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19.AC 両性具有

* AC 普通病棟の事です。


 これはあくまでもあたしの体験の中での事なので、もしかしたらこれとは違った身体的特徴を持った方もいると思います。

 なので、ここだけの話として読んでください。

 のんびりといつものようにブレイク・ルーム(休憩室)に荷物を置いてから、夜勤の人からリポートをしてもらう。

 どうやら今日の相手はシェリーらしい。ダンナの仕事の関係で、来月引っ越す事が決まっているのを知っているから、淋しくなるなと思う。

 「そう言えば、チカ。今日の担当の中に1人変わった人がいるからね」

 「変わった人?」

 別に変わった人、と言われてもピンと来ない。

 結構変わった人っているからね。もう日本人から見たら、変人としか思えない人も、ここじゃ普通の人だって言う認識を持っているあたしからしてみれば、何を今更としか思えない。

 「そこの、16号室の人。ちょっと気をつけて接してあげてね」

 16号室と、シェリーが指差すところを見ると、アッシュ・ボグレィとある。

 「一応性別は男で、アッシュと呼んでくれと言われているんだけど、その時に気分でアシュリィーと呼ばなくちゃいけない時もあるから」

 「はっっ?」

 何、その、一応性別は男って・・・

 「あのね、その人、両性具有(Androgyunous)なんだよね。だからその時の気分で女になったり男になったりする・・・らしいんだよねぇ」

 なんだそりゃ。

 「でも、ここ性別がMになってるよ。ってことは男でしょ?」

 「出生証明書上では、ね。私もナースから聞いた事しか知らないんだけど、生まれた時に見えたのは小さなアレだったらしいから、出産に立ち会ったドクターも男だと思ったみたい。でも、ティーンズになっても声変わりはしないし、他にもいろいろとおかしなところが出てきたって言うんで調べてみたら、男としての機能は全くないらしいよ」

 「でもだからって男じゃないって事ないでしょ? 精子のない人だっているんだし」

 「そりゃそうだけどね。ただね、体内にある筈のない器官もあるらしいよ」

 卵巣はないけど子宮らしきものがあるらしい。ただ、外に排泄する部分がない上に卵巣がないから生理が一度もないんだとか・・・・う〜ん、肉体の神秘? じゃなくって。

 「でも、それってあり得るの?」

 「あるからここにいるんでしょ。精巣もないらしいよ」

 「それって・・・」

 「ペニスはあるけど、その下の袋の部分がないんだって」

 それって、どういう事なんだろうか?!?

 なんだか段々頭の中がこんがらがってしまった。

 「ま、私も聞いただけだから、きっぱりとは言いきれないけどね。そんな事をナースが言っていたってだけ。だから、とにかく相手の名前を呼ぶときは、向こうに合わせて呼び名を変えてねってことを言いたかっただけ」

