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井戸と家を三往復すると水瓶が満杯になる。
それくらいの時間になるとパンが焼き上がる。
六年も家事をやっていると時間の使い方がリズムの様になる。
「さて、と」
水瓶に蓋をしたノトルは、オーブンからパンを取り出した。
今日の焼き上がりも最高だ。
「よっし。お寝坊さんを起こしましょうかね」
エピオルは、いつもなら今くらいの時間になると顔を洗いに起きて来る。
だが、彼女も寝坊をしている様だ。
今日は出掛けたい事情が有るので、早目に起きて貰わなければ。
「エピオル、起きなさい。エピオール!」
寝室のドアを叩くノトル。
しかし返事が無い。
「……エピオル?」
不自然さを感じたノトルは寝室に乗り込み、エピオルの掛け布団を引っぺがした。
ノトルが目覚めた時は、確かに銀色の髪がベッドからはみ出していた。
髪が長いのに寝相が悪いから、しゅっちゅう絡まるのだ。
なのに、そこにエピオルの姿は無かった。
念の為に自分のベッドの布団も剥がしてみたが、やはり居ない。
小さい頃は夜中に母のベッドに潜り込んで来たりしていたが、六歳にもなればそんな事はしなくなるか。
「……トイレかな」
ノトルは竈の始末をしながらトイレが空くのを待ったが、エピオルは一向に出て来ない。
「まさかね。まさかよね。まさかだわ」
ひとり言を呟きながら家中を歩き回るノトル。
が、元気な一人娘はどこにも居なかった。
どこに行ったのかと考えるが、心当たりはひとつ。
柱の影に隠して置いている短剣を握り絞めたノトルは、全力疾走で表に飛び出した。
「エーレン、エピオルを護って!」




