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拳法着姿のエピオルが一瞬だけ右眉を上げた。
「どうして今日も帰っちゃダメなんですか?」
「どうしてもだ」
「それじゃ答えになっていません!」
ボロ屋の出入り口前でダスターが腕を組んで仁王立ちになっている。
そのダスターを睨み付けるエピオル。
「そこを退いてください」
しかしダスターは動かない。
ダスターの家は穴だらけなので、身体の小さなエピオルなら何処からでも出る事が出来る。
だが、エピオルはあえて出入り口に拘った。
それがダスターへの礼から来る物だと分かっているので、ダスターもあえて高圧的な態度を取る。
「もうしばらくここに居て貰う」
「だから、その理由を教えてください!」
その時、ドス黒いオーラがエピオルの身体から溢れ出た。
「う、うむ」
蠢いているオーラを見て内心怯むダスター。
夢魔の血をその体内に取り込んだ事で、エピオルの魂が闇側に傾いている様だ。
「今、エピオルが村に行くと、ノトルニスの都合が悪くなるのだ。分かってくれ」
「お母さんに何か有ったんですか?」
「ああ。事態は進行中だ。だからエピオルはここに居て、事が済むまで待つんだ」
「何が有ったんですか?あの変な人達が何かしてるんですか?」
「……分かってくれ」
ダスターの真剣な表情に押され、仕方無く囲炉裏に向って座るエピオル。
納得はしていないだろうが、取り敢えず従ってくれた。
肩の力を抜いたダスターはエピオルに聞こえない溜息を吐く。
(これは命懸けだな。ノトルニスに悪い事が起こって黒いオーラに精神を侵されたら、俺はエピオルに殺されるかも知れない)
ダスターも囲炉裏を前にして座る。
(いや、それだけでは済まないな。教会を敵に回して人の世を乱してしまうだろう。闇に堕ちたダンピールに対抗出来る人間は少ないだろうしな)
「ダスター。お腹が空きました。昨日の様に狩りをしますか?」
種火が燻っている囲炉裏を見詰めながら言うエピオル。
声が妙に落ち着いている。
これは何か企んでいるな。
「さて、どうした物か」
アグラの膝に手を突いたダスターは考え込む。
(奴等を殺して二人を他の国に逃がすか?エーレンは俺が待つと言えば、この村に拘る必要も無い)
視線を感じ、顔を上げるダスター。
エピオルの金色の瞳に見詰められている。
穢れや苦労を知らない純粋な目。
(いや、それでは二人が御尋ね者になってしまう。成長期に人間の悪意を見続けたら、結局は人間を恨む事になるだろう)
だがしかし、世の中の悪い部分を知らずに大人になるのも、それはそれで成長に悪影響が有ると思う。
どうしたら正解なのかが分からない。
親ではない自分が出来る事はここまでなのか。
結局は、なる様になるしかないのか。
「エピオルはここに居ろ。俺が一人で行く。奴等が森の中を探っていたら台無しだからな。ちなみにタヌキ鍋を作る予定だ。捕まえられたら、だが」
ボロ家にエピオルを残したダスターは、東の森の更に奥を目指した。
彼女の黒いオーラは消えているので無謀な事はしないだろう。
(これもダンピールの運命、か)




