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「いきなり貴方達に協力するのもリスキーよね。だって、私は貴方達の事を何も知らないんだもの」
高校の体操服を着ている怪盗は、神父に対しても不遜な態度を取った。
神父の方も変わらず怖い顔をしている。
「もっともだ。ではどうする?」
「私は自分の正体が分かればそれで良いの。だから私の正体の一部を教えて頂戴」
「一部で良いのか?なぜだ」
「貴方は私の事を信用してくれてるの?なら全部教えてくれても良いけど、聞いた途端逃げるかもよ?」
口の端を上げる神父。
「なるほど、取引と言う訳か。俺の目的はエピオルニス一族だけだから、お前が逃げても一向に構わない。が、それは立場的にまずいか」
短い間ながらも怪盗としてやって来た勘から、神父の笑顔には裏を感じる。
ウサギの仮面の下で唇を舐める怪盗。
さて、相手はどう来る。
本当の事を言うか、ウソを言うか、それとも適当を言うか。
「では、お前はどう言う存在かだけを教えよう。それについてはレメの方が詳しい」
「はい」
神父に名前を呼ばれたドレス少女は、創流達から視線を逸らした。
その一瞬を見逃さず、目を合せて頷く創流とクウェイル。
「まずは私の技能を明かしましょう。私はサモナー。召喚師です」
「召喚師?なにそれ」
「魔界から悪魔を呼び出し、悪魔の力を借りたり、悪魔を思い通りに使役したりする能力を持つ者の事です」
「ふむふむ、それで?」
「この派手な格好は、悪魔の興味を引く為の物です。悪魔に興味を持って貰えれば、より召喚し易くなるからです」
肩の出ているイブニングドレスの胸元に手を置くドレス少女。
下等な悪魔ほど色気に弱い。
しかしあまりにも下等だと役に立たないので、性的な格好は良くない。
だから上品に見えるドレスをチョイスしたのだと言う。
「しかし私は未熟なので、このぬいぐるみに悪魔の一部を降ろして使役します。この一帯を包んでいる結界も、このぬいぐるみが作っています」
ドレス少女は、ウサギ仮面に良く見える様にぬいぐるみを掲げた。
するとぬいぐるみの手足が僅かに上下した。
「生きている様に見えるわね。このクマにアクマを入れてるのね。なんちゃって」
ドレス少女と神父は表情を変えない。
照れ隠しに金色の頭を掻く怪盗。
「ジョークに反応しないなんて、どんだけ真面目よ。つまんない。で?」
怪盗の軽口には全く反応せず、マイペースに続けるドレス少女。
「自分の肉体に召喚した物を入れる場合もあります。それは精霊召喚で良く見られ、人の身のまま人間の限界を超えた力を使える様になります」
「今のお前はその状態だ。ここまでが情報の一部だ」
ドレス少女の言葉を遮って割り込んで来る神父。
良い所でお預けを食らった怪盗は僅かに声を荒げる。
「精霊を身体の中に入れてる状態なの?私が?それでどうして記憶が無くなってるの?」
「それを知りたければ我等の味方になると誓うが良い。レメの言葉を受け入れればそれは完了する」
返答しようとして動きを止める怪盗。
1秒ほど考えた後、小首を傾げる。
「召喚師に何を誓うって?私って、精霊召喚状態なんでしょ?それって……」
「お話し中、邪魔するよ」
脇腹を抑えた創流が神父の前に立つ。
「悪いね、怪盗トードストール。俺はお前に借りを作る気は無いんだ。そして、神父さん。あんたにも言いたい事が有る」
「何だ?」
痛みで歪んでいる自身の顔を指差す創流。
「俺は田舎から一人で東京に出て来て苦労している苦学生なんだ。何だか分からない怪我をさせられたら、治療費が大変なんだよ」
「治療費か。君がエピオルニスと無関係だと言う事が証明されれば、魔物退治に巻き込まれた事故として教会が治療費を出してくれるだろう」
「……ん?」
クウェイルの姿が見えない事に気付くドレス少女。
赤い髪を広げる勢いで周囲を見渡している。
なので、作戦がバレる前に神父に凭れ掛かる創流。
「いや、そう言う事じゃなくてな、いててて……」
「な、なんだ?具合が悪くなったのか?」
図体のでかい男子高校生に抱き付かれ、戸惑う神父。
さぞかし気持ち悪い事だろう。
香水臭いおっさんに抱き付いている創流の方も気持ち悪い。
「離れろ。怪我が痛むのなら、離れて寝ていろ。後で医者を呼ぶ」
しかし離れない創流。
すると、神父は服の下から手を出した。
右手には銀色の拳銃が握られている。
その拳銃が創流のこめかみに当てられた。
「対ヴァンパイヤ用の銀の弾丸だ。抱き付いているのがエピオルニスの子孫を逃がす為の時間稼ぎだとしたら、お前を処分しなければならないが?」
