15.BH 延長コード 前編
今回はちょっと長いので、前後編に分けてみました。ちょっと長いけど、おつきあいお願いします。
さぁ〜、今日も頑張るぞ〜。
と思ったのは、今日の行き先を聞くまでの話で・・・・
行き先を聞いてからは、がっくりと肩を落としてとぼとぼと歩いていく。
気分はもう、ドナドナ・・・誰にも引かれていないけど、でも行きたくない方向に行かざるを得ないあたしの心境としては、やっぱりドナドナな訳で。
『今日はBHのアダルトの方ね〜』
さっきのステイシーの言葉が恨めしい。
BHっていうのはビヘイビア・ヘルス(Behavior Health)。日本語直訳だと保健行動ってことらしいけど、そんなかっこいいものじゃなくて、ようは精神科って事。
つまり、今日は精神科でお努めなんだ。
ここは2種類あって、アダルトと付くと、18歳以上の大人でドラッグやその他の使用をしていて、手助けが必要という人がやってくる。まぁ、リハビリみたいなもの。
で、もう1つがジェリアトリック(Geriatoric)、つまり高齢者のため。ボケによる行動に支障を起こした人に、その人の体に合ったクスリを見つけるまでの面倒をみる場所。
まぁそれはかっこいい言い方で、現実は老人ホームにいる老人がここに送られてくる。老人ホームは団体行動ができないとこまるから、そこから外れるような行動をとることを止めてもらうためにここで行動を修正する薬を見繕ってもらうと言うべきかな。
で、あたしが今日働くのはアダルトの方。
「おっはよーございまーす」
棒読みの台詞でナース・ステーションに入ると、リンダとフェイが軽く手を振ってくる。
「そっか〜、今日はチカが来たんだ」
「は〜い、あたしには選択肢ないですからね〜」
「何言ってんのよ、いつだってフルタイムで来てくれていいのに」
それは絶対にヤダ、と心の中でベロを出し、2人には聞こえない振りをする。
「でもよかったわ今日は患者が多くってね〜」
「そうそう、もしリンだと2人きりだったらどうしようって言っていたんだよね」
何となく嫌な予感がして、2人が手渡してきたリストを見ると・・・げっ、11人もいやがる。
「なんでこんなに多いんだよ〜」
「春だからかしらね」
「それは違うと思う」
にっこりと言うリンダをばっさりと切り捨てると、そのまま相手をするのも面倒なので夜勤の子を探すためにナース・ステーションを出る。
「チカ」
きょろきょろしていると後ろから声がかかったので振り返ると、そこにはダーラ。
「ダーラ、おはよ〜」
「おはよ〜、って、元気ないじゃない」
「元気? 出ないよ、そんなもの」
あたしがここをあまり好きじゃないのを知っているせいか、ダーラがケラケラ笑いながら手にしていたクリップボードを手渡してくる。
「はい、6時45分まではちゃんとチェックしてあるから。じゃ、ルーム・チェックに行こうか」
「はーいー」
またもや気分はドナドナで、ダーラの後について患者さんの部屋に入っていく。
ルーム・チェックっていうのは、患者の部屋の安全確認のこと。一応精神科の患者だから、自分や他人を傷つけられそうなものを持ってないかのチェックを一日2回する事になっている。
「おはようございま〜す。ジョン、もうすぐ朝ご飯だよ」
まだ寝ている患者に声を掛けながら、一部屋ごと戸棚やトイレ、それに窓際なんかを確認してから、デイ・ルームと呼ばれる部屋に行くと、そこには既に3人の患者がいてテレビをみているところだった。
このデイ・ルームにはダイニングの部分も一緒にあって、そこでみんな食事をとる事になっている。
テレビもあるけど、見る事のできる番組は本の3−4チャンネルくらいで、リモコンは鍵の付いた戸棚に入れられてて、患者が勝手に帰る事ができない事になっている。
「あっちのテレビの前にいるのがクリスティーとマットで、テーブルに座っているのがマイケル」
普通病棟と違って患者は病室ではなく、ここにいる事が多いから、名前と顔を一致させないとこまるので、こうやってダーラが教えてくれる。
「こっちがチカね、彼女が夕方まで面倒を見てくれるから」
「ハーイ、チカ」
「おはよう」
そう声を掛けてくる人2名、テーブルに座っているマイケルは視線すら向けようとしない。
