18. MS USマーシャル
今日は仕事内容というより、患者さんの仕事の話?!?
いろいろな患者が来る、という話です。
おっっ?
患者さんの病室に入ろうとして、思わず足を止めた。
今日は外科病棟で働いています。
で、患者さんのうちの一人に60歳半ばから後半くらいかなって言う年齢の人がいて、その人の部屋に入ろうと思ったんだけど、中には厳ついおじさんたちが4人いて歓談している。
厳ついからって言う訳じゃないんだけど、それにしてもどのおじさんも半端じゃない雰囲気?
う〜ん、どうしよう、と悩みながら部屋の前で立っていると、そのうちの一人があたしに気づいたみたいで、手招きしてくれた。
「お邪魔しま〜す」
「はいよ」
「すぐに出るから、気にしないでくださいね〜」
ニコニコと中に招き入れてくれるおじさんたちに、すぐに出て行くからという事をアピールしながら、ベッド横に置いてある飲み物の減り具合とトイレに行って出したものチェックをする。
一応ここは病院で、患者さんたちの体調確認を兼ねて、彼らが飲み食いするものの量や、反対に体から出すものの量を調べてチャートに書き込まなければいけない。
それが丁度今だったんだよね。
「何かいるものないですか?」
「ビール?」
「いや、ウィスキー?」
あたしが聞いているのは患者さんであるミスター・ストーンウッドなのに、見舞いにきているおじさんたちがわいわいと口を挟んでくる。
「あ〜、リクエストはありがたいんですが、病院なのでスピリッツはないです」
「わははははっ」
「そうくるか〜」
スピリッツって言うのはお酒のこと。ほら、古いイーグルスの歌にも出てくるじゃない。って、知らないか。
とにかく、アルコールの入った飲料の事をスピリッツというんだよね。隠語みたいなものかなぁ。
「あ、もちろんムーンシャインもないですよ」
「ムーンシャインもないのか。誰も作ってないってことはないだろ?」
「そうそう、あのきっついのをぐいっといけば、あっという間に良くなると思うな」
いえいえ、そんな事ないです。あんなもの飲んだら翌日二日酔い決定だと思います。
そう言いたいものの、相手は見舞客。お客様だから、我慢だね。
「ムーンシャインですか? あんなもの飲めないですよ」
「おっっ、飲んだ事あるのか?」
「一度だけですけどね。ダンナの友達がいいのが出来たからって言ってダンナに勧めていたんだけど、ついでに私にも味見しろって勧めてくれました。あたし、ほんの一口飲んだだけだけど、それでも倒れちゃうかと思いましたよ〜」
「ああ〜。そうだよなぁ。ムーンシャインは度数が強いからな」
ムーンシャインって言うのは、自家製の蒸留酒。昔、禁酒令が発令されていて、お酒が簡単に手に入らなかった時代に、山の中でこっそり作られていたものだ。もちろん自分で飲む分もあっただろうけど、大抵は売ってお金を稼ぐためのものだったって聞いている。
ただ、味と言うかこくと言うか、そう言ったものが一切ない、ストレートアルコールって感じのお酒。
実は今でも一応禁止されているんだけど、でもやっぱり好きな人は作るらしい。
あれ? ってことは、あたしも法律を破ったって事?
う〜ん、まぁ一度だけだし黙っていればバレないか。
「アイス・ウォーターでいいよ」
「判りました」
困ったような表情になっていたんだろう。患者さんであるミスター・ストーンウッドが、助け舟を出してくれる。
「皆さんはコーヒーとか飲まれますか?」
一応社交辞令で尋ねてみたが、いらないとの事で、じゃあお水持ってきますね、と言って病室を出た。
「あれ? みなさん、帰られたんですか?」
「あぁ、まだ仕事があるって言ってからね」
「同僚さんですか?」
「元、ね。もうリタイヤしたから」
ふぅん、と思いつつ、テーブルに持ってきた氷入りの水を置く。
「にぎやかだっただろう? 迷惑じゃなかったかな?」
「いえいえ、よくありますから。ミスター・ストーンウッドはもうリタイヤして長いんですか?」
「1年ちょっと前だったかな? それで家でのんびりしていたんだけど、屋根から落ちて右の腕の骨を折ったんだ。それを知ったあいつらが面白がってここに来たって訳」
仕事を辞めちゃったら、あっという間に体力がおちたんだよなぁ、とぼやくミスター・ストーンウッド。
「仕事、何されていたんですか?」
「仕事? これこれ」
そう言って指差したのは、左腕の肩に近い場所にされているタトゥー。
よく見ると、ギザギザの葉っぱが5枚で1枚の葉を形成しているこれは・・・
