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9.ICU ナース・コール

 あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。

 「チカ、今日はICUね。」

 「はぁい。」

 軽~く返事を返してから、ICUのある階に下りていく。

 ここは本当に田舎だから、ICUとCCUが一緒になっている。ICUっていうのはIntensive Care Unitの略で、つまり日本で言う集中治療室のことで、24時間目を離すことのできない状態の患者が入るところ。

 CCUはCritical Care Unit、つまりICUほどの重症患者ではないものの、その次に重症な患者達の入るところと言うことになる。

 ただ、うちみたいな田舎の小さな病院だと患者の数はなくても、それぞれに区別しなくてはいけないので、ICUとCCUが同じセクションにある。そうしないと患者の数がいなくても、看護師やその他の人件費は必要になるわけで・・・要は人件費節約も兼ねているらしい。

 一応ここでは患者のことを記載している紙には、ICUとSDと書いて、区別がつくようにしてくれている。SDはステップダウンのことで、CCU患者を指す。ICUとCCUだとぱっと見て間違うかもしれないから、なんて事を看護師さんが言ってたけど、本当かどうか?!?(苦笑)


 とにかく、言われた通りえっちらおっちらと階段を降りて、ICUのある病棟に向かう。

 ここはブレイクルームが仕事場からちょっと離れてるから、まずはそこに寄ってランチバッグなんかを置いておこうか、と思ったけど、考え直してとりあえず荷物は全部持ってから直接ICUのナースステーションへ行ってみることにした。

 というのも、いつもならICUには1人のCNAがいるのに、あたしまで必要になる理由が判らなかったから。病院全体を思えば、そんなにたくさんのCNAがICUに必要とも思えない。

 と、いうことは・・・

 そんな推測をしながらナースステーションに行ってみて、どうしてICUに行くように言われたのか判った気がした。

 ナースステーションの正面にある病室の前に、夜勤のCNAのジェニーが座っていたから。

 「ハイ、ジェニー。」

 「ウェ~ル、ハロー、チカ。」

 あたしの顔を見てにこやかに挨拶を返してくれる。

 「そこに座ってるって事は、例の?」

 「もちろん。サイキに決まってるでしょ。フロートが来るって言うから、きっとチカだと思ってたんだ。」

 「あっそ。」

 やっぱりかぁ。

 うちの病院は田舎の小さな町にある唯一の総合病院なんだけど、心臓とかの専門は州都にある専門の病院に患者を転送する事になる。で、もちろんこんな田舎には精神患者専門の病院もないわけで。でも、だからと言って放って置くわけにもいかないから、とりあえずうちの病院に一度運ばれてきてから、カウンセラーが患者と話をしたあとで決める事になる。

 で、もちろんそれまではうちの病院に入院する事になる。でも精神が病んでいる患者をそのままにはしておけないので、ドアのところで監視をする必要が出てくるわけで・・・

 それがどうやらあたしの今日の仕事らしい。

 「で、今日は本物?」

 「ん~、どうだろ? ERからここに運ばれてきたのが朝の4時くらいなんだよね。それからずっとあんな風にシーツを被って身動きもしないから、私には判らないな。ERでは意味不明なことをブツブツ言っていた、とか、ちょっとアグレッシブになって、取り押さえないといけなくなった、とかって聞いたけどね。」

 「ふぅ~ん、ってことはその時に鎮静剤を打たれて、今のあの状態ってこと?」

 部屋の中を覗いてみると、確かにベッドの上に膨らんだシーツが乗っかっている。

 頭すら隠れているから、髪の色すら判らない。

 「そっ。名前は・・・っと、クリスティー・ジョンソン。35歳。」

 「聞き覚えない名前だな・・・ってことは常連さんじゃないって事?」

 「そうだね、新顔かな。」

 人口の少ない田舎町だからか、サイキ患者は毎回ここに運ばれてくるので、否応なく顔を見知ってしまう患者もでてくる。年に数回アルコール中毒になりかけて戻ってくる患者とか、同じように薬の多用服用とか、大抵の場合は鬱状態などになって死んでやるとかって騒いだ末にここに送られてくる人が多い。なので、何度もそういったことをしていると、どうしても顔や名前を覚えてしまうってことになる。

