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様々な人種が居る東京でも、透き通る様な金髪を持つ若い娘は珍しい。
だから容易に発見出来た。
「居た。……うわ、怒ってる怒ってる」
創流が探していた人物は、服屋の玄関前に置いて有るマネキンにボディブローをかましていた。
勿論本気ではなく、寸止め気味の連打。
「創流。私、イライラしてる。どうしてくれるのよ、コレ」
図体のでかい気配を察したのか、振り向かず、連打したまま言うクウェイル。
「それには事情が有るんだ。実は、教会ってのが俺に手紙を渡して来たんだ」
「教会?それって、私や先祖の敵って意味の教会?」
ボディブローを止め、創流に向き直るクウェイル。
目付きが悪くても可愛い。
「そう、それ。それにはクウェイルの弱点を確かめろって書いて有ったんだ」
「私の弱点を?」
「でも、クウェイルの弱点だろ?はい調べますって訳には行かなかった」
「まぁ、ねぇ」
「断ると俺を教会の敵と認識するとも書いてあった。だから無視する訳にも行かなかった」
クウェイルの表情が和らんで行く。
創流の事情を分かってくれたらしい。
良いぞ。
「それを相談しようとダメ元で先祖の人にゲームの中で接触したんだけど、逆探知されてるかも知れないからリアルで会おうってなって」
「マジで?会ったの?」
「会えなかった。実際に会えたのはテスピスって人だった。知ってる?」
「知ってる。金髪の優しそうなお姉さんでしょ?つまり、ゲームの中で会ったけど、実際には会ってない、と。やっぱり本人は出て来なかったのね」
「うん。それで言われたよ。何が有っても助けないから、自分達で何とかしろってね」
「あの人らしいわ。でも、どうしてあの人のキャラ名を知ってるの?」
「それは後回しにしよう。今は教会をどうするか、だよ。弱点を探られるのは結構ヤバイんでしょ?」
頭の良いクウェイルは、話を逸らされた事を訝しんで片眉を上げた。
しかし創流が言う事ももっともなので、仕方無しに頷く。
「実はヤバくない。弱点を突かれると髪が伸びるまでヴァンパイヤの力が無くなるってだけ。人間の私には無意味」
肩透かしを食らう創流。
「そうなの?なんだ、俺が悩んだのは無駄だったのか」
「それも違う。教会はあの人の子孫を根絶やしにするのが目的。ヴァンパイヤの力が無い私なんかゲームのザコ敵レベルで瞬殺でしょうね」
「教会は人間を殺さないって言ってたけど。だから助けないって」
「普通はそうだけど、お父さんが殺されてるからねぇ。教会仲間を殺す相手に常識は通用しないよ」
「となると、やっぱり先祖の人みたいに逃げて隠れるしかないのかなぁ」
「逃げられるのは困ります」
いきなり目の前に現れるイブニングドレスの外人少女。
「うわ!」
「誰?」
創流は驚きで仰け反り、クウェイルは一歩下がって身構えた。
クマのぬいぐるみを抱いているイブニングドレスの少女は、そんな二人に一歩近付く。
「やはり貴方はその子を裏切れませんでしたか。まぁ、普通の人間ならそうですよね」
「だから、貴女誰よ」
必死の機嫌取りで解されていたクウェイルの表情がまた強張っている。
努力が無駄になった創流は、うなだれながら紹介する。
「俺に手紙を渡した教会の人だよ」
「なるほど。その格好、大分前に見掛けたね。やっぱり敵だったか」
そう呟いたクウェイルを見ながら赤い髪を掻き上げるドレス少女。
「気付いていたのか。どうりで巣が見付からない訳だわ」
「巣、ねぇ。やっぱり教会は私をそんな目で見るんだ」
悲しげなクウェイルを無視したドレス女は、悠然と創流を指差した。
「教会に背いた以上、貴方達二人を敵とみなします。しかし今すぐ弱点を調べれば、貴方だけは見逃してあげます」
そう宣言し、抱いていたクマのぬいぐるみを高々と掲げるドレスの女。
「毒々しい大気に包まれている不浄の者よ。我の声に応えよ。我の声に従え。さすればこの世界の蜜なる空気を汝に捧げん」
それは奇妙な声だった。
聞いた事もない外国語なのに、なぜか日本語で理解出来た。
「なんかヤバイ!逃げるよ、創流!」
創流の手を引き、事前の打ち合わせ通りに学校に向けて走りだすクウェイル。
