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「う、ん……?」
肌寒さで目を覚ますエピオル。
寝ている内に掛布団を蹴ってしまったのか。
自分の寝相の悪さは承知しているので、まどろみの中で布団を掛け直そうとする。
が、どこを手探っても温かい毛布は無い。
「あれ?起きちゃった?」
聞いた事の無い甲高い声。
寝室に知らない人が居るのか?
「……だれ?……あれ?ここ、どこ?」
眠い目を開けると、岩の壁と青空が見えた。
外で寝ているのか?
まだ夢の中なのか?
「やっとここまで誘い出したのに~。まだ起きちゃダメだよぅ~」
ピエロの格好をしている赤ちゃんがパジャマ姿のエピオルの顔を覗き込んで来た。
「あれ?ゾフィーの夢に出て来た子?私、やっぱり夢を見てる?」
「んー?金色の瞳の人間なんて珍しいね。高く売れそう」
ピエロ赤ちゃんはエピオルの周囲を回り、全身を舐め回す様に観察する。
「貴女って夢の中だと影だけだから興味が有ったんだ。普通の人間、だよねぇ。魔物なら夢の中で正体が見れるはずだし。うん、人間だ」
「人間?私が?」
状況が理解出来ないエピオルは、上半身を起こしてパジャマに付いた草を払った。
夢の中なのに、草に付いた朝露が冷たい。
お尻と背中が濡れてしまっていて、それが寒さの原因だった様だ。
その事に気付いたせいで完全に目が覚めた。
この状況は夢じゃない。
改めて周囲を見渡すと、やはりここは屋外だった。
建物が見当たらないので、村の中ですらない。
どこ?と思いながら立ち上がると、パジャマ姿で岩に凭れ掛かっているゾフィーとベッティーナを見付けた。
二人共目を開けてはいるが、心ここに有らず、と言う感じだ。
長い金髪が顔に掛かっていて鬱陶しい筈なのに、それを気にしている様子も無い。
「貴女もその二人の様にしたかったんだけど、失敗しちゃった。えへ」
赤ちゃんピエロの張り付けた様な笑顔に嫌悪感を覚えたエピオルは、距離を取ろうと後退さる。
しかし赤ちゃんピエロは無邪気に駆け寄って来て、さり気無く退路を塞いだ。
エピオルがゾフィーとベッティーナから離れるのは都合が悪いらしい。
「目が覚めちゃったのならしょうがない、自己紹介しましょう。ワタクシは夢魔のチーク。よろしくね」
「夢魔って、何?私は何でこんな所に居るの?」
「ワタクシに付いて来れば分かるわ。とても楽しい所に案内してあげるから。さぁ」
「どこに行くの?」
「とても、とても楽しい所よ。行こうよ」
小さな手を差し伸べて来るチーク。
しかしエピオルはその手を避ける。
「い、嫌よ。早く帰って朝御飯を食べないといけないし……」
「……そう。貴女には夢の洗脳が効いていないんだ。ちぇっ、面倒臭いなぁ」
チークは自分の口に手を突っ込み、そこから大剣を引き摺り出した。
まるでサーカスの曲芸みたいに。
「なぁ!?」
非現実的な光景を目の当たりにして青褪めるエピオル。
未だに状況が把握出来ないが、良くない事が起こっているのは確かな様だ。
「さ、来て。来ないと殺すよ」
笑顔でエピオルのパジャマの袖を引っ張るチーク。
だが、得体の知れない存在に来いと言われて素直に付いて行く訳が無い。
反抗して踏ん張るエピオル。
すると、チークはエピオルの喉元に大剣を突き付けた。
「手間を掛けさせないでよ。殺すって言ってるでしょ?死にたいの?」
「止めて……。止めてよ……」
「良いから良いから。こっちこっち」
涙声で懇願するエピオルを開けた場所に立たせるチーク。
「大丈夫、大丈夫。お友達も居るから怖くないって。はい、立ってー」
チークの言葉に応え、ゾフィーとベッティーナが糸で操られている人形の様に立ち上がった。
「はーい、ゲートオープン!」
やたらと通る声で叫んだチークは、大剣の柄で地面を叩いた。
草が焦げる臭いと共に光り輝く円形の模様が地面に描かれる。
「あ、何?今何したの?何で光ってるの?」
「これは魔法陣って言う、とても素敵な魔法よ。だから魔法陣の真ん中に立って頂戴、金色の瞳のお嬢さん」
大剣で促されたエピオルは、光の模様ギリギリで立ち止まる。
これを踏んだら何かが終わる予感がする。
「嫌、嫌だ……。帰る、帰して……」
「ダーメ。後一歩でしょー?ホラー!」
半泣きで抵抗するエピオルの背中に大剣の切っ先が少し刺さった。
その激痛がエピオルの全身を震わせた。




