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17. MT テクとしての訓練とその後

 MTというのはMonitor Technicianのことで、心電図のモニターを監視する仕事です。

 本来であれば、あたしのような看護助手的なポジションの人間がする仕事じゃないんですが、やらないかと言われ続けて5年、ついに言い訳のネタもつきてしまい、パートで時々だったらという条件で講習を受けました。

 目の前には5つのモニターが並んでいる。そのうちの4つは心電図のモニターで、残りの1つはコンピューターのモニター。

 それらを前にして、隣りに座っているローレルの指示を思い出す。

 えっと・・・まずは、7時のストリップをプリントするんだったよね。

 そう思い出しながら、マウスを使って クリックしていく。

 ここでいうストリップとは、7時前後の時間帯の心電図の中から一番変化の多いものを選んで、それを印刷したものの事。このモニタールームがあるのはICUの一角なので、ICUの分はそのまま患者のフォルダーに入れていき、フロアにいる患者の部分はクリップボードに挟んでおけば、夜勤の人がそれぞれのフロアに持っていってくれる、筈。

 「これでいいんだよね」

 「そうだね。ちゃんとできてるよ」

 まぁ、これくらいは、ねぇ。

 それから今度は1人1人の心電図を2時間ほど過去にさかのぼって見ていく。

 脈拍数を確認して、それから心電図をみながら、基本の波とは違うところを確認しながらそれがどの程度の頻繁さで起きているかも書き出さなくてはいけない。

 「これって、よくあるの部類になるの? それともぼちぼちってところ?」

 「その辺りは特に数が決まっている訳じゃないから、チカの采配でいいんだよ」

 「そうは言われてもねぇ・・・」

 はっきりと幾つまではこれ、って決まってくれている方が、あたしとしては楽なんだけどな、なんて事を思いながらも口にはしない。

 「う〜ん、これ、はノイズだよね」

 「そうね、ノイズだね」

 「これは? ペースメーカーのスパイクに見えるけど」

 「それ、携帯電話よ」

 「携帯電話?」

 「そう、ペースメーカーのスパイクに見えるけど、ほら、出てくる周期が決まっているでしょ? ペースメーカーは必要なときだけだから、定期ではあるけど出る場所が決まっているの」

 確かに、ローレルの言う通りだ。ペースメーカーだと、心電図に表示されるスパイクは、どくんと心臓が鼓動を打つ手前に出てくるけど、ここに現れているスパイクらしきものは鼓動の後だったり前だったり、鼓動と鼓動の超ど真ん中辺りだったりと、規則性がない。

 「なるほどね〜。そう言われると、判るね」

 「そうそう、慣れてくると違いなんてすぐに判るようになるから」

 「そうかなぁ・・・・」

 今ひとつ賛成はできないものの、それでも頷いておく。

 なにせ今日が訓練2日目だ。

 「そう言えば、チカ。テストは何点だったの」

 「テスト? それって、講習の後で受けたアレ?」

 「そうそうそのテスト。チカたちは講習の後すぐにテストを受けたんでしょ?」

 「うん、その方が忘れないと思ったから」

 講習というのは、心電図のモニター・テクニシャンという資格取得のためのもの。二日間かけて、ぴっちりとしごかれる。しかも少人数制なので、2−3人しか生徒はいない。ということは、常に当てられるのだ。

 パワーポイントを半日見て過ごし、それからストリップの一部を見せられて説明を受ける。初日の最後の2時間ほどは、ストリップを見せられて、それをアナライズしろと言われる。

 もちろん、すぐに答えられる筈もなく・・・・しどろもどろになりながら、目の前のテキストの中からストリップに当てはまりそうなものを見つけて、これかな〜と推測して答える。

 最初のうちは半々の確率。その時は絶対に無理かも、なんて思ったりもしたものだ。

 でも、少しづつコツを教えてくれるインストラクターであるドーンの説明に頷きながら、何となくではあるけど判ってきた気がしてくる。

 で、講習二日目は朝のうちに前日の要点をもう一度確認してから、またまた出てきた大量のストリップをアナライズしていくのだ。

 私のときは、3人で講習を受けた。

 で、講習の後ですぐにテストを受けたけど、受かったのはあたしとビクトリアの2人だけ。もう1人のスーザンは予想通り落ちた。

 この、予想通りというのは酷い言い方だと自分でも思う。だけどね、仕方ないんだよ。だって講習中ず〜〜っとスマフォを弄ってメールをしていたんだから。そんなことで講習の内容が頭に入る訳ないって。

