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11.ER 親子ゲンカ

 今日もERは忙しい。

 ただ、こっちのERは、どう考えても便利屋さん感覚で利用されている気がしないでもない。

 今日もなんでERに来るのって言いたくなる患者であふれている。

 処置室5にいるのは歯痛の患者、処置室7にいるのは眼痛の患者。処置室8にいるのは痛み止めが欲しくて来ただけの患者、いや、これって患者って呼べないんじゃないんだろうか。

 アメリカの片田舎にあるこの病院はこの辺りにある唯一の総合病院だから、みんなここにやってくる。ちゃんとした(?)重病患者も運ばれて来るけど、それよりも多いのは「何しにきたんだおまえ」と言いたくなる患者が多い。

 というのも、普通に医院に行くとその場で診察料を請求されるけど、ERは後日請求書が届いて、一括じゃなくて分割払いも可能だから。

 だからお金がなくてもここにくれば診てもらえるし、処方箋ももらえる。処方箋がもらえれば薬局で売ってないような、きつい痛み止めももらえる。

 もちろん、その痛み止めを転売目的でやってくる患者もいないでもない。違法ドラッグなみにいい気分になれるから、かなりの高額で取引されるんだとか・・・もちろんそういった患者にはフラッグがついていて、追い返されるようになっているんだけど・・・ま、この話はまた機会があれば。

 と、そんな感じでTVショーとかでみるような無茶苦茶忙しくて、常に臨場感あふれる手に汗握るような展開ばかりではないことは、断言できる。少なくともここのERでは、だけど。

 8割がたは、その辺の医院に行けよ、と言いたくなる患者ばかり。でも、おかげで忙しいから死仕事になっているって言う面もないではないんだけどね。なんせすっごい田舎だから、人口も少ない訳で。

 とはいえ、忙しい時に来られるとすっごい邪魔なんだよね、正直に言えば・・・・


 『ER、こちらEMT。あと10分ほどで到着。オーバー』

 「ER、こちらエレン、患者の容態を教えてください。オーバー」

 『64歳、男性、右足ふくらはぎを撃たれています。おそらく貫通していると思うけど、そこまでの確認はできてません。オーバー』

 「判りました。出血は? オーバー」

 『タオル1本分くらいだと思いますね。脈拍98、酸素93%、血圧184オーバー101。少し血圧が高いけどかなり興奮しているから、そのせいだと思います。オーバー』

 急に聞こえて来た無線。耳を澄ませていると、どうやら銃創患者がやってくるらしい。

 何やったんだろう、と好奇心はむくむくと起きてくるけど、あとで聞いてみようっと。

 『それから、自家用車でもう1人の患者が到着すると思います。オーバー』

 「もう1人? オーバー」

 『あ〜、撃ち合いをしたようなんですよ。でも、そっちは左腕貫通なので、救急車を呼ぶほどでもないだろうってことで、自力で来るっていってました。奥さんが運転するようです。オーバー』

 「判ったわ、じゃ、フロントに連絡しておきます。オーバー」

 フロントって言うのはERの受付のこと。救急車以外でERに来た患者は、まずそこで受付をすることになっている。

 「オッケー、チカ。処置室1と・・・そうね、処置室3の受け入れ準備してくれる? 聞いての通り、撃ち合いだから、離した方がいいんだろうけど、すぐにオフィサーが来るだろうから、あんまり離れていると大変だと思うしね」

 オフィサーって言うのはもちろん、おまわりさん。みんなは目の前にいないときはコップって言うけど、エレンは彼らがいなくてもちゃんとオフィサーっていう。ちなみにあたしは言いやすいからコップって言う。

 とりあえず必要なもの、と思って戸棚を確認する。銃創だから、出血が止まってないかもしれないと思い、余分のタオルとガーゼの入ったパックを用意する。その他のものは実際に患者が到着してみないと判らない。

 

 そうこうしているうちに、患者到着。

 裏から救急車のストレッチャーに乗ったおじさんが運ばれて来た。

 確か60くらいのおじさんだったよね。

 そう思いつつ、ERのストレッチャーに移す手伝い。ストラップを外して、それぞれのストレッチャーをくっつけて、両側から患者の下に敷いてあるシーツを掴んで、ERストレッチャーに引っ張る。

 「リポート(報告)」

 ドクターの声で、患者を連れて来たEMTが話し始める。

 「はい、今日午後2時37分、911コールを受けて出動。現場に到着したのは午後2時51分、リビングルームに男が2人と女が1人。男は2人とも銃創を受けてました。ここにいるミスター・ジョン・ケインは右下腿部を撃たれて倒れていました。もう1人の男は左前腕部。おそらく2人とも貫通していると思います。それから彼にはモルヒネをここに来る前に投与してありますが、もう1人の方は腕だったので何も痛み止めは与えていません」