「これって・・・マリワナですよね?」
「そうそう」
「え〜っと・・・マリワナの売人って事、ですか?」
そんな事はないだろう、と思いつつ、タトゥーのマリワナと結びつくような職業が思いつかない。
けれど、その返事が面白かったのか、思いっきり爆笑しているミスター・ストーンウッド。
ちょっと失礼じゃないか、とあたしが思っても仕方ないよねぇ。
「え〜、なんで笑うんですか?」
「いや、まさかそんな返事が返ってくるとは思ってもいなかったからなぁ・・・」
そう言いつつも、まだ肩がフルフルと震えている。
一応あたしに悪いと思っているのか、笑っちゃいけないと我慢しているようなんだけど、我慢しているのが見え見えなんだから無駄だと思うんだけどなぁ。
「でもマリワナを扱う職種って判らないですよ。マリワナ畑の管理人?」
「そりゃないだろう。っていうか、もしそうだとしてもそんな事まったくの他人には言わないだろう?」
「そうですよねぇ。でも、他には思いつかないです」
「扱うって言っても売るんじゃないんだよ。取り締まる方だ」
「ってことは、おまわりさん?」
「似たようなものかな。USマーシャルだ」
え〜っと・・・USマーシャルって、映画くらいしか思いつかないんだけど・・・
ふと、昔観たUSマーシャルって言うタイトルの映画が頭に浮かんだけど、目の前のお腹の出っ張ったおっちゃんからは、USマーシャルのイメージが思い浮かばない。
「USマーシャルって判る?」
「え〜・・・判りません」
素直に答えると、またぶはっと吹き出した。
何が彼の笑いのツボなのか判らないよ、あたしには。
「警察みたいなものなんですよね?」
「あ〜、警察とはちょっと違うけど、まぁ法律で取り締まるって言うのは一緒だから、似たようなものかな。ただ、警察だと、州や郡、それに市に管轄が別れているけど、USマーシャルにはそう言った管轄がないんだ」
「えっと、つまり、どこにでも仕事で立ち入る事が出来るってことですか?」
「どこでもって言う訳じゃないんだが、まぁ、そんな感じかな」
「ふぅん。それなら、何となく判ります」
「それで、俺が取り締まっていたのは、マリワナってこと」
ふぅん。それで、取り締まっていたマリワナのタトゥーをしているってことか。
おっ、そういえば、USマーシャルで思い出した事がある。
「そう言えば、以前聞いた話なんですが、マリワナを植えてある場所って、大抵ブービートラップが仕掛けてあるって聞いた事あるんだけど、本当なんですか?」
「誰に聞いたんだい?」
「ダンナです。うち、田舎だから敷地だけは広いんですよね。それも山の中だから、外れの方にマリワナを植えているヤツがいるかもしれないから、一人で敷地内をウロウロするなって言われているんです」
面白そうに聞き返してくるから、素直に答えると、うんうんと頷いている。
ブービートラップっていうのは、仕掛けた罠って言う意味になるのかな?
ここだとマリワナ畑に人が進入してこないように、やってきた人間を排除するために仕掛けられた罠の事。
マリワナを植えるような人間は、その土地の持ち主が誰かとか、その持ち主がどう思うかなんて事は一切考えないで、自分の利益だけを追求する。
だから、見つかって困る相手は警察やUSマーシャルくらいのもので、それ以外の人間は見つけられた事をばらされないようにとブービートラップを仕掛けるんだそうだ。
私が聞いた話では、足下に釣り糸みたいなぱっと見には見えないようなものがあちらこちらに張ってあって、それに何かが引っかかると弓の矢やナイフが飛んできたりするらしい。他にも近くに植えた人間がいる時は音がするようになっていて、誰かが進入した事を知らせるようになっているんだとか・・・・
他にも命が危険だって思うようなトラップばかりで、最初はダンナが誇張しているのかと思っていたけれど、どうやらそうでもないらしく、さすがアメリカと思ったのは後の話。
「そうだなぁ。ないとは言えないね。特に人が来ないような場所だと、そうやって勝手に植えて育てるなんて事をやっているヤツもいるからね。どのくらい広いんだい?」
「え〜っと、80エーカーちょっとかな?」(98000坪くらい)
「そりゃ結構広いね。だったらあり得ないとは言えないな。牛とか飼ってる?」
「いいえ、だって山の中の敷地だから、だんながパープルペイントでマーキングしてるだけ。フェンスをしようにも広すぎるし、大体管理できないですから」
まぁ、お金があってフェンスをしたとしても、目が行き届かない事は想像がつく。
