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ノトルの家に帰って来た一行は、まず大きな木の板を用意した。
それを庭で洗い、そのまま巨大魚を乗せる。
「でやぁーーっ!」
ノトルの叫びと共に魚のエラに包丁が入った。
死んだと思われていた魚が大きく跳ねたが、ダスターが尾を押さえていたので大事にはならなかった。
「ひやぁ~!怖いぃーー!」
遠巻きに様子を見ている子供達の脅えを余所に魚の頭を切り落とすノトル。
サイズは超ド級だが、捌く手順は普通の魚と同じなので苦労はない。
「ふう。もう手を放しても良いわよ、ダスター」
魚の頭を脇に置いたノトルは、包丁の背を使って魚の鱗をガリガリと削って行く。
(……ん?何だろう、コレ……)
魚の腹わたが引き摺り出されると、庭全体に魚の血の臭いが充満した。
他の人はそんなに気にしていないが、エピオルだけは妙にソワソワしている。
(何だろう?凄く、喉が乾く……。気持ち悪いから、かなぁ……?)
「あら?お腹の中に小さい魚が居る。ミンナの針はその小さいのが飲み込んでいるわ」
魚の内臓を仕分けていたノトルが驚きの声を上げる。
「そっか。始めに小さい魚が釣れて、それに大きい魚が喰らい付いたのね。こんな事も有るのねぇ。さて、と。はい、エピオル。ミンナの針」
針に付いた血をボロタオルで拭き取ったノトルは、ぼんやりとしていたエピオルに針を手渡した。
「え?あ、針ね。うん。すぐ直すよ」
予備の釣り糸に針を付け直し始めるエピオル。
臭いから気を逸らせば妙に湧き出て来る生唾は収まるだろう。
「えっと、ミンナの家族は五人で、ジンメルは四人だったよね」
「はい」
ミンナは返事をして、ジンメルは無言で頷いた。
「オッケー。これくらい、かな?」
三枚に下ろされた魚は、六分割と六分割の十二の切り身に変わった。
「一,二,三,四,五っと。これはミンナのね。はい」
「ありがとうございます」
五枚の切り身が乗った大皿をミンナに渡すノトル。
もう一枚の大皿には四枚の切り身。
「で、こっちがジンメルの」
「……ありがとうございます」
「はい。直ったよ、ミンナ」
竿を友人に返すエピオル。
集中して作業したお陰で、五歳とは思えない手際の良さで針を付け直し終わった。
「わ、早いね。ありがとう。じゃ、私達は帰りますね、ノトルさん。お皿は明日返しに来ます」
「ええ。皿が重いから、ひっくり返さない様に気を付けて帰るのよ」
「また明日ねー!」
大皿と竿を持って帰って行くミンナとジンメルに手を振るエピオル。
「では、俺も帰るか」
成り行きとは言え、昼間に村の中に来てしまったダスターは早く森に帰りたかった。
そんな筋肉男を呼び止めるノトル。
「あ、待ってダスター。魚をここまで運んでくれたお礼をするわ。すぐ戻って来ますから」
ノトルは残りの切り身が乗った皿を持って家の中に消える。
「参ったな。余り人目に付きたくないんだが。仕方が無い、これでも洗って待つか」
魚の血が付いた板を洗い始めるダスター。
エピオルも自分の竿の整備を始める。
キチンと後始末をしないと糸が絡み、針が錆びてしまう事を知っているから。
「……そうだ、エピオルニス」
「はい?エピオルで良いですよ、ダスターさん」
「なら俺も呼び捨てで良い。エピオル、明日も青の淵に行くか?」
「そう言えば、私を鍛えるって話でしたよね。どうしてですか?鍛えるって何ですか?」
「それは言葉では伝えられない。エピオルが自分で答えを見付けないといけない問題だからだ」
「何を言ってるのかサッパリ分かりません」
肩を竦めてから釣り竿を裏口脇に立て掛けるエピオル。
話の途中なので、物置に押し込むのは後で良いだろう。
「でも、そうしてくれってお父さんに頼まれてたんですよね?って事は、私の為って事ですか?」
「簡単に言えばな。それを行う期間は、エピオルの父がこの村に来るまで、くらいか」
「じゃ、明日お父さんが来れば、もう行かなくても良いって事ですか?」
「そうなるな。いつ来るか分からないから、俺は数年くらいだと考えているが」
「うーん、数年かぁ。まぁ、行くって約束が出来なくても良いんなら、行くかも知れません」
「うむ。来る気が有るのなら、それで構わん。俺は毎日待つつもりだが、他の用事で待てない日が有るかも知れない。覚えておいてくれ」
「お待たせー。下地をして来ました。これをそのまま焼けばムニエルになりますから」
家から出て来たノトルは、木の皮の包みをダスターに渡した。
「そうか。ありがとう。では、失礼する」
ダスターは一礼してから帰って行った。
それを見送った後、腰に手を当てて庭を見渡すノトル。
魚の血と内臓と鱗が散乱している。
頭は今夜のおかずにするつもりだが、どう料理すれば良いのやら。
「さて。私はここを片付けるから、エピオルは家に入って肌を冷やしてって、あー!!」
「な、何?どうしたの?」
いきなり大声を上げたノトルに驚き、身構えるエピオル。
「サンドイッチをダスターに渡すのを忘れてた。まぁ良いか。私達で食べましょう」
「そうだね。じゃ、私がお茶を淹れるね」
母が淹れるお茶は妙に熱いので、エピオルは出来る限り率先してお茶を入れようとするクセが付いてしまっているのだった。