さすが、精神科だ。
「じゃ、あとはよろしく〜」
明るく帰っていくダーラを見送るあたしの気持ちは、ちっとも明るくなかった。
ここでは喫煙タイムというのがあって、毎食後15分、中庭で煙草を吸う事ができる。とは言ってももちろん監視付きだけど。
「チカ〜、煙草の時間だよ〜」
「早く行こうよ〜」
「はいはい、ちょっと待ってね」
全員が食事を終えるのを待つ事もできない。まったく下手な子供より手がかかる。
どうにかこうにか無事に一日の大半を終え、今は夕食時。
つまり後2時間弱であたしの仕事時間が終わる。
あ〜、長かった。
「とりあえず全員が食べ終わるまでは待ってね。片付けをしなくちゃいけないから」
「え〜」
ぶ〜ぶ〜言うクリスティーやジョンを無視して、とりあえず食事の終わった連中の分の片付けをする。
ここは精神科だから、使い捨てのプラスティックの食器やフォークとスプーンしか、彼らは使わせてもらえない。
ま、確かに下手に金属のナイフなんかを渡してそれを武器にされちゃっても困るからね。
首を絞めたり、ビニール袋を頭からかぶって窒息死をしようとする事を防ぐために、ということで、ゴミ箱に入っているのは紙袋。
なので、食後の片付けのためにでかい黒のビニール袋を手にしたあたしは、袋から目を離す事も許されない。
患者の部屋以外は全て鍵がかかっていて、誰も入れないようになっている。
あたしはナースは鍵を貰っていて、それを使って出入りできるようになっているけど、それでも鍵を掛け忘れないようにと、結構神経を使うのだ。
「おまたせ。誰が外に行くの?」
途端に手を挙げて立ち上がるメンバーの数を数える。
1、2、3・・・4人ね。
「じゃ、煙草とってくるから待っててね」
「「「「は〜い」」」」
こういうときは、いい返事だよ、ホント。
頭を振りながら、まずは手にしていた黒のビニール袋をゴミ専用の置き場に持っていき、それからナース・ステーションに入って、4人分の煙草を手にする。
「4人煙草タイムに連れて行きますね〜」
まずは名前のバッジを壁にある黒いID認証のボックスに当てると、ピーという音とともに第一のドアの鍵が開けられる。
それを押さえて、4人が付いてくるのを待ってから、今度は外に出るドアに付いている黒いID認証のボックスに当てると、中庭に出るドアが開く。
外に出る彼らの後についていき、手にしていた袋からそれぞれの煙草を1本づつ取り出して手渡す。
それからライターで火をつけてやる。
ぷか〜と煙を吐いている4人を前にして座り込む。
「チカ、疲れてんじゃん」
「疲れてるよ〜。でも後2時間ないからね〜」
「明日も来る?」
「どうだろう? あたしはフロートだからね。毎朝ここに来てからじゃないと、どこに行くかは判らないんだよね」
「ふぅん、ここに来るって頼めばいいのに」
いやいやいや、それはしないと思うよ。
今日はなんとか大事も起きる事もなくなんとか終わりかけてるけど、いつもはもっといろいろと起きてるからね〜。
明日はできれば普通の人と過ごしたいな、あたしは。
「そういえばさ、ステフ、わざわざERに行って、ここに来たみたいだよ」
「やっぱり、いっつも追いかけてきてるよね〜」
ステフ、ステファニーはここに2日前から来ているらしい。で、今目の前で煙草を吸っているメンバーは4−5日前からここにいるそうだ。
「知り合いなの?」
「知り合いっていうか、以前別のリハビリで知り合ったんだけど・・・」
「それから、行く先々に現れるのよね〜」
ふと顔を上げてジョンに聞くと、ジョンが言いにくそうに言う横で、クリスティーが付け足す。
それからクリスティーとワンダの話を聞いていると、どうも今回が4度目のリハビリ施設での遭遇らしい。
ジョンに気があるんだとか。だから、ジョンを追って彼が入るリハビリに同じように入ってくるんだと、現在ジョンの彼女であるクリスティーが嫌そうな顔をして教えてくれる。
っていうか、あんたら、つき合ってたの?
そう言葉にしかけて、ぐっと飲み込む。
別につき合う事が問題だという訳じゃないけど、出会いがリハビリで、そのまま一緒に暮らしていても、リハビリに度々入らないといけないような生活をしている、ってところがおかしい気がするのはあたしだけだろうか?