怖い顔をした神父が人差し指に力を込めれば、そこで創流の人生が終わる。
痛みを忘れる程背筋が凍ったが、しかし創流は笑んだ。
「クウェイルは逃げたりしないさ。勿論、俺も」
「あ!パーパ危ない!」
ドレス少女が創流の背中にへばり付いているクウェイルに気付いた。
しかしもう遅い。
「お父さんの仇め!創流の痛みを思い知れ!」
叫びながら尻を上げるクウェイル。
木の枝を登る尺取り虫みたいな格好をして力を溜めた直後、思いっ切り創流の背中に腹を打ち付ける。
「いでぇっ!」
「グハッ!?」
創流と神父が同時にうめき声を上げ、別々の方向に倒れる。
神父は道路に倒れたが、創流は背中のクウェイルが支えてくれた。
対教会用の護身術であるひとつめの必殺技は、結論から言えば、他人の痛みを利用出来る。
ただし、ふたつの制約が発生する。
まず、痛みを飛ばせない。
痛みを感じている部分が相手に接触していなければ届かない。
「パーパ!」
神父に掛け寄るドレス少女。
腹を押さえて蹲っている神父は声が出せない様だ。
「そいつは大丈夫。創流の痛みを送っただけだから、怪我は無い。創流の方はちょっと厳しいけど」
創流も痛みで悶絶している。
肋骨が折れている所に衝撃を与えたので、それはそれは痛いだろう。
しかし、神父を行動不能にするにはこれくらいの痛みでないとダメだ、と言ったのは創流本人だ。
こんな無茶をした理由は、ふたつめの制約にある。
クウェイル自身が痛みを感じている訳ではないので、その威力は完全には伝わらない。
だからあえて痛みを倍増させたのだ。
覚悟の上の苦痛に敬意の目礼をするクウェイル。
「今日はこれくらいで勘弁してあげるわ。ここで引くのがお互いの為よ」
妥協を提案するクウェイル。
しかしドレス少女は威嚇する様に歯を剥いた。
「引け、だと?パーパを攻撃した魔物を放置する訳には行かない!」
「まだ続けるのなら、私はお父さんの仇を許さない。ここで創流の血を吸ってダンピール化しても良いくらいに」
「化け物め!この命に変えてもそんな事はさせない!」
ぬいぐるみを抱え直すドレス少女に冷静な視線を向けるクウェイル。
「私は、お前達が引かないのなら、って言ったのよ。つまり、お前達のせいで創流は血を吸われるの。私は吸いたくないのに、お前達のせいで!」
「そんなの詭弁よ!」
「つまり、引かないって事?私、お前の父親を引き裂きたくて仕方ないのよ?勿論お前も殺す。そうしないと恨みの連鎖が止まらないから」
再び鬼の様な顔になり、神父を睨むクウェイル。
「そろそろそいつの痛みが引き始めるかな。もう時間が無い。ごめんね、創流。この場を凌ぐ為に、貴方の血を貰うね」
大きく口を開けるクウェイル。
その中で鋭く光る牙を見たドレス少女は、慌ててぬいぐるみを地面に置いた。
更に両手を上げ、戦闘放棄の意思を示す。
「分かった!引きます!だからその人に手を出さないで!」
「ふふ。やっぱり貴女本人には戦闘能力は無いんだ。それに、結界の悪魔を召喚してるから、戦闘能力の有る他の悪魔が召喚出来ない。でしょ?」
図星なのか、悔しそうな顔をクウェイルに向けるドレス少女。
しかしすぐに表情を消す。
「結界を解きます。それと同時に人通りが戻りますので、車道に居ると車に轢かれますよ」
「え?あ、創流、動ける?歩道に移動出来る?」
「な、なんとか。いででで……」
這いつくばっている創流を見ながら車道で転がっている神父を抱き起こすドレス少女。
「すみません。勝手に判断してしまって」
「かまわん。油断した俺も悪かった。出直そう」
「はい」
よろけながら立ち上がる神父の前に立ったドレス少女は、クマのぬいぐるみを高く掲げた。
「悪魔よ、汝の役目は終わった。汝の世界に戻れ」
外国語なのに母国語に聞こえる不思議な声と共に人通りが戻って来た。
車も普通に走っている。
神父とドレス少女は、一般人と入れ替わる様に姿を消していた。
ついでにウサギ仮面も消えていた。
「ん?こんな所で何してるんだ?創流。クウェイルさんも。今日は二人で喫茶店に行くんじゃなかったのか?って、どうしたんだその汗。大丈夫か?」
偶然通りかかった世太に顔を覗かれる創流。
下校時刻の校門付近だから、通りすがりの他の生徒も地べたに座っている創流を変な目で見ている。
「あんまり大丈夫じゃないかも。肋骨が折れてるっぽい。救急車を呼んで貰いたいんだけど、保険証が要るのかなぁ」
痛みを我慢し過ぎたせいか、創流の声は掠れていた。
「そんなのは知らん。本気でやばいんなら呼ぶが、どうする?」
「呼んで」
創流の代わりにクウェイルが頷いた。
その真剣な眼差しに状況を察した世太は、ポケットから携帯電話を取り出した。




