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ダンピール・エピオルニス  作者: 宗園やや
ソレイユ・ソワレ
35/104

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ダスターも頑張ってサンドイッチを食べたが、それでも二箱が残った。


「私の目算も中々ね。ダスターは禁欲中って言ってたから、そんなには胃袋が大きくないって思ったのよね」


空箱を片付けながらドヤ顔のノトル。


「何で?残ってるよ?」


「これはナトルプとクルシィウスの分よ」


「ああ、なるほど」


お腹一杯のエピオルは、ダルそうに手袋を嵌めながら納得した。


「じゃ、これは三時のおやつに取っておきましょう。お茶はもう無いけど」


「うーん、どうしようかなぁ」


腕を組み、銀色の頭を傾げるエピオル。


「どうしようって、何?昼と同じ物をおやつにするのは嫌?」


ノトルはエピオルの麦わら帽子の位置を直しながら訊く。


「そうじゃなくって、釣り。全然釣れないからさぁ。今日は日が悪いみたい」


「そんな事は無い」


早口で言うダスター。


「今、三編みの子の竿が引いているしな」


「え?私の?」


水面に目を向けると、浮子が小刻みに動いていた。


「本当だ!引いてる!!」


淵の縁に駆け寄ったミンナは、竿に地面から引き抜いて構えた。

エピオルとジンメルも立ち上がり、友人に応援の視線を向ける。


「よーし!」


ミンナはゆっくりと竿を上げる。

しかし意外に重く、しなるだけで上がらない。

あれ?と思った瞬間、ミンナの身体が竿に持って行かれた。


「きゃっ!」


淵に落ちる寸前でダスターがミンナの腹に手を当て、その小さい身体を支えた。


「うう~、突然引きが強くなったよぅ~!ん~!!」


「放しちゃダメだよ、ミンナ!」


エピオルがミンナに抱き付き、ジンメルも一緒に竿を持つ。

が、四人で踏ん張っても魚は少しも上がって来ない。


「頑張れ~!!」


ノトルも何かをしようとしたが、何も出来そうもなかったのでエピオルに日傘を差しながら応援した。


「うう~っ!全然上がらない~!!」


悲鳴に似た叫びを上げるミンナ。

子供の力では竿が持って行かれそうなので、ダスターも竿に手を掛ける。


「力任せに上げると糸が切れるな。これは相手が疲れるまで待った方が良いだろう」


「待つって、どう言う事ですか?!」


冷静なダスターとは対照的な切羽詰まった大声を上げるエピオル。


「無理に引かず、泳がせつつ岸に寄せるんだ。ゆっくりとな」


「ひぇ~~!!」


魚との格闘は三十分も続いた。

子供達はすでに力尽きていて、竿を握ってはいるが、実際にはダスターが一人で竿を操っている。


「……そろそろだな。それっ!」


水面を薙ぐかの様に竿を払うダスター。


「わっ!」


その拍子で横に倒れる子供達。

と同時に淵から巨大な魚が転がり出て来た。


「おおっ!おっきーい!」


顔だけを魚に向けたエピオルが感嘆の息を漏らす。

麦わら帽子の鍔が視界を遮るので、一生懸命手で押し上げている。


「ちょっと、エピオル、退いて、退いて……」


全員の下敷きになったミンナが喘ぎ声を上げる。


「動かないで!淵に落ちちゃう!まず、一番上のエピオルがこっちに転がって!」


ノトルの的確な指示のお陰で全員が無事に立ち上がった。

そして全員で魚を囲む。


「これ、どうやって持って帰る……?」


エピオルの呟きを掻き消す勢いで跳ね続ける魚。

大きいせいか、物凄い生命力だ。


「大きいわねぇ。ミンナの身長と同じくらいかな」


活きが良過ぎる魚を押さえようとしたノトルだったが、触る事も出来ない。

大人が触れないのなら、当然、エピオルも触れない。


「うーん。これじゃ持って帰れないよ」


「そうだな……。少し待っててくれ」


何処かに走って行くダスター。

残された四人は、ただ魚を見詰め続けた。

数分もすると魚の元気が無くなって行く。


「もうすぐ死にそう。でも、大人しくなっても、このサイズじゃ持って帰れないかなぁ」


人差し指で魚を突付くエピオル。

その様子を眺めながら自分の金髪を撫でるノトル。


「完全に動かなくなったら私が背負うわ。ドレスが生臭くなっちゃうけど、仕方ないよね。髪が魚に付かない様に編み上げなきゃ」


「待たせたな」


走って帰って来たダスターは、巨大な動物の毛皮を持って来た。


「これに包み、引き摺れば持って帰れるだろう」


「それは良いアイデアですね。では、ダスター。私も手伝うので、魚を移動させましょう」


ダスターとノトルの二人掛かりで魚を転がし、地面に広げた毛皮に乗せる。

そうしてから魚の口を覗くエピオル。

もう動かないので安全に釣り針を引っ張れる。

と思ったのだが、針がどこに有るか分からない。


「あれ?……針がすっごい奥に行っちゃってる。取れないよ」


「じゃ、糸を切っちゃえば良いのよ。どんな奥でも、腹を割けば取れるから」


あっさりと言うノトル。

しかしエピオルは腰に手を当てて渋る。


「これ、ミンナのお父さんの竿だから。ねぇ?」


ミンナを窺うエピオル。

ん~、と唸りながら考えたミンナは、思い付いて口を開く。


「エピオルが直せるのなら切っても良いよ。直らなくても、お父さんは怒らない、と思う。自信は無いけど……」


「直すのは簡単だから、切っちゃおうか」


木陰に移動するエピオル。

ついうっかり日向に居続けてしまったせいで肌がちょっと痛い。


「でも、糸を切ったらもう釣りが出来ないから、これで御開きだね。良いかな?」


エピオルが訊くと、全員が頷いた。

大物を釣り上げたので満足している。


「じゃ、切りまーす」


ハサミで釣り糸を切るエピオル。

それで一区切り付いたので、子供達は後片付けを始めた。

ダスターは魚を(くる)んだ毛皮をロープで縛り、ノトルは大量のお弁当箱をバッグに戻す。


「この小さい魚は逃がしちゃう?」


「え?何で?!」


エピオルのバケツを覗いたミンナの言葉に驚くエピオル。


「何でって、大きい魚が釣れたんだから、この魚はいらないでしょ?持って帰っても無駄に死なすだけだもの」


「うむ。命を無駄に奪ってはいけない。その魚の様な小さき存在でもな」


ダスターにもそう言われたエピオルは、ノトルに伺いを立てる。


「お母さん、良い?」


「ええ。可哀そうだものね」


「釣った本人が良いなら良いか。じゃ、ミンナ、お願い」


「うん。逃がすよー。バイバーイ」


淵の縁でバケツを傾けるミンナ。

ジンメルもバケツの水を捨て、これで帰る準備が整った。


(ん?)


視線を感じたミンナが顔を上げる。

向こう岸で釣りをしていたお爺さんが、立ち上がってこっちを見ていた。


(動いてる!生きてたんだ……)


ホッと胸を撫で下ろすミンナ。

でも、どうしてこっちを見ているんだろうか。

あのお爺さんも大きな魚に驚いたんだろうか。

とても不思議だったが、その疑問は特に重要そうではなかったので、帰路に就いた途端に忘れてしまった。

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