けど、それを口にして返ってくる返事が怖いから、それ以上は問いただす事はしない。
うん、あたしも世渡りが上手くなったもんだ。
「でも、ジョンは明日退院予定で、私は明後日だって言われたから、ステフ、どうするんだろうね」
「1人だと我慢できなくて、出ちゃうんじゃないの?」
「そうかもね〜。でも、だからってまたどこかのリハビリで会うのかと思うと気が滅入るよね」
「家を知らないんでしょ?」
「教える訳ないじゃん。そんな事してうちに来られたら、血の雨見ちゃうよ」
なかなか過激で不穏な会話だけど、聞かなかった事にしよう。
あたしは足下に生えているクローバーの中から、四葉を見つける事に専念する事にした。
煙草は1回に2本までと決められているので、それを吸い終えたら全員中に入る。
彼らを中に入れてから、取りあえずデイ・ルームの様子を確認する。
そこには今煙草を吸いにいったメンバーと、一生懸命パズルをしているマイケルの姿があった。
それらをクリップボードにある各自のチェックシートに書き込みをしてから、あたし自身のトイレ休憩のためにナース・ステーションに戻る。
「お疲れ〜」
「もう少しだね〜」
リンダたちに言葉を交わして用を足し、それから煙草タイムでの話を聞かせる。
その合間に自分のスマフォを引き出しから取り出して、もうすぐ帰るからメールチェックもしちゃおうっと。
「あぁ、そう言えばそんな事言ってたわね」
「狭い町だから、なんだかんだ言っても知り合いが集まっちゃうみたいね」
この町にはここしか精神科のリハビリできる場所はないけど、周辺にも2−3あるようで、そこを順繰りに回っているというのが彼らのパターンらしい。
「それってリハビリの意味がないんじゃないのかな?」
「そうね。でも、ここにいる間はそう言ったものに手を出さないからと思わないとね」
「う〜ん、でもさ――」
バッターンッッッ!!
不意に大きな音がして、ナースステーションからホールをみると、正面のドアが閉まるところだった。
「あれ、なんで鍵が空いているの?」
あの部屋はただの物置。
だけど、鍵が掛けてあった筈。
慌ててその部屋に向かいながらも、そんな疑問が頭をよぎる。
ドアを開けようと押したら、内側から凄い力で中に入れないように押される。
「キャロラインッッ! 開けなさい」
ドアを押すのに一生懸命だったあたしからは顔は見えなかったけど、リンダが叫んだ声で、中にいるのがキャロラインだって事は判った。
中から押す彼女の力は強いけど、外からあたしとフェイが押す力の方が強かったらしく、なんとかドアが開いた。
ドンッッッ
「キャロラインッッッ!」
ドアが開いたと同時に人が倒れる音がした。
中に入るとキャロラインが倒れているのが見えた。
だけど、それよりもっと大変だったのが、彼女の喉元。
彼女は物置に置かれていた延長コードを喉に何重にも巻いて、おまけに何度か結び目をつけている。
彼女の横に陣取ったあたしはなんとかそれをほどこうとするけど、彼女の抵抗に合い上手くいかない。
だから、抵抗する彼女の両手を掴んで顔の両脇に押さえつける。
そんなあたしの両脇からリンダとフェイがキャロラインの喉に巻き付いているコードを一生懸命ほどこうとしている。
そうしているうちに段々青くなっていくキャロラインの顔色が、あたしの不安を煽るけど必死にそれを押しやって、彼女の手を押さえつける事に専念する。
「死なせてよっっっ!!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ」
ようやく喉からコードを取り外した後の第一声が、それだった。
それを聞いてリンダが怒鳴る。
「生きていたって意味ないじゃないっっ」
うわぁーっと大泣きをするキャロラインを宥めるリンダの邪魔にならないように、彼女の横から立ち上がると、そのままその小部屋からでて、他の患者の様子を確認するためにデイ・ルームへと足を向ける。
今の騒動が聞こえていたのか、何人かが顔をのぞかせているけど、大丈夫と声を掛けた。
だけど、もちろんそんな事で安心する訳でもないから、取りあえず一緒に並んでテレビを見る。そうやって傍にいるだけで彼らが安心する事が判っているから。
なぜか・・・15と16が後編ばかりになっていました。
大変申し訳ありません。ちゃんと前編を入れたので、またお暇な時に読んでやってください。
そして、お知らせしてくれた読者様、本当にありがとうございました。