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ダンピール・エピオルニス  作者: 宗園やや
ソレイユ・ソワレ
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「夜分恐れ入る」


娘を寝かし付けた後、ロウソクの明かりの許で夏用のドレスを縫っていると、家の外で野太い男の声がした。


「はーい」


玄関ドアを開けたノトルの目の前に鋼の様な筋肉の大男が立っていた。

しかし首から上が梁で隠れているので誰だか分からない。


「あの……」


「久しぶりだな、ノトルニス」


大男が少し屈んだので、ノトルはその顔を確認出来た。


「ああ、ダスターですか。久しぶりです。まだエーレンは居ませんけど?」


「いや、今日は君に話が有るんだ。エピオルニスはもう寝たか?」


「ええ。……どうぞ」


「お邪魔する」


玄関の魔除けを外し、リビングに案内するノトル。

ダスターは礼をしてから敷居を跨いだ。


「禁欲中なので、茶は遠慮する」


「あ、そう?……どうぞ、座ってください」


「うむ」


キッチンに行こうとしたノトルを呼び止めたダスターは、リビングのソファーに座った。

その対面に座るノトル。


「昨日、エピオル達がお世話になったそうですね。ありがとうございました。すぐに分かりましたか?」


「ああ。昼と夜の混じった、不快な臭いがした。その臭いが無くてもエーレンそっくりだから分かるよ」


「そうですか……」


「それで本題だ。そろそろエピオルニスを鍛えようと思うんだが、どうだろう」


「鍛える?どうして?」


「この家の手配をエーレンに頼まれた時、一緒にお願いされていたのだ。ダンピールの人生は過酷な物だから、護身術程度でも体得する必要が有ると」


「あの人が……。でも、護身術って、どう言う物なんですか?剣術?それとも、魔法?」


「格闘術。己の拳で戦う技だ。武器を使わないので、とっさの危機に対応し易いだろう」


「格闘、ですか。殴ったり蹴ったりするんですか?」


「それも教えるが、相手を投げ飛ばす技を先に教える。護身術だからな。敵を転がし、その間に逃げるのが目的だ」


「なるほど」


「エーレンが居るのなら、彼に魔法なりを教われば良いだろう。だが今は居ない。習い事を始めるのは早い方が良いから、今が頃合いなのだ」


黙ってダスターの太い腕を見詰めるノトル。

鍛えに鍛え捲った、鎧の様な筋肉。

何者にも負けない自信と技が詰まっている。


「それに、今はノトルニスが護っているとしても、ずっとと言う訳にも行かない。ダンピールの寿命は人間の比ではないからな」


「それはそうですが。普通の人の親子でもそうですが」


「本気で学ぶのも良し。基本だけでも良し。エピオルが必要無いと拒否するのなら、それもまた良し。全ては本人次第だ」


「……そうですね。明日、エピオルに聞いてみます」


「うむ。俺もまだ修行中の身だから、師弟にはなれない。教えるのはあくまで護身術だ。その先に進むかどうかも本人次第だ」


そう言ったダスターは、不満げな表情を続けている友人の妻の顔を覗く様に見る。


「嫌か?娘が格闘を習うのが。女が花嫁修業以外の習い事をするのを嫌う親も少なくないと聞くが」


「いえ、そうではありません。私、怖いんです。ダンピールの存在と運命を書物で調べるほど、知れば知るほど、恐怖が大きくなる」


ノトルはソファーから立ち上がり、不安定な足取りで三歩歩く。


「ダンピールを産むと言う事がどう意味を持っているのか、深く考えていなかった」


天井を仰ぎ、胸の前で手を組むノトル。

バンパイヤと人間のハーフであるダンピールの母となった時、十字架や聖書を手元に置く事を止めた。

だから祈りの姿勢を取ったとしても、神を想ったりはしない。

神に救いを求めたりしない。

全てを自分が背負う。

それがノトルの覚悟だった。


「ダンピールは例外無く何かを憎んで生きるそうです。人間を憎む者の話。魔物を憎む者の話。全てを憎む者の話……。色々読みました」


テーブルの上で燃えているロウソクの炎に青い瞳を向けるノトル。


「そして何も愛さないそうです。自分と同じ運命の者を産み出さない様に。エピオルが自分を知ったら……、どうなるんでしょうね」


「エピオルはエピオルだ。他のダンピールの運命は参考にしかならない。それが書物による知識なら、創作の可能性も有る」


「それはそうです。でも、本がウソだったとしても、それは人生が明るくなる理由にはならないしょう?」


「……ノトルニスは後悔してるのか?エピオルニスを産み出した事を」


「まさか」


ノトルはダスターの言葉を鼻で笑い、否定する。


「私はそこまで愚かではありません。私はエピオルの誕生を心から願い、産みました。そしてその成長を喜んでいます」


でも、と続けながら再び天井を見上げるノトル。


「今はまだエピオルは幼いから、様々な可能性が有る。色々と想像出来る。だからどうなるか分からず、怖いんです」


「そうだな。エピオルニスはまだ幼い。だが、賢く気高い子だ。その純粋な心を荒ませてはならない」


ダスターは、ノトルの不安を叱る様に強く言う。


「俺は、エーレンの友人として、一人の大人として、エピオルニスが間違った方向に行かない様に導く責任を背負おうと思うが、どうだろう」


「親以外の人に正しく世界の厳しさを教えて貰えるのなら、それはとても素敵な事です。エピオルがやる気になったら、是非お願いします」


「うむ。それに、ノトルニスも強くならなければならない」


「私も?」


「どうもノトルニスの言葉には言い訳臭い所が有る。迷いが有る。それには幼子の成長に悪影響を与える可能性が有る」


「そんな事は」


「勿論、エピオルニスの前では違うだろう。が、くれぐれも気を付けてくれ。君が育てているのはダンピールなのだから」


「……肝に銘じます」


「それでは失礼する。東の森は危険だから、昼間は青の淵に居よう。遊び気分で良いから、一度は顔を出させてくれ」


「はい。青の淵ですね」


「ただし強制はするな。それでは意味が無い」


「分かりました。私やエピオルの友人が同行しても良いですか?」


「勿論だ」


「それと、エピオルは直射日光に弱いんです。太陽の強さによっては外出をさせません。かなり注意してあげてください」


「エーレンの子だものな。分かった。肝に命じて置こう。ただ、打ち身や擦り傷は大目に見てくれ」


「はい。普段から生傷が絶えない子ですから大丈夫でしょう。でも、女の子です。無茶はさせないでくださいね」


「ああ。それでは失礼する」


膝を正して頭を下げたダスターは、静かに帰って行った。

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