 「出血は」

 「それほどではないと思います。使用したハンドガンは22口径の弾を使用」 

 「じゃあ、多分骨の心配はしなくても大丈夫ってことだな」

 「そうですね」

 話をしながらも、黙々と患者の履いているジーンズをちょきちょきと切っている。本当は脱がせるべきなんだろうけど、この患者さんぴちぴちのジーンズを履いているから、脱がせようとすると凄くいたむらしく、結局許可をもらって切ることになった。

 「とりあえず、X−RAYレントゲンをオーダーしておくよ。それで骨の状態を確認して、それから治療に入る」

 「判りました」

 「他に何か聞いておかないといけないことはあるのか?」

 「そうですね。あとでこっちにオフィサーが来るので彼らには事情聴取があるんですが、どうも親子ゲンカのようです」

 「親子で撃ち合ったのか?」

 「そうみたいです。といっても呼ばれていった時にはもうお互い撃ち合ったあとで、どっちも少し放心してました」

 そう言ってEMTは患者にサインをもらって出て行く。

 「ミスター・ケイン。親子ゲンカだったのかい?」

 「親子ゲンカ? ちげーよ。あんなヤツ、もう息子じゃねえっ!」

 ドクターが声をかけた途端に、吐き捨てるような言い方で、ムッとした表情を浮かべる。

 「誰が先に撃ったんだ?」

 「向こうだよ。俺の手からハンドガンをとりやがって、そのままもみ合っていたら足を撃たれたんだ」

 「彼も怪我をしているようだけど?」

 「当たり前だ、俺がやられっぱなしでいるわけねぇだろ。近寄って来たあいつからハンドガンを奪い取って、そのまま腕を撃ってやったんだ。これでお互い様ってヤツだな」

 いや、そこはお互い様じゃない気がするんだけど。とはいえこの場でそんな突っ込みができる筈もなく、仕方なく黙って2人の会話を聞いている。

 「弾は貫通していると思うかい?」

 「しらねぇよ、そんなん。けどな、スッゲェいてえんだ」

 「そうだろうね。銃創だからね」

 「麻酔はねえのかよ」

 「君を連れて来てくれた彼らが、ここに来る前にモルヒネを投与したって言ってたけど? それでもまだ痛いかい?」

 「当たり前だろ。撃たれたんだ、いてえに決まってる」

 「ちょっと持ち上げるよ。そっち、手伝ってくれるか?」

 はいと返事をして、あたしとエレンが患者の銃創のある足を持ち上げる。ドクターはその下の部分を確認しているようで、時々押したりしているのが見える。

 「はい、ご苦労さん。ミスター・ケイン。貫通しているみたいだね。良かったよ」

 それを聞いて、あたしの方がホッとする。貫通していれば骨が砕けてなければ、手術で摘出しなくて済むってことだから。

 ノックのことが聞こえたかと思うと、ジョナが入って来る。

 「X−RAY準備できたって。チカ、悪いけど、彼を連れて行ってくれる?」 

 「ハーイ。じゃ、行きましょう」

 そういてピンクペーパーをもらって、患者をストレッチャーごと押していく。

 このピンクペーパーって言うのは、患者を移動させる時に必要なもので、ある意味患者の身分証明書みたいなものだから、これを忘れると拒否されることもあるくらい。

 ぶつぶつまだ文句を言っている彼に適当に相づちを打ちながら、あたしは彼をX−RAYに連れて行った。


 ミスター・ケインをX−RAYに連れて行って、向こうで待機していたスタッフに後を頼むと、あたしはそのまま一足先にERに戻る。

 と、もう1人の患者が現れていたようで、時々処置室から、唸る声が聞こえてくる。

 というか、あれは罵声?!?