「そりゃ、確かに少々の事じゃ立ち入り禁止とはいかないなぁ。どの辺りに住んでるんだい?」
「うちは・・・」
聞かれるままに、どの町に住んでいて、そこのどの辺りで、どんなアクセスがあるのかを喋ると、少し難しそうな顔をする。
「その辺りだったら、ご主人の言う通り、もしかしたらってことがありそうだな」
「やっぱり。う〜ん、じゃあ、素直にダンナの言う通り、ウロウロしないのが一番ってことなんだぁ・・・」
「その方がいいだろうね。ブービートラップだってないとは言えないから」
ちぇっ、まぁ、別にウロウロしたい訳じゃないけど、そう言われちゃうと仕方ないなぁ。
「でも、どんなブービートラップが仕掛けてあるんですか?」
「仕掛ける人間によりいろいろだよ。そういや、以前俺がマリワナ畑を見つけた時に、足に釣り糸が引っかかった事があってね。それがブービートラップだと気づいたときはヒヤリとしたよ」
「どうして?」
「釣り糸の先に、ショットガンが仕掛けてあってね。釣り糸が引っ張られる事で引き金が引かれるようになっていたんだ。ありがたい事に雨が続いていたから、ショットガンが錆びついていて釣り糸が引っ張られて引き金が動いても蹄鉄が動かなかったんだ。あれがもし動いていたら、と思うと今でも運が良かったって思うよ」
そこからは彼の独壇場で、他にも丁度収穫に来ていた数人の男たちと鉢合わせになって銃撃戦になったとか、畑一杯のマリワナに火をつけて全部燃やしてやったとか、映画で見るよりもリアルな話をしてくれた。
「・・・すっごいんですねぇ・・・なんか映画の話みたい」
「映画はドラマを盛り立てるものだけど、現実だからね。それも同じ人間が繰り返すってことが多いから、何度も顔を会わす相手だって出てくるからなぁ」
大変そうです。
と、ふとこれまたダンナに聞いた話を思い出す。
「ミスター・ストーンウッドはこの辺りのUSマーシャルなんですよね? だったら、モールトン郡の保安官だったジャック・レイカーさん、憶えていますか?」
「ジャック・レイカー? 聞いた事あるような気がするけどなぁ」
「私たち、以前その近くに住んでいたんだけど、結構有名な保安官だったらしいんですよね。たしか、マリワナの取り締まりにチョッパー(ヘリコプター)を使ったり、マリワナの畑でショットガンを構えて犯人を待ち伏せにしたりとかって言う、いろいろな逸話があるらしいですよ?」
「・・ぁあ〜、多分、知ってると思う。その保安官って、確か洪水の時に流されたんじゃなかったっけ?」
「そうです」
「じゃあ知ってると思うよ。なかなか個性的な保安官だったって聞いているから」
うんうんと頷くミスター・ストーンウッドと一緒になって、うんうんと頷く。
この保安官は、取り締まりが厳しい事で有名だったけど、実は裏で取り締まったものを転売しているという噂のある保安官でもあったんだ。
本当かどうかは判らないけれど、彼が洪水の時に川で流されて死んだときは、暗殺容疑まで出てきたほどだから、あながち間違いじゃないんだろうって思っている。
その話はミスター・ストーンウッドも知っているらしくって、2人でそのいろいろな疑惑の話や、彼がしたという話で盛り上がっていたところで、ポケットに入れていた仕事用の電話が鳴った。
どうやらナースが掛けてきているようで、今日のあたしの相棒であるテリーの番号が表示されていた。
「ヤバいっっ。ナースが呼んでる」
「すぐに電話に出た方がいいよ」
「は〜い」
じゃあ、と言って部屋を出てから電話に出ると、案の定テリーが他の患者さんがトイレに行きたいと言うから、その手助けをするようにと言ってきた。
電話を切ってから、今出てきた病室のドアをそっと開ける。
「仕事に戻りま〜す。色々と教えてくれてありがとうございました」
「いやいや、こっちこそ、楽しかったよ」
手を振りながら彼の部屋を出ると、そのままテリーが言っていた患者さんのいる部屋へと急いだ。
さ、今日も後少し。がんばろうっと。
USマーシャル なんて言う職業の患者さんは、彼が最初で今のところ最後です。こんな田舎だと、やっぱり珍しい職種の人なんですよね。
なので、いろいろとつい聞いちゃったんですよね〜〜。その中でも、そこまで喋ってもいいの?なんて思うこともあったりしましたが、まぁそれも愛嬌という事で。(笑)
今日も読んでくださってありがとうございました。
気がつくとぽちぽちと評価が増えていってビックリです。でも、励みになります。本当にありがとう〜〜〜♪