 だけって・・・結構ハードル高いよ、それ。

 う〜んと唸っているうちに、シェリーは手をひらひらとふりながら帰って行く。

 それを見送りながらも、どうするかをナースに聞いちゃおうと思っていた。



 「おはようございます」

 「おはよう」

 くだんの患者の部屋に入っていくと、丁度テレビを見ているところだった。

 どうやら起きていたらしい。

 「今日の調子はどうですか?」

 「ぼちぼちってとこかな? 昨日とあんまり変わらないからね」

 「それだったら、悪くなっていないから良いって事ですよね」

 「はははっっ、そうだと良いんだけどね」

 さて、今まで話した感じでは、相手が男モードなのか女モードなのか全く判らない。

 ちょっと名前を呼ぶ前にその辺りを確認したかったんだけどなぁ。

 そうは思うものの、判らないものは判らない。

 なので、ストレートに聞く事にした。

 「えっと・・・なんて呼べば良いですか?」

 「名前で良いよ?」

 「アッシュ、さん・・でしょうか?」

 「そうそう、それでいいよ。変にミスター・ボグレィなんて呼ばれると堅苦しいからね」

 よっしゃ。アッシュで合ってた。

 心の中でガッツポーズをしながら、にっこりと笑ってくれる彼に同じようにヘラッと笑みを返す。

 「あたしはチカです。今日の担当エイドなので、何かあったら呼んでくださいね」

 「オッケー」

 手をひらひらと振りはするもののもうこっちは見ていない。テレビのニュースを一生懸命見ている。

 それはそれでいつもの事なので、失礼しますと声をかけて部屋を出て、残りの患者さんたちにも朝の挨拶をして歩く。

 そうしながら水を渡したり、ベッド周辺の片付けをしたり、ベッドサイドテーブルを上を片付けて朝食が置きやすくしたり、とする事はいくらでもある。

 それを済ませてから、最後の患者の部屋を出たところで、今日チームと組むナースであるタマラと顔を合わせた。

 「今日は糖尿病の患者はいなかったよね?」

 「そうね、いなかったと思うわ」

 糖尿病患者の血糖値を測るのもあたしの仕事だから、朝食前の検査のために確認する。

 これをたまに忘れちゃって大慌ててする事がある。そう言う時は既に患者さんは食べ始めていて、当然高い・・・・これはもう仕方ないんだけど、彼らにインシュリン注射をしなくちゃいけないナースには本当に申し訳なくってね。

 「そう言えば、タマラはもうアッシュさんに会ったの?」

 「あぁ、昨日から私の担当」 

 「そっか・・・・そう言えばシェリーが言ってたんだけどさ、あの人両性具有って、ホント?」

 「そうみたいね。でも、実際は両性不具有と言った方が良いかも?」

 「それ、どういう意味?」

 「どちらも生殖機能が未熟すぎて子供が出来ないって事。男性としては精子が出来ないし、女性としては子供を授かる事が出来ないってことね」

 なるほど・・・確かにそう言われると両性具有というよりは両性不具有と言った方が当たってる気がする。

 「それで、昨日はアッシュだったの? それともアシュリィー?」

 「昨日は両方よ」

 「へっ?」

 「昨日は来たばかりだったからか精神的に不安定だったみたいでね。ミス・アシュリィーって呼ぶと、男らしくないからそう呼ばれるんだ、って文句をいうし、だからといってミスター・アッシュと呼ぶと、男として出来損ないの身でそう呼ばれても嬉しくないって言うのよね」

 「そ、それは・・・めんどくさいね」

 「ホント、めんどくさかったわよ。ただね、両性具有の人って体の抵抗力が普通の人よりはるかに低いから、そのせいで病気になりやすいのよ。だから、こういった入退院は結構繰り返しているみたい」

