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村の水源になっている川のせせらぎが滝の音に変わると、すぐに青の淵に着く。
若いカップルや釣りをするお爺さん等が居るので、村から離れていても全然寂しい場所ではない。
「……滝の方は人が居ないからそっちに行こう」
ジンメルが先導して青の淵を歩く。
こう言う時に頼りになる男の子は素敵だなと思うミンナは、元気が無くなってしまったエピオルの手を引いている。
その手は風邪を引いた時の様に熱くなっている。
「この辺りでどうかな?エピオル」
「うん……」
「さ、日焼けを冷やして」
「うん……」
日焼けの火照りでフラフラになっているエピオルは、ミンナの言葉に無条件で従って水際に膝を突いた。
水面が反射している光に目を細め、静かに両手を水に浸すエピオル。
「……!うっ、く……」
水に触れた瞬間は刺す様に冷たかったが、すぐに心地良くなった。
家の水瓶に手を入れるより効果的な感じがする。
「エピオル、大丈夫?」
「うん、来て正解だったわ。ありがとう。私はしばらくここに居るから、ミンナとジンメルは好きにしてて」
エピオルは水から両手を上げ、ポケットから一本の紐を取り出した。
その紐で銀髪を纏め、今度は顔を水に突っ込む。
(ああー、良い気持ちー……)
うっとりとするエピオルのスカートを掴むミンナ。
今にも淵に落ちそうな体勢なので、見ているミンナの方がハラハラする。
(あ、お魚さん。一匹、二匹、三匹……)
淵は意外に深く、底は真っ暗だ。
溺れたら助からないだろうな。
「何をしているんだ?」
不意に声を掛けられたミンナとジンメルが振り向いた。
水の中は滝の音で一杯なので、エピオルは全く気付かない。
「貴方は、確か……」
ミンナが小首を傾げると、ジンメルが助け船を出す様に言う。
「……ダスターさん」
「そう、ダスターさん!この前は助けて頂いてありがとうございました」
「……ありがとうございました」
「いや、気にするな」
ミンナとジンメルが頭を下げたので、ダスターも頭を下げ返した。
子供相手でも礼儀正しい。
「それはさて置き、その子はエピオルニスか?」
「はい。日に焼けてお顔が真っ赤になったから冷やしているんです」
「いつから?」
「いつからって、……あっ!」
エピオルは軽く三分は水に顔を漬けている。
その間、ピクリとも動いていない。
「た、大変!」
ミンナが慌ててスカートを引っ張る。
その様子に危機感を見たダスターは、エピオルの脇に手を入れて持ち上げた。
相手は五歳児なので軽々と掲げられる。
「ぶはー、ぜはー、何?はひー、飛んでる?ふー、あれ?ダスターさん」
息を切らせてはいるが、エピオルは普通に元気だった。
「大丈夫な様だな。スッキリしたか?」
「はぁ、はぁ……。はい、とっても!」
エピオルの笑顔から雫が垂れ、ダスターの服を少しだけ濡らした。
「それは良かった」
ダスターはエピオルを降ろす。
地面に立った銀髪幼女は、袖で顔を拭ってから髪を縛っていた紐を解く。
「……折角冷えたんだから、あそこに行こう」
ジンメルが大木を指差す。
立派な枝が濃い影を作っているので、そこならば日焼けしないだろう。
大木の根元に並んで座るエピオルとミンナ。
ダスターは影の外に立ち、ジンメルは誰の視界にも入らない所に座る。
「淵の中にお魚さんがいっぱい居たよ!今度釣りをしに来ようよ」
息が整ったエピオルは、堰を切った様に喋り出した。
「朝にミミズを捕まえて、お昼にお弁当を食べて、夜に釣ったお魚を食べるの。楽しいと思わない?」
「私、ミミズはちょっと……」
対照的に嫌そうな顔をするミンナ。
「私がやってあげるよ。ジンメルもどう?」
「……機嫌が直ったね、エピオル」
「うん。エヘヘ~。ごめんね、ミンナ、ジンメル。私、どうかしてた」
「ううん、良いのよエピオル」
「……たまにはそんな時も有る」
三人の子供は微笑み合った。
「楽しそうだな。俺も釣りの仲間に入っても良いか?」
中腰になって訊ねるダスター。
彼の目的が分からなくて不機嫌になっていた事も忘れ、笑顔で頷くエピオル。
元々、青の淵みたいな涼しい場所は嫌いじゃないし。
「勿論!じゃ、明日にしましょう。どう?」
ミンナとジンメルは頷いた。
毎日ヒマだからいつでも良い。
「ダスターさんはどうですか?」
「お邪魔しよう」
「分かりました。もうお昼なんで、私達は帰りますね。また明日」
「ああ」
ダスターと別れた子供達は、日陰を選びながら村に向った。