 あたしなんてそうじゃなくても英語の上に専門用語がばんばん出てくるから、気を抜く余裕なんて全くない。

 だから、必死についていったんだよね。なので受かったときはホッとしたものです、はい。

 

 「あ〜、なんか頭が痛くなってきた」

 「大丈夫、チカはちゃんとしてるから」

 弱音を吐きそうになるあたしに、ローレルが優しい声を掛けてくれる。

 けど、テストが受かってから、今度は実際にモニタールームでプリントされたものではない、モニターを見ていると、目がしぱしぱしてくる。

 「ねぇ、これって2−3日しか訓練期間がないってこと、ないよね」

 「そんな事ないわよ。ちゃんとチカが自分でできるって思うまでは訓練させてくれるわ。少なくとも1週間くらいは研修ってことになるわよ」

 「ならいいんだけどさ」

 1週間分の日にちは確保できたみたいだから、その間に基本は押さえられるようになろう、と思う。

 「それに、もし判断がつけられなかったら、ナースに聞けばいいんだから。私もたまにするわよ」

 「そうなの?」

 「そうそう、だって、いろいろな症状が混ざっていたら、判別が付けにくいじゃない」

 確かにその通り。

 目の前にはICU患者12人分と、フロアに出ている患者に付けているポータブル・テレメトリーが10人分の合計22人分の心電図が映し出されている。

 「今日は少なくてよかったわね」

 「これで少ないの?」

 「そうよ、だってICUはベビー用を覗けば20人分の部屋があるじゃない。それにポータブル・テレメトリー(*)は26個あるから、もし全てを稼働させたら46人分の心波を見る事になるでしょ」

 そ、それはお断り、したいなぁ。

 まぁここは田舎だからそこまでの患者はいないから何とかなるけど、それでも40人なんて絶対に無理だよ。今目の前に並んでいる22人分でさえやっとなのに・・・

 「だから、慣れたら大丈夫だってば」

 「そうかなぁ」

 疑わしい目で見るのは失礼だと思うものの、それでもついそんな目つきになってしまうのは許してもらいたい。だって、今の自分では到底そうは思えないんだもの。

 ま、ローレルは案ずるより産むが易しって言いたいんだろうな、きっと。

 


 というわけで、1人でモニタールームにいるようになってから数日。

 もちろんあたしはフロートだから、いっつもここに居る訳じゃない。

 大体最初から人手が足りない時限定という条件で、講習を受ける事を了承したんだから。

 「あれ?」

 思わず言葉が口から漏れてしまった。

 というのも、今日は一日中心拍数が1分間で80から90だった3階の2号室に入院しているミスター・アップルサイドの心拍数が一気に180になっちゃったのだ。

 「これってまずいよねぇ」

 彼の波を引き延ばしてみると、特にノイズがあるでもないから、これは間違いない。

 電話に手を伸ばして、3階のナース・ステーションに電話をかける。

 『はい、3階。こちらベッキー』

 「ハイ、ベッキー。あたしはモニタールームのチカです。悪いんだけど、2号室のミスター・アップルサイドのところにナースを送ってください。彼の心拍数が急に180まで上がったんです」

 『ああ、ハニー。大丈夫。彼、今日退院だから』

 へっ?

