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子供は入ってはいけないと言われている東の森だが、キチンと正面から入れば整備された道が有る。
そこから外れなければ迷子にはならないとナトルプは言う。
「この森の奥に謎の家が有るんだ」
歩き易い道を進みながら右手方向を指差す身体の大きい男の子。
「ナトルプのお父さんの仕事場じゃないの?キコリさんなんだし」
「違うよ!」
エピオルのツッコミを無駄に大きい声で否定するナトルプ。
「じゃ、何?」
「それが分からないから謎なんじゃないか」
「ああ、そう言う事」
子供達は更に森の奥へと進む。
段々と道が狭くなって行くので自然と縦一列になる。
「ちょっと、ナトルプ。大丈夫なの?」
心配そうな声を出すエピオル。
入り口付近と比べ、明らかに道の状態が悪い。
地面が踏み固められていないので、村の大人でさえも滅多にはここまでは入らない様子が窺える。
「俺は父ちゃんと一緒に何度も入ってるから見慣れてる。大丈夫だよ」
「謎の家はまだなの?」
「全然まだだよ」
他の子達は息が切れ始めて来て言葉が無くなったが、エピオルは構わず喋り続ける。
「お昼までに帰らなきゃお母さんに怒られちゃう。あとどれくらいなの?」
「うるせーな!だったら帰れよ!!」
エピオルの愚痴に耐えかねてキレるナトルプ。
その大声が周囲に響き渡り、頭上の木の枝に停まっていた鳥が飛び去って行った。
「!、ちょっと、ナトルプ、静かにして!」
「うるさいのはお前だー!」
「シッ!」
エピオルが口に人差し指を立てると、全員の動きが止まった。
しかし風が木々を揺らす音と遠くに居る鳥の声しか聞こえない。
「な、何?どうしたの?」
不安になったミンナがエピオルに寄り添うと、銀髪の幼女は真剣な表情をナトルプに向けた。
「何か、ヤバイ。みんな帰ろう。早く!」
「帰りたいんなら一人で帰れよ。行くぞ!」
更に奥に行こうとするナトルプの手を取るエピオル。
「ダメ!!シャレになんない!」
「だから何で……、ん?」
ようやく周囲の物音に気付く子供達。
自分達より背の高い雑草の向こうで無数の気配が蠢いている。
「野犬だ!」
微かに聞こえる唸り声に聞き覚えが有るナトルプが叫んだ。
その横でクルシィウスがジンメルに質問する。
「野犬って何?」
「……狂暴な野良犬」
「なるほど」
暢気に納得し合っているクルシィウスとジンメルを尻目に、木の棒を拾って野犬の襲来に備えるエピオル。
「逃げよう!」
「あ、ああ」
頷くナトルプと共に振り向くエピオル。
しかし、今来た道が数匹の野犬に塞がれていた。
「エピオル、エピオル!」
「何?」
エピオルのスカートを引っ張るミンナ。
草むらから野犬が飛び出して来て、前も後ろも道が塞がれた。
「どうすんのよ、ナトルプ」
「ど、どうしよう」
普段の彼からは想像出来ない程の情け無い声が返って来る。
「……戦うしかない」
無口なジンメルも木の棒を拾う。
「ジンメルって意外と勇気が有るのね。ナトルプとは大違い」
「な、何だと!俺だって戦うぞ!」
エピオルの言葉に顔を赤くしたナトルプは、鼻息荒く木の棒を拾った。
狙った通り、彼のプライドを刺激したら闘争心に火が付いた。
「僕も!」
クルシィウスも木の棒を持つ。
男の子達がやる気になったので、野犬達の動きが慎重になる。
しかし確実に間合いを詰めて来る。
「う、う、うえ~~ん!」
緊張に堪え切れず、泣き出してしまうミンナ。
その声を合図に野犬達が襲い掛かって来た。
「お前達、伏せろ!」
それと同時に一人の男が降って来た。
物凄い筋肉が布切れの様な服とズボンを押し上げている。
驚き、倒れる様に伏せた子供達の頭上で男の脚が振り回される。
「ハァァァァァーッ!セィヤーー!」
「ギャイン!」
子供達に襲い掛かった野犬は、その全てが草むらの向こうに吹っ飛んで行った。
残った野犬達は、男に睨まれて森の奥へと帰って行く。
「ふぅ。大丈夫か?お前達」
男が緊張を解いたので、子供達は立ち上がった。
泣いているミンナはエピオルが抱き起こす。
「はい、大丈夫です。助けて頂いてありがとうございました」
頭を下げて礼を言うエピオルを見て目を丸くする男。
「お前……、エーレンスレイヤーの子か?」
「え?はい。そうです、けど……。お父さんを知っているんですか?」
「ああ。私の名はダスターと言う。お前は?」
「エピオルニスです」
「そうか。そんな事より、お前達。親に言われているだろう?森に入ってはいけないと」
子供達の顔を順に睨むダスター。
肩を竦め、俯く五人の子供達。
「何故いけないかは、身をもって知っただろう。さぁ、村まで送ろう」
五人の子供を纏めて抱き上げたダスターは、物凄い速さで来た道を戻った。