 「ま、頑張ってね~。今夜会いましょう。」

 ひらひらと手を振りながらナースステーションの方へ歩いていくジェニーを見送りながら、あたしは席に着いた。


 患者が寝ている間は本当に退屈で・・・

 でもだからと言って席を立つわけにもいかない。

 なので、何をしているかと言うと、遊んでる。本当は遊んでいるって言っちゃいけないんだろうけど、でもどう考えても遊んでいるとしか思えない。

 だって、部屋の前から離れる事もできないから、本を読んだりパズルをしたりして、後はチャートをコンピューターでするだけ。

 サイキのレベルによって違うんだけど、一応レベルは1と2に分かれてる。これがレベル2だと外でこんな風に監視する必要もなく、30分ごとに様子を見にいくだけでいい。

 でもレベル1だとそうはいかない。コンピューターのチャートの方も15分おきに状態を記録しなくちゃいけない。

 あたしは目の前に広げているパズルに目を落とす。これは単語を探すって言うパズルで、アルファベットがランダムに並んでいる中から縦、横、ななめに並んでいる単語を見つけるというもの。アメリカに来たばかりのころは、これを使って単語の勉強をしていた事もある。ほら、やっぱり知らない単語っていうのもあるから、ここに乗っている単語の中で知らないものは辞書で調べたりして、おかげで少しはボキャブラリーも増えたと思う。

 部屋の中にいるジョンソンさんは、つい30分ほど前に運ばれてきたランチの時に目が覚めたみたいで、時々ランチを突きながら周囲を見回している。

 先刻ナースが中に入って少し質問していたみたいだけど、全く返事をしなかった。

 喋れない、とか、判らないってことはなさそうなんだけど。

 あたしの見た感じ彼女には中南米の血が混ざっているみたいなので、もしかしたら英語が喋れないんじゃないか、と思ったんだ。

 レベル1の患者は、テレビ、電話は禁止されてる。それにドクターが特別に許可をしたとでもいうのでなければ誰にも会わせてもらえない。それはそういったメディアや人との接触で更に状態が悪くなる事を防ぐため。

 ポーン

 不意にホールにナース・コールの音がして、見上げるとジョンソンさんの部屋のドアの上のライトが点いている。

 あれ、いつの間にナース・コールを押したんだろう?

 動いてないように見えたのに、何て思いつつも立ち上がり、彼女の部屋の中へ入っていく。

 「何か御用ですか?」

 ノックをして中に入ってから、彼女の視界に立つ。

 だけど彼女はこちらを振り向く事もせず、ただ前を真直ぐ見ているだけ。

 「ハロー? 大丈夫ですか?」

 とりあえずもう一度声を掛けるけど、予想通り返事は返ってこない。

 あたしはこみ上げてくる溜め息をグッと飲み込んで、仕方ないので病室をでる。

 ポーン

 椅子に座るか座らないかのタイミングでまたナース・コールが押されたみたいで、見上げるとやっぱりジョンソンさんの部屋のライトが点いている。

 降ろしかけた腰をあげて、一つ深呼吸。それから病室をノックする。

 「メイ・アイ・ヘルプ・ユー?」(何か御用ですか?)

 「・・・・」

 やっぱり、と溜め息を飲み込んで、もう一度声を掛けるけどもちろん返事はなくて・・・

 さっきと同じ結果に、やっぱりなとおもいながらドアを開けて病室を出かけたあたしの耳に聞こえてきたのは、ポーンというナース・コールの音で。真上を見上げるとライトは点いている。

 「メイ・アイ・ヘルプ・ユー?」(何か御用ですか?)

 そのまま部屋に戻ったあたしがかける言葉は当然のように無視されて、彼女はただ何も見ていないかのように真直ぐ正面に顔を向けている。

 「えっと・・・誰を呼んでるんですか?」(Who Are You Calling For?)

 「・・・・ゴッド。」

 少し間が空いてから聞こえてきた言葉は、一言、ゴッド。

 えっ、今神様っていった?

 「ゴッド?」(神さま?)

 「イエス。アイム・コーリング・ゴッド」(私は神を呼んでいる)

 マジで? 神様を呼んだ? ナース・コールで呼べるのか? 呼べないだろっっ!

