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コンコン。
エーレンの部屋のドアをノックするノトル。
しかし中からの返事は返って来ない。
「エーレン」
名前を読んでも反応無し。
コンコン。
ゴンゴン!
ドゴンドゴン!!
「エー!レーン!!」
手が痛くなるほどドアを殴り付けても、精一杯の大声を張り上げても、返事が無い。
諦めたノトルはドアに向かって語る。
「あの子達は私の部屋で寝て貰ったよ。余程疲れてたのね、すぐに眠ったわ。ぐっすりよ」
耳を澄ましてみても部屋の中からの物音はしない。
しかし中には居る筈なので、そのまま続けるノトル。
「テスピスとソフォクレスはベッドに入れないから、床に毛布を敷いて寝ているのよ。可哀そうだよね」
しばらく黙るノトル。
エーレンの部屋は城に寄り添う様に立っている塔の頂上に有るので、その前の廊下は狭くて静かだ。
「……あの娘達を帰してあげて。ダメ?」
「ダメ、です」
ドアのすぐ向こうで応えるエーレン。
そこに居たのか。
「どうして?……じゃ、吸っちゃうの?」
「父の狙いはそれだけではありません」
「まだ何か有るの?」
ゆっくりとドアが開き、エーレンが姿を現す。
部屋の中に光源が無いので、ノトルの目では中に何が有るのかは判別出来ない。
「バンパイヤと人間が一緒に暮すのは、実はとても危険なのです。それは魔界全体の問題なので、父はこんな策を試したのでしょう」
「魔界全体?凄く壮大な話ですね。どうしてそうなるんですか?」
「バンパイアは大きく二種類に分けられます。生まれ付きの純粋なバンパイヤと、バンパイヤ化した人間の二種類です」
「エーレンは純粋なバンパイヤなんですよね?」
「はい。で、例えば私がノトルの血を吸い、眷属とした存在が元人間のバンパイヤです」
「物語で読んだ事が有りますので、それは理解出来ます」
「元人間のバンパイヤは太陽の光や聖なる業で殺す事が出来ますが、純粋なバンパイヤは寿命以外では死ぬ事がありません」
「そうなんですか?じゃ、エーレンには十字架が効かないんですか?」
「勿論。魔界では力の強さが身分の証明となりますので、ほぼ不死のバンパイヤは最高位の貴族で在り続けられるんです」
「凄いですね」
「しかし、そんな純粋なバンパイヤを殺す事が出来る者が存在します。それがダンピールです」
灰色の瞳でノトルの青い瞳を見詰めるエーレン。
「それは、純粋なバンパイヤと人間の間に出来た子供の事です。要するにハーフですね」
「ハーフの子供?人間とバンパイヤの間に、私とエーレンの間に、子供が出来るんですか?」
神や悪魔とのハーフが活躍する神話は知っているが、魔物とのハーフが出て来る物語は読んだ事が無い。
驚いている少女に力強く頷くエーレン。
「実物を見た者の殆どが命を落としていますので詳しい実態は判明していませんが、その力は魔王クラスと言われています」
「まっ、魔王?それはまた……」
「魔界でトップクラスの力を持っているバンパイヤを倒しますからね。妥当な評価でしょう」
「つまり、私が人間のままここに居るのは、お父様にとってはとても都合が悪い、と」
「父だけではありません。ダンピールは人間の味方に就く事が多いので、人間を捕食する魔物の天敵としても恐れられています」
「へぇ……。でも、人間の側から見れば良い存在ですよね。ダンピールって」
「そうですね。もっとも、ダンピールが産まれる確率はかなり低いそうなので、魔界はそれほど警戒はしていませんが」
少し考えたノトルは、思い付いた事を早口で言う。
「そうだ!私にエーレンの子が出来たって嘘を言ってお父様を脅せば、あの子達を帰せるんじゃないですか?」
「そんな事を公言したら、ノトルと四姉妹は即刻殺されますよ。どんなに力の強いダンピールでも、産まれる前なら怖くありませんからね」
良いアイデアだと思っていたノトルは、即否定されて唇を尖らせる。
「駄目か」
「当然です。貴女達は吸血対象だから見逃されているだけです。貴女達に吸血以外の事をしたら、私も罪人として封印されます」
「……確かに悩んじゃいますね。どうしたら良いか分かんないや」
「はい……」
黙って俯く二人。
直後、塔の外で奇妙な鳴き声がした。
驚いて周囲を見渡すノトル。
しかし窓が無いので声の主の確認は出来なかった。
だが、そのお陰で重かった空気がリセットされた様な気がした。
「……あのね、エーレン」
「はい。何でしょう?」
「私、怖くないよ」
背が高いエーレンを見上げるノトル。
「初めてエーレンに会ったあの夜も怖くなかった。いいえ、逆にワクワクした。生きる希望を無くしていた私の不安が消えるくらいワクワクしたよ」
「ノトル……」
「この人は、私の知らない世界を知っている人だって思ったから。そしたら本当に知らない世界に来ちゃった。えへへ。びっくり」
淡々と言うノトルを前に、ただ立ち尽くすエーレン。
「今も全然希望が持てないのに、こんなにもエーレンが情け無いのに、全然不安じゃない。いつ死んでも不思議じゃないのに、全然怖くないのよ」
笑んだ後、力無く俯くノトル。
「この気持ちを言葉にするなら、好きって事だと思う。エーレンが好き。……多分だけど、もう離れたくないから、きっとそう」
「ノトル……」
「まぁ、事有る毎に一々悩むエーレンが面倒で放っておけなくなった、いわゆるただの母性本能って奴かも知れませんけど」
「ノ、ノトル?」
少女の真意を汲み取れずに目を白黒させているエーレンを真剣な表情で睨み付けるノトル。
「選んで、エーレン。バンパイヤとして私の血を吸うか。父親に反抗して私達全員を逃がし、貴方も逃げるか。それか、私の告白を受け入れるか」
「告白って、まさか、ダンピールを産む気ですか?」
頬を染め、石の壁に顔を向けるノトル。
「結婚から逃げた私ですけど、女として生まれた以上は愛する人の子供くらいは産みたいなぁって……。それ以外に四姉妹を助ける道が有りますか?」
無言で俯くエーレン。
またウジウジと考えている顔だ。
「さぁ、三択です。どれを選びますか?エーレン?私はどれでも大丈夫です。不安はありませんから」
ノトルの青い瞳がエーレンに決断を迫る。
狭い廊下なので距離を取る事も出来ない。
「……もう少し話し合いましょう。もしかすると別の道が見付かるかも知れません」
「そう思いますか?そうやって話を逸らすつもりじゃないでしょうね?」
「ノトルから逃げるつもりは有りませんよ。私だって、ただ父に従うなんて事はしたくありません」
「親不孝者」
「うっ……。厳しいですね、ノトルは。どっちの味方なんですか」
「冗談ですよ。活を入れただけです」
いつもの笑顔に戻り、そっぽを向くノトル。
本当に強い女性だ。
「では、何処の部屋で話し合いをしましょうか?」
「エーレンが決めて」
「リビングに行きましょう」
「はい。では、お茶を淹れますね」
そのお茶はきっと熱いだろう。
それが日常になってしまったエーレンも、彼女を手放したくないと思った。
普段と違う行動が嫌いな男だから。




