが指差した方を見るミンナ。
垣根の影で銀色の髪が揺れている。
「あれは、エっんッ」
ミンナの口を手で塞ぐジンメル。
「……教会の人に気付かれる」
「あ、ごめん。あの人達に気付かれるとダメなの?」
「……ダメ。……怪しいから」
二人は四つん這いになって隣りの家を目指す。
そして先を行くジンメルが気配を消し、拳法着姿のエピオルの背後を取った。
「うぶっ!」
後ろから口を押さえられ、仰向けに倒されるエピオル。
自分に何が起こったのかが理解出来ずに目を白黒させたエピオルは、二人の友人の顔を確認してから緊張を解いた。
「何だ、ジンメルかぁ。驚かさないでよ」
「ジンメル~。凄いけど、乱暴だよ」
ミンナはエピオルの上半身を起こし、その背中に付いた草を払う。
口に人差し指を当てて二人の女子を黙らせた後、エピオルの家の方を指差すジンメル。
「……今は行かない方が良い」
「そうよ。何か良く分からないけど、教会のおじさんが家の前で頑張ってるんだから」
「……エピオルを探している。……見付かったら危ない」
ジンメルとミンナがエピオルを説得する。
しかし状況を理解していないエピオルには通じない。
「教会のおじさんって、神父様?私とお母さんが一度も教会に行かないから、誘いに来たの?」
「ううん、そう言うのじゃないみたい。五人も居るし、村の神父様もその人達に頭を下げてるし」
「あ、お母さんは家の中?大丈夫なの?それを確認しに来たんだけど」
「朝早くに、首都に行くって言って旅に出ちゃったよ。だからもう居ないの」
「え……?」
目を見開いてミンナに顔を向けるエピオル。
「旅に出た?どう言う事?」
「……多分、悪魔殺しのせい。……普通の人には出来ない事だから、わざわざ首都から事情を聞きに来たんだと思う」
珍しく沢山喋るジンメル。
それを聞いたエピオルの右眉が微かに動く。
「悪魔殺し?何それ」
「え?エピオル、知らないの?」
「ミンナは知ってるの?」
「知ってるって言うか、噂になっているって言うか……」
「お願い、教えて」
ミンナはジンメルの顔色を窺ったが、ジンメルが特に何もしなかったので説明を始めた。
「エピオルの誕生日の日、ゾフィーが来なかったでしょ?あれね、夢魔って言う悪魔に誘拐されていたんだって」
「むま?」
「うん。その次の日、エピオルも居なくなって、それを探したノトルニスさんが緑の谷に居たエピオル達を見付けたの」
「私も居なくなったの?」
記憶に無い。
「らしいわ。んで、エピオル達を助ける為に、ノトルニスさんが犯人の夢魔を殺しちゃったんだって」
(誘拐?緑の谷?夢魔を殺し……、あ、思い出した!私が喰べたんだ!!)
消えていた記憶が一気にエピオルの脳裏に蘇った。
赤ちゃんみたいなピエロがチークと名乗った事。
ゾフィーとベッティーナが操り人形の様に動いた事。
チークが光り輝く魔法陣を開き、エピオル達をそこに入れようとした事。
そして、それに反抗したエピオルが……。
「ぐふぅ」
吐き気に襲われたエピオルは、その場に蹲った。
「ど、どうしたの?エピオル。大丈夫?」
「うん、ちょっと……。ううん、大丈夫」
記憶と共に口の中に蘇った血の臭いを生唾と一緒に飲み下すエピオル。
「うっぷ……。私、家に帰って調べなきゃいけない言葉を思い出した」
エピオルが立ち上がったので、ミンナも立ち上がった。
「だからエピオルの家には行かない方が良いって。それに、ノトルニスさんは玄関と裏口に鍵を掛けてたよ?」
「平気。私の家には秘密の入口が有るから」
「でも……」
黙って成り行きを見守っていたジンメルが立ち上がる。
「……帰らなきゃいけないんなら、作戦を練ろう」