 内心で彼女に突っ込みをいれながらも、まさかそんな事を本人言える訳もなく。

 「あ~・・・それでは神様は呼べないと思いますよ。ナースなら呼べるけど・・・」

 なんと説明しようかと言葉を選んでいたあたしの方にいきなり向いた彼女の視線に、一瞬ビビッて言葉が止まってしまった。

 だって、ヤバイよ。この人、ホンモノだ。

薬とかの多用服用とかで鬱になってサイキとして入院してきた人達と違って、目がマジにヤバイ。すわってるとかじゃなくて、目がいっちゃっているという、そんな感じ。

 「私は神と話をしたい。だから神を呼んでいる。」

 「いや、だから・・・ナース・コールでは、神様は返事をしないと思うんですけど・・・・」

 もう既に彼女の迫力に飲まれちゃっているあたしは、それでもしどろもどろとしながら説明をする。

 もちろんそんなあたしにそれ以上彼女が応える訳もなく・・・・

 そのまま会話の途絶えてしまって、あたしは仕方なく部屋をでる。

 とはいえ、それで納得するようだったら、サイキになるわけもなく・・・

 ポーン

 ナース・コールの音に見上げると、やっぱり呼んでいるのはジョンソンさんで・・・

 出そうになる溜め息をグッと堪えて、椅子から立ち上がって部屋に入る。

 「メイ・アイ・ヘルプ・ユー?」(何か御用ですか?)

 もちろん、返事はない。

 「・・・誰を呼んでるんですか?」(Who Are You Calling For?)

 聞きたくないけど、でも聞かないわけにもいかない。ナース・コールで呼ぶ患者を無視するわけにはいかないから。

 でも、何も言ってくれない。なので、もう同じように聞いてみた。

 「・・・ジーザス。」

 「ジーザス・・?」

 「そう、私はジーザス・クライスト(イエス・キリスト)と話をしたい。彼にきいてもらいたいことがあるから。」

 いや、だから・・・聞いてもらいたいことがあるからって、ナース・コールで呼べる訳がない。

 「あー・・・だから、それはナース・コールなので、ナースは呼べるけど、神様やジーザスは呼べないと思います・・・よ?」

 っていうか、なんでそんなことできると思えるんだ?!?

 がっくりと肩を落として病室をでたところで、丁度本日の彼女の担当のナースであるポールがこっちに向かってくる所。

 あたしに気づいてもらおうと、思わず手を振ってしまう。ホントは大きな声で呼びたいけど、さすがにここでそれをすると叱られちゃう。

 「ハロー、チカ」

 「ハーイ、ポール。ちょうど良かった。聞きたい事があるんだけど」

 「って、彼女の事?」

 「もちろん、それ以外に何を聞くと思った?」

 なんていいながら、先刻まで座っていた椅子に座って、その隣の椅子にポールが座るのを待って、小声で彼女の病状と今の状況を確認する。

 「かなりの量の薬を飲んでたみたいでね。でも発見が早かったからERで胃洗浄もしたから、あとは落ち着くのを待つだけなんだよ」

 「いや〜、あれ、落ち着くの待っても駄目な気がするんだけど? だって、かなりヤバいよ、彼女」

 「ホント? それは聞いてないんだけど」

 「っていうか、そこまで回復してなかっただけなんじゃない。あのさ、先刻から彼女ナース・コールを押してるんだけど、それで呼んでる相手って言うのが・・・」

 ポーンという音がして、思わず話をやめて見上げると、やっぱり彼女の部屋。

 「ポール、あたしが説明するより実際に彼女と話した方が早いと思うよ。行って、誰を呼んでるのか聞いてみたら?」

 「そう?」

 「そう。多分あたしがいって聞いた時と同じ答えが返ってくると思うから」

 あたしの返事にポールは眉間に少し皺を寄せたものの、大きなため息を吐いてそのまま病室へ入っていった。

 後ろ手にドアを閉めたから中で何を話しているのかはよく聞こえないけど、とぎれとぎれに聞こえてくる声で、ポールがドクターとナースを呼ぶためのボタンだっていっているのは判った。