 それは違うだろ、と突っ込みたいところをぐっと抑える。

 「退院ですか? でも、それならなおの事、確認のために誰か送ってもらえますか? 今日は一日心拍数が80から90だったので、一気に倍になっちゃったのはちょっとまずいと思います」

 「そう? じゃあ、後でナースに頼んでおくわね」 

 後じゃ遅いんだよ、と言おうとしたあたしの耳に聞こえたのは、受話器を切った音。

 マジ? と思いはしたものの、ここで諦めるわけにはいかない。

 もう一度受話器を取りあげて、たった今掛けた番号にかける。

 『はい、3階。こちらベッキー』

 「ハイ、ベッキー。チカだけど、チャージナースと代わってもらえますか?」

 『ちょっと待ってね』

 おい、今ため息を吐いただろう。

 別にため息を吐くなとは言わないけど、それでもせめて聞こえないようにするとか、そのくらいの配慮・・・アメリカ人には無理か。

 そんな事を日本語でぶつぶつ言いながら待っているけれど、待てど暮らせど電話をとってくれる様子はない。

 どうしよう、と思っている時、モニタールームの前を今日のチャージナースであるジョイが通り過ぎようとする。

 「ジョイ」

 「なに、チカ?」

 立ち止まって振りかえり、そのままこちらに歩いてきてくれるジョイにホッとする。

 「あのさ、今3階の患者さんの心拍数が急に跳ね上がったから電話したんだけど・・・・」

 と、先ほどのベッキーとの会話を伝える。

 もちろん、大丈夫、今日退院だから、という部分も忘れずに。

 「それ、ホント? いくら退院するからって、ねぇ」

 「そう思って掛け直して、チャージナースと話がしたいって言ったんだけど、今も電話待たされ中」

 「判った。切っちゃいなさい」

 「えっっ?」

 いいからいいからと、あたしの手から電話を取り上げてさっさと切ってしまうジョイ。

 いいのかな、と思っていると、あたしの目の前で電話を掛け始めた。

 「ハイ、ICUのジョイです。そちらのチャージナースと話がしたいんだけど?」

 なるほど、掛け直すためだったのか、とあたしが納得している間に電話はあっという間にチャージナースに繋がる。

 さっきまでまったく繋がらなかったのに。

 思わずムッとしてしまうあたしの顔を見てジョイが苦笑を浮かべながらも、3階のチャージナースと話をしている。

 「そうです・・・・はい、チェックしてもらえますか? ・・・・そうですね。今日退院と聞いたんですが、それでも心拍数がここまで跳ね上がっちゃうと心配で・・・・そうです。じゃあお願いします」

 電話を切って、あたしを振り返り、そのままあたしの肩をポンポンと叩く。

 「ナースを患者のところに送ってくれるって。それから、ちゃんと波をプリントして、3階にファックスいれてね。じゃないと、大げさに言ったなんて言われちゃうから」

 「は〜い。でも、なんかすっごく待遇が違う気がするんだけど?」

 「まぁね、そう言うユニットセクレタリーだってことね」

 ユニットセクレタリーとは、ナース・ステーションで秘書のような役割をしている人の事で、電話での応対や、ドクターのオーダーをチャートに書き込んでコンピューターでラブや検査のためのオーダーをする。

 この人はコンピューターの入力や電話応対が出来ればいいので、別に医療関係の知識はいらないから、こういった対応をする人がいるらしい。

 でもね〜、少し考えれば判りそうなものなんだけど。

 あたしだって大した知識はないけど、それでも心拍数が倍になっちゃうってことはヤバいってことくらい判るんだけどな。

 思わず漏れる溜息を堪えながらも、そのままモニター・テクとしての仕事を続ける。

 ちなみに、それから15分ほどして掛かってきたナースからの電話で患者は特に具合が悪いという事はないとの事。そのままモニターを外すらしい。

 つまり、これ以上あたしからの異常だという電話がこないようにって事のような気がするあたしは、考え過ぎなのかな?

 な〜んか、釈然としないなぁと思いつつも判りましたとしか言いようがなかったあたしだった。

 





 実際にこの仕事は単調で、つまんないんですよ。

 その上で、結構緊張する仕事です。

 だって、モニターの上でその人の状態を把握して、何かあればフロアに連絡しなくてはいけない。おまけに連絡してもちゃんと真剣に受け止めてくれるナースばかりじゃなくて、結構ストレスが溜まりますね〜。

 まぁ、これもあたしがしている病院での仕事の1つです。(^_^;)


 お気に入り登録、ストーリー評価、そして文章評価、本当にありがとうございます。気がつくとポチポチと増えてきていて、ビックリしました。

 こんな拙い話を読んでくださってありがとうございます。


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