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23.  MS 熊 VS バイク

 今日は外科病棟ということで、とりあえずランチバッグを休憩室においてから、リストを貰いに行く。 

 ついこの前からやり方が変わって、休憩室で夜勤のナースと情報交換、ではなく、一部屋一部屋歩いて夜の間の様子の説明をその部屋の患者ごとにして貰う事になった。

 まぁ、それはそれでいいんだけど、あたしの相手が忙しかったらその人が仕事を終えるまでは話す事もできないから、仕事が遅れる事も多々あってあまり評判は良くない。

 だけど、しがない雇われの身のあたしたちには文句は言えない。

 なので仕方なく、それでもイライラしながら待つ事が多いんだけど、今日は運がいい事にすぐに情報交換をすませる事ができた。

 これって、ラッキーだよね〜と、今日の予定を頭の中で組む。

 大体1日の仕事としては、朝給仕の確認、それから清拭の手伝い、シーツ交換、などを受け持ちの患者全員しなくてはいけない。

 おまけに運が悪いと、やれコーヒーをもってこい、だとか、やれ床に落ちた紙を拾え、だとか、10分おきにナースコールを押す患者もいる。

 中には淋しいから話し相手になってくれ、何て言う理由でナースコールで呼ばれる時もあるんだけど、だからといって話し相手になっているだけの時間がない時だってある訳で。

 まぁ、それでもこれも仕事、と思うしか無いんだけどね。



 コンコン

 つい先ほどコーヒーを2人分持ってきてくれ、と言ってきたミスター・スチュアートの部屋のドアをノックする。

 それから返事を待つ事も無く中に入ると、先ほど呼んだ時と同じようにガールフレンドと2人でテレビを見ているところだった。

 「コーヒー2つ、持ってきました。どっちもブラックでいいんですよね?」

 「そうそう、わざわざありがとうね〜」

 ニコニコと手を伸ばしてコーヒーを受け取ってくれたのは、ベッドの中にいるミスター・スチュアート。

 あたしから両方受け取って、自分のベッドの隣りに椅子を置いて座っているガールフレンドのリンダに手渡すている。

 「さっきはごめんなさいね。うるさかったでしょ?」

 「いえいえ、そんな事ないですよ。やっぱりお友達も心配でしょうからね」

 「それでもねぇ。まさかあんな大人数でくるとは思わなかったのよ」

 そうでしょうねぇ、とあたしは先ほどのシーンを思い出した。

 ほんの5分ほど前、ミスター・スチュアートのナースコールが鳴って、すぐ傍にいたあたしはそのまま部屋に入って用件を聞いたのだ。

 そのとき丁度お見舞いにきていた、友達、という人たちが6人きていたのだ。

 しかも、全員の服装が凄い。もうね、いかにもバイカーって感じのカッコをしてた。革ジャンきて、厳ついブーツ履いて、サングラスをかけているその姿は、ただただアメリカのバイカー。 

 全員そろいの革ジャンの背中には、どうやらグループ名とおぼしきものが描かれていて、思わず納得してしまったのも無理は無いと思う。

 ただ、今は彼らの姿は無い。

 「お見舞いにきていたみなさん、帰られたんですか?」

 「そう。これからツーリングだって」

 「みなさん、元気ですねぇ」

 ガールフレンドのリンダの返事に、思わず零れた本音を気にする事も無く、彼女とミスター・スチュアートは笑いを零す。

 「そうね。機会があるとしょっちゅうみんなでつるんで走ってるわね。今日はツーリングに行く前にお見舞いもあったんだけど、デレクのバイクをショップに運び込んだっていう報告も兼ねてきてくれたのよ」

 デレクというのはミスター・スチュアートの事。

 「そういえば、バイクで事故ったって聞きましたけど、そのバイクですか?」

 「そうそう。それほどダメージは無いみたいなんだけど」

 「それより、俺の方がよっぽどダメージがあったよ」

 「そうみたいですね。だから、入院しているんですよね」

 ミスター・スチュアートの入院理由が右足の骨折。

 昨夜、夜遅くにERに運び込まれたと聞いている。

 「夜遅かったから、暗くて事故っちゃったんですか?」

 と、思わず好奇心で聞いてしまった。

 すると意外な返事。

 「いや、熊と衝突したんだ」

 「えっっ?」

 「ほら、45号線をユーリカに向けて西に走っていたら、いきなり脇から熊が飛び出してきたんだよ」

 思わず頭の中のマップを拡げて、彼が言う場所を思い浮かべる。

 ミスター・スチュアートが言った場所は、町と町の間を走っている道路で、確かに山の中だし夜となると車の交通量も少ないだろう。

 「熊って」

 「こっちは暗くなっていたから時速も落として走っていたんだけど、いきなり熊がでてきてねぇ。バイクに向かってくるから、思わず蹴りを繰り出したんだ」

 「蹴り、ですか?」

 「そう、だって思い切りぶつかられてバイクが転けたら襲われるかもしれないだろう?」

 う〜ん、まぁないとは言わないけど・・・・

 「車と違ってこっちは剥き出しだからね。まともにぶつかってこられたらどうしようもないから」

 「そりゃ、そうでしょうね」

 「そう。でね、でてきた熊を蹴ってバイクに当たらないようにしたんだけど、やっぱり人間の足の方が脆いね。そのままバイクにぶつかってこられちゃったよ。でも、バイクを転すような事だけはしないで、なんとかバランスを取り戻せてね、現場から30キロほど離れた場所に見つけたスペースにバイクを止めて自分の状態を確認したんだ」