が、数歩走った所で中年の男が立ち塞がった。
マンガとかで見る神父の格好をしているので、どう見ても教会の人間だ。
「お前達が逃げる事も想定済みだ。周りを見てみろ」
「あれ?誰も居ないぞ?」
言われるまま、素直に周囲を見渡した創流が驚く。
東京のど真ん中の道路なのに、誰一人として歩いていない。
車さえ通らない。
「さっきまで確かに人が居た筈なのに」
「ここは結界の中だ。もう逃げられないぞ、プラチナハート・ミンナ・オワジヨン」
白髪交じりの中年神父がクウェイルに向けてそう言った。
今度は創流が無視された形となる。
教会の人達はマイペースで物事を勧めるな。
「どうして私の本名を知ってるの?どうやって調べたの?貴方、何者?」
「俺は教会だ。それ以上言う事は無い」
外人の顔は彫りが深いので、敵意を持って睨まれるとかなり怖い。
同じく外人のクウェイルは気後れせずに睨み返している。
当然、大人の神父は小娘の視線には動じない。
「私の事を色々と探っているみたいだから分かってるだろうけど、私はまだ人間よ。貴方は手出し出来ない筈」
気丈に言うクウェイル。
「確かに。私達はまともな教会の者だ。だから回りくどい調査をし、お前の友人に手紙を渡したりした」
クウェイルから視線を外さずに創流を顎で示す神父。
「だが、その小僧との会話を聞く限りでは、お前にはエピオルニス族特有の弱点が有る様だった。それが有る者は人間ではない」
懐からハサミを出し、それを差し出して来る神父。
「もしも自分がただの人間だと言うのなら、それを証明して見せろ」
「証明って、もしかして髪を切れって言うんじゃないでしょうね?バカ言わないで。この国では、髪は女の命って言うのよ」
自分の金髪を撫で、ハサミから顔を背けるクウェイル。
その仕草のせいで髪が少しだけ乱れ、耳の後ろの髪の束らしき物が見えた。
クウェイルの金髪はかなり長いが、耳の後ろの部分だけ首の辺りまでしか無い。
あれが弱点か。
しかし、そう言われたからそう見えるだけとも思える。
微妙。
「だから、髪を切るって事は、人間である私を殺すって事になるのよ。貴方にそんな権限、有るの?」
それが切り札だったのか、ドヤ顔で言うクウェイル。
かわいい。
しかし、相手の神父もドヤ顔になる。
こっちは厳つい。
「お前がエピオルニス族なら有るんだよ。俺の母親がエピオルニスに殺されているからな。遺族特例って奴だ」
「遺族特例?何それ」
「魔物に親族が殺された者に限り、希望すれば優先的にハントする権利が与えられる事だ。それが有れば多少のルール違反も見逃される」
ただし教会本部からの援護も無くなるがな、と小声で呟く神父。
自分に都合の悪い事を声高々に言う人も居ないと思うが、それなら口から出さなければ良いのに。
それでも言ってしまったのは、根は善人だからなのかも知れない。
「ルール違反が見逃される?……まさか、私のお父さんを殺したのはお前か?」
「そうだが?」
平然と言う神父を睨んで歯噛みするクウェイル。
「おかしいと思ったんだ。教会のルールを無視し、問答無用だったから。それが遺族特例って奴だったのか!」
学生鞄を投げ捨てたクウェイルは、いただきますのポーズをした。
手を打ち合わせた音が高々と鳴り響く。
その勢いは凄まじく、手の骨が砕けるんじゃないかと思うほどだった。
「食らえ!お父さんの仇め!」
元々は対教会用の護身術である必殺技を撃つクウェイル。
って言うか、意外にけんかっ早いな。
親の仇を目の前にして頭に血が上ったのだとしても、いくらなんでも思慮が無さ過ぎる。
そんな無鉄砲な攻撃は通用しなかった。
ドレス少女が神父を庇い、飛び道具を平然と受け止めたのだ。
いや、受け止めたのは抱いているクマのぬいぐるみだった。
目に見えない衝撃波を指の無い腕でこねくり回している。
「って、ぬいぐるみが動いてる?」
灰色の瞳を見開いて驚いているクウェイルを指差すドレス少女。
何だか雲行きが怪しい。
「クウェイル、落ち着いて!怪盗の時と同じで、挑発に乗ったら相手の思うツボだよ!」
金髪美少女を庇う位置に移動する創流。
相手に殺気を感じたら、彼女だけでも逃げられる様に。
すると、ドレス少女が「あ」と声を出した。
次の瞬間、創流は奇妙な浮遊感に襲われた。