 だけど、あたしの時と同じで、彼女はすぐに口をつぐんでそれ以上の会話が成り立たない。

 「じゃあ、プリーチャーを呼ぶから、サルベーションは彼にすればいいと思いますよ」

 病院で支給されている院内でしか使えない携帯をてにしながら、ポールがでてきた。

 もちろんあたしは興味津々でドアを閉める彼を見上げる。

 「ってことで、電話してみるよ」

 「誰を呼んでたの? 神様、それともジーザス・クライスト?」

 「神様」

 「ね、ヤバいっていったあたしの言葉、判った?」

 「あぁ、後でチャートに書き込んで、ドクターにも連絡を入れておくよ。もしかしたらそっち方面の方に送った方がいいかもしれないからね」

 「うん。あたしもそう思う」

 ナース・ステーションに歩いて行くポールの後ろ姿を見送りながら、あたしはまた自分の席に戻る。

 きっと長い一日になっちゃうんだろうなぁ・・・・・


 「お疲れさまです」

 「彼女のナースは誰?」

 「ポールです。ほら、あそこにいる青いスクラブを着て眼鏡かけてる人」

 ああ、と頷いて、ジョンソンさんの部屋からでて来たプリーチャーであるミスター・パウエルがポールの方に歩いて行く。

 ミスター・パウエルさんが来たのは本の10分ほど前。彼はそのまま病室に入って、ジョンソンさんに声をかけていたけど、ジョンソンさんは全く反応を返さない。というか、彼に気づいていないといった態度で、仕方ないからミスター・パウエルは諦めてでてきちゃった。

 彼の姿が見えなくなってからはじめて、ジョンソンさんはこっちに視線を向ける。

 あれって、やっぱり無視なんだよね・・・

 ポーン

 あれ? ナース・コールが聞こえて見上げると、いつの間にかジョンソンさんがボタンを押していたみたいで。

 仕方ないから、病室に入る。

 「メイ・アイ・ヘルプ・ユー?」

 「アイ・ニード・ジーザス」

 いや、だから、ジーザスは呼べないって。

 どうしよう、なんて返事をしようと、頭の中がぐるぐるしている。

 だって、普通に無理だっていったって、どうせ聞きゃしないんだから、だったら彼女の納得するような答えを思いつかないとどうしようもない。

 と、1人でぐるぐるしていると、不意に彼女が通りすがりの男の人に目を向けた。

 「ケーヴィーン!!」

 「えっっ?」

 「ケーヴィーン!!」

 いきなりの大声で、飛び上がりそうになった。なんなんだ、一体。

 あたしは病室をでて、つい今歩いていた人を目で追うと、その人は3つ向こうの病室に入っていく。ってことは、どう考えても彼女の知り合いじゃなさそうで。あたしはジョンソンさんを振り返る。

 「今の人、知ってるんですか?」

 「彼は私の夫です」

 えっっ、マジ?

 もう一度ドアの外にでると、向こうからポールがミスター・パウエルと一緒に歩いてくる。

 「ポール、ジョンソンさんのご主人が3つ向こうの病室に入ったって言ってるんだけど」

 「へっ、そう?」

 すぐ近くまで来ていたけど、引き返して3つ向こうの病室に入っていくポールをみおくり、あたしの前にやってきたミスター・パウエルに軽く頭を下げる。

 「ポールと話をしたんだけど、彼女は僕には口をきいてくれなくてね。どうしようもないと伝えたんだ。できる事はしたいんだけどね」

 「あっ、はい、判ってます。彼女、ミスター・パウエルがでたあとすぐにまたジーザス・クライストと話がしたいってナース・コールを押しましたから」

 「あぁ・・・そうだったんだ。どうしようかねぇ」

 どうしようと言われても、何とも言えない私は、3つ向こうの病室からでて来てこっちに歩いてくるポールを待つ。

 「チカ、全然関係ない人だったよ」

 「そうなんですか? でもジョンソンさん、大きな声でケヴィンって呼んでましたよ?」

 「ついでに確認を取ったんだけど、彼女のご主人は違う町の学校に今行っていて、ここにはいないらしい。夕方になったらお母さんと一緒に来るって言ってると教えてもらった」

 「じゃ、彼女の勘違いってことですか?」

 「そうなるかな」

 人騒がせな、そうは思っても口に出せない。

 そんな事を思っているあたしの横で、ポールがミスター・パウエルにお礼を言って、彼を見送っている。

 「ま、そういう訳だから、彼女がナース・コールを押しても、適当にあしらってくれればいいよ」

 忙しいから、また後で。そういってポールは他の患者さんの面倒を見るために行ってしまう。

 仕方ない、これも仕事。

 そうは思っても、まだまだ続く彼女のナース・コール攻撃と、なぜかそれから男の人が通る度にケヴィンと叫ぶ彼女につき合う事になってしまった。

 





 今年も職場では色々ありました。ホントに色々ありすぎて、突っ込みどころ満載の一年。それはそれでいっか、と思いますが・・・・もう少し、ふつーの生活というのにも憧れます。(ー_ー;)

 それでは、ぼちぼちカタツムリ更新となりますが、よろしくお願いします。

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