 そうなんだ、それは知らなかった。

 でも、あれ? そう言う事はもっとここに来ててもおかしくないんだけど、あたしは初めてだった気がする。

 「でも、ここに来た事あるの? あたしは憶えてないけど、ほら、フロートだからいつもここに居る訳じゃないし」

 「チカだけじゃなくて、今回が初めてよ。結婚したお姉さんの所に来ている時に具合が悪くなって、それで入院する事になったみたいね」

 「じゃあ、会ったことなくてもおかしくないんだ」

 「そうね、大体ああいっためんどくさい患者だったら憶えているでしょ?」

 それもそうだ、と頷くとタマラが苦笑を漏らす。

 それをジロッと見ていると、ポーンというナース・コールが聞こえてきたから、見上げて通路沿いに取り付けられているランプを見る。

 どうやら、今噂していたミスター・アッシュが呼んでいるようだ。

 「お呼びみたいだから、行ってくるね」

 「気をつけなさいね。手助けがいるようだったら呼んで」

 「は〜い」

 素直に返事をしてから、ほんの10メートルほど先にある部屋へと向かった。

 ノックをして中に入ると、アッシュさんはベッドの上に座り込んでいる。

 「トイレに行きたいんだけど、手助けしてもらえるかな?」

 「はい、トイレに行きますか? それともベッドサイド・コモードを使いますか?」

 「コモードを。トイレまで歩けないと思うから」

 「じゃ、ちょっと待ってくださいね」

 そう一言断ってから、トイレにコモードを取りに行く。

 このベッドサイド・コモードっていうのは、ベッドの横に設置できるトイレ、っていうのかな? ちゃんと便座があって、その下にバケツがついている。

 患者さんはそれを使って用を足し、あたしたちアシスタントやナースがそのバケツの中身をトイレに流す仕組みになっている。

 トイレに入ってコモードを引っ張りだして、それをベッドの横に備え置く。もちろん手袋をはめて、だ。

 それから、彼(彼女?)がベッドの横に座って立ち上がる補助をする。

 ミスター・アッシュは片手をベッドに置いて立ち上がるともう片方の手でコモードの肘置きに手をかけてゆっくりと足を動かす。

 確かに彼の言う通り動く事も大変なようで、ゆっくりとした動作だけどちょっと危なっかしい。

 だから、彼がコモードに両手を置いたところで、パンツを脱ぐ手伝いをする。

 あたしが立っているのは彼の横だから、そこから後ろと前に手をやって彼のバランスを崩さないようにパンツを降ろした。

 それから彼が座るための補助もする。

 「外に出てますね。済んだら呼んでください」

 「判った」

 それじゃ、と声をかけてから病室から出る。

 けど、あれだけの事で見ちゃったものは・・・

 実はパンツを脱がせた時に、見えたのだ。

 シェリーが言っていたように小さなペニスがぶら下がっていたけど、その後ろにある筈の袋がない。

 実は半信半疑だったんだ。

 もしかしたらただの肥大したクリトリスがペニスに見えるんじゃないかって。

 けど、そうじゃなかったって事は、実際に見たから断言できる。

 とはいえあまり見たいものじゃなかったけど。

 だけど仕事だから仕方ない。

 そんな事を考えていると、また彼の部屋のナース・コールが鳴る。

 「終わりましたか〜?」

 そう聞きながら中に入ると、終わったという返事が返ってきた。

 「悪いんだけど、拭いてもらえるかな?」

 匂いで両方の用を足したのだという事は部屋に入った時に判った。

 それも仕事だから仕方ないな、と思いつつテーブルの引き出しに入っているワイプを取り出してから彼に立ってもらう。

 立ち上がった彼は前屈みにお尻を突き出すような格好になるので、ワイプを持った手袋をはめた手で丁寧に拭いてやる。

 そのとき、少し前に手をやれば本当に両性か判るかも、という悪魔のささやきが聞こえた。

 確かにもう少し前に手をやれば判る。けど、そんなこといくら好奇心が旺盛だからって出来る訳ないじゃん。

 馬鹿考えてんじゃないよ〜っと心の中で自分をこき下ろして、それから彼のパンツを引き上げた。

 


 「ねえ、タマラ」

 ナース・ステーションで今日の記録をコンピューターでしている時に、不意に今朝の事を思い出した。

 「あのさ、聞きたい事があるんだけど」

 「私に判る事ならね」

 「ほら、ミスター・ボグレィって両性具有って事でしょ? ってことは両方の性器があるって事?」

 「どういう意味?」

 よく判らないと言った顔をして聞かれたから、今朝トイレの手伝いをした時の事を口にしたら、あぁ、と納得する。

 「両性具有だからって両方ある訳じゃないみたいね」

 「それ、どういうこと?」

 「だから、どちらか一方の性が身体的には出やすいみたいよ。確か聞いた話だけど、男性の性の方が身体的には出やすいんだって。それで、彼の場合は表に出ているのはペニスだけだけど、体内には子宮があるみたいね。ただ、卵巣はないから子宮はただあるだけ、それにヴァジャイナ(女性器)はないしね」

 「よく判んないよ」

 困ったような顔になっているのが自分でも判る。タマラの説明は判るようで判らない。

 「だからね、子宮はあるんだけど卵巣はないから生理はないの。だから、別に女性器がなくても出血しない訳だから困らないってこと。それにペニスはあるけど睾丸はないから男としての生殖活動は無理。もしかしたら勃起もしないかもね」

 「あ〜・・・なるほど」

 それ以上はなんて言えばいいのか判らなかったから、そんな返事しか出来なかったのは言うまでもない。

 そっか。あの時魔が差して触っていたとしても何もなかったって事か。

 だったら触らなくって良かった、と心の中で胸を撫で下ろす。

 「色々聞いてごめんね。でも、両性具有なんて見たの初めてだったから、つい好奇心が」

 「そうね、判るわ。私も実はこれが初めてだったのよ」

 「そうなんだ」

 「そりゃそうよ。こんな田舎にはいないわ。やっぱり大きな病院のある街に住む方が、彼らとしてもいざという時に心強いと思うしね」

 タマラはそう言ってそのまま記録をし始める。

 おっと、あたしもとっとと済ませないと帰れないよ。

 頑張れっと自分を激励して、残りのチャート終わらせるためにコンピューターに向かう。

 そしてタマラの言う通り、それ以来ミスター・アッシュを病院で見る事はなかった。






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