 「そうだったんだぁ、それでよく足の骨1本で済みましたねぇ・・・・」

 驚きというより、呆れたといった方が正しいと思うのだが、そんな突っ込みはしない方がいいと思う。

 「路肩に止めるまでは走らせていたんだけど、やっぱり痛みが酷くなってバイクを止めざるを得なかったんだよね」

 「そりゃそうですよ。だって骨が折れてるんですよ? それよりもよくぶつかってから30キロも走れたと思いますよ」

 「だけど、熊にまた襲われても困るからね。とりあえず距離は開けておかないと、と思ったって言ってたよ」

 あたしには熊の習性なんてものはまったく判らないけど、それでもとりあえずそのくらいの警戒心は必要かな、と頭の中に入れておく。

 「一緒に走っていたデレクのバイク仲間が、いつまで経っても彼が来ないからって引き返して捜しにきてくれたんだって。おかげですぐに救急車を呼ぶ事ができて、本当に良かったわ」

 「まさか熊と一騎討ちをするとは思わなかった、と言われたね。あいつは鹿とは一騎討ちした事があるといって、その自慢を良くしていたからなぁ」

 「鹿と一騎討ち・・・?」

 う〜ん、なかなかワイルドな体験をみなさんしているなぁ、と1人勝手に解釈しておく。

 「雌鹿だったと聞いているけどな。あいつらもいきなり道路に飛び出してくるんだよ。けど、あいつは近づいてきた鹿を蹴り飛ばして、バイクには傷を付けなかったってよく自慢している」

 鹿を蹴り飛ばす? という事はよく理解できなかったけれど、それでも普通じゃない行動を平気でできるという人な訳で・・・

 う〜ん、さすがスケールが違うなぁ。

 「それで、ミスター・スチュアートのバイクの被害は?」

 「俺のバイクか? エンジンガードがへこんだ。それとカウルが少しだけど割れたな」

 エンジンガードっていうのは、バイクの前の方についているバイクのエンジンが飛び出した分と同じくらい横に飛び出していて、その名の通りエンジンを間持つために作られているものなんだけど、これってパイプで作られていて結構丈夫なのだと思っていたんだけど、それがへこむくらいの衝撃を受けたって事は、それだけの力で迫っていたものに蹴りを入れた、という事なんだろうなぁ。

 話だけ聞いているとぜんぜんまともじゃない。

 「エンジンガードがへこむなんて、凄い勢いでぶつかられたんですねぇ」

 「保険会社に連絡をいれたから、そのうち電話で確認を取ってくると思うわよ?」

 「まぁ、その辺はプロに任せときゃ面倒が無くていいんだよ」

 なるほど、それも正論だなぁ、と1人納得してうんうんと1人で納得してしまう。

 「じゃあ、ここに入院している間に、直してもらえそうですね」

 「そうですね。メカニックじゃないから判りませんけど、電話大丈夫だろうって言われたので、ショップに持っていってもらうようにしていたんですよ」

 「バイクをやめよう、とは思わないんですよね」

 「そうだなぁ。もう50年以上バイクに乗っているからな」

 50年と聞いて本当にビックリしたけど、でも最初の数年はダートバイクやエンジンが小さいバイクばかりで、大型はこの20年ほどだ、とあとで説明を付け加えてくれた。

 「今更無理よね〜」

 「やっぱり無理なんですよね。あたしのダンナもバイクが大好きで、今もしょっちゅう乗って遊んでますよ。確かトラックよりバイクの走行距離が長いなんて事、この前言ってましたね」

 「男の子にはおもちゃが必要だものね」

 うんうんと、ミスター・スチュアートのガールフレンドさんがくすくす笑っている。

 「じゃあ、あたしもだんなには熊の飛び出しに気をつけろって言っておきます」

 「ホント、ちゃんと気をつけるようにって言ってあげてね」

 そう言いながら、コーヒーを飲んでいるミスター・スチュアートを振り返る。

 「他には何もいらないんですか? 手術が明日になったから真夜中からNPOですよ」

 NPOっていうのは、Nothing Pass Oral、つまり何も口を通らないって言う意味で、飲み食い禁止というサインの事だ。

 手術のために入院している人だけじゃなくて、手術を受ける人はこの状態を最低でも6時間はすることになっている。

 なので、ミスター・スチュアートの手術は明日なので、とりあえず今日は食べられるけど、真夜中を過ぎたら水もなんにも口に入れさせてもらえなくなってしまう。

 「いや、今はいいよ。ついさっき遅くなったけどって朝食を持ってきてくれたばかりだったから」

 「じゃあ、もし何か手助けが必要になったらまたナースコール押してくださいね」

 昨夜遅くに病院に連れてこられたミスター・スチュアートは、手術がいつになるか判らなかったので、とりあえず手術になってもいいように、というERドクターの配慮でとりあえず今はNPOという事になっていたのだ。

 けれど、1時間ほど前に手術の日程が決まったので、朝食の時間には間に合わず、とりあえずホステスに朝食を持ってきてもらうように頼んだのだ。

 「あとで時間があったらクラッカーとチーズ持ってきてくれると助かるよ」

 「そうですね〜、忘れなかったら持ってきます」

 なんだかんだと言って忙しくしていると、つい忘れる事がある。なので思わず忘れないようにしますね、と冗談っぽく言って、あたしは2人の部屋を出て行った。

 そうは言うものの、やっぱり忘れる前にクラッカーを取りに行こう、と思うのだった。




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