 ちらっと見ると若い男性。そう言えば相手は息子だったっけ。中にはナースのジョンがいるだけ。

 仕方ない、手が足りているか聞かなくっちゃ。

 「ジョン、大丈夫? 手、貸そうか?」

 「あぁ、チカ。丁度良かった。今洗浄しようと思っていたんだ。手を貸してくれる?」 

 「オッケー」

 患者の左腕を見ると、キッチンタオルがぐるぐるに巻かれているだけだった。

 きれいなタオルだといいんだけど、と思いつつ、Mサイズのビニル手袋をはめる。それからタオルを3枚ほど手にしてから、ジョンとは反対側に立つ。

 「ちょっと手を支えてくれないかな。貫通しているらしいから、出た穴を見つけたいんだ」

 「は〜い。じゃ、ちょっと触りますね」

 一応患者に許可をもらって、手首と肘の部分を持って、ジョンが見やすい位置に持ち上げる。

 「触んなよ、いてぇんだから」

 「はいはい、判ってるよ。でも、ちゃんと確認しないと困るだろ?」

 適当にあしらいつつ、仕事を進めていくジョン。

 こっちも運良く貫通しているようで、反対側に穴があいていた。

 でも、使われた弾が22口径だから小さいので、本当に小指の先もないくらいの穴。とはいえ銃創だからあとで熱が出るかもしれない。

 「ちゃんと貫通してるね。でも弾が骨に当たってないかどうか確認するから、X−RAYに行ってもらうよ」

 「ちっくしょうっ、あの野郎」

 簡単にバンデージで巻いて、X−RAYに行く準備をする。

 ジョンのところにピンクペーパーを貰いに行くと、「チカ、父親の方が戻って来てから連れて行ってくれよ。じゃないと向こうで喧嘩を始めたら迷惑だから」と、ジョンに耳打ちされた。

 確かに、向こうで喧嘩にでもなったら、大変だ。コード・オレンジなんて、めんどくさい。

 「判った。ちゃんと待つ。そういえば、おまわりさん、ついたみたいだね」

 ふとあげた視界に黒の制服を着たおまわりさんたちが来るのが見えて、ジョンに声をかけておく。

 「ま、そっちはよろしく。あたしは彼を連れて行くね」

 これからおまわりさんの事情聴取が始まる。

 多分、先に到着した父親の方からだろうから、父親が処置室1に入ったのを確認してから、あたしは息子のストレッチャーを押して、X−RAYに向かった。


 「何考えてんだよっっ、このっくそ親父っ!」

 「やかましいっっ、お前には関係ねぇだろうがっっ!」

 いきなりERに響き渡る怒声。

 ビックリして顔を上げると、処置室1の前に若い女の人が立って、中指を立てている。

 「あんたが馬鹿なこと言わなきゃ、こんなことならなかったんだよっっ! スティーブンだって、怪我しないで済んだのにっ!」

 「そっちが勝手にうちに来たんだろうがっ! 勝手に来たくせに何文句言ってやがるっっ!」

 若い女の方が処置室1に入っていったのが見えて、これはまずい、と思って急いで立ち上がった。

 「2人とも、止めなさい」

 2人の間に入ろうと 急ぎ足で側に行く前に、カーテンを開けてレジーナが先に中に入った。

 「ここがどこか判って、大声出しているんですか? 病院ですよ。患者以外は外に出てもらっても構わないんですよ」

 「そうだ、出てけよ」

 「ミスター・ケイン、あなたも黙ってください。そちらは息子さんの奥さんですよね」

 唇を噛んで、黙って頷くところを見ると息子の奥さんなんだろう。

 「とにかくあなたは、ここは立ち入り禁止です。もしまたここに入るのを見たら、警察を呼びますからね」

 「でもっ」

 「あなたにはERから出て行ってもらっても構わないですよ。でも、ご主人のところにいたいのであれば、この処置室には入らないでください。」

 きっぱりと言い切るレジーナに背中を押されて出て行く彼女を見送って、念のため何事もないかミスター・ケインの様子を確認する。

 まだ少し興奮しているようだけど、大丈夫。

 それだけを見て取って、あたしも処置室を出た。

 そこからは、お互い無視し合って、一言も口を聞くこともなく、息子は奥さんの運転する車で家に帰り、父親の方は娘に電話して迎えに来てもらった。

 運がいいことに、2人とも弾が骨に当たることもなく貫通していたから、簡単な手当で済んだ。

 22口径の弾は、直径が1センチもないし、威力もそれほどではないから、その程度で済んだらしい。もしこれが30口径以上の弾だったり、ショットガンなどだったら、もっと大変だっただろう、とジョンが言っていた。

 でもね、ジョン。もし本当に30口径の弾だったら、出血多量もあるし骨が砕けていたから、ただ大変じゃ済まないと思うんだけどね。それにショットガンだったら、弾を取り出すのが大変でしこたま文句言ってると思うよ、きっと。ま、そんな事言わないけどね。


 「それで、なんで親子ゲンカしたの?」

 2人ともが無事にERを出て行ってから、こそっとレジーナに聞く。

 「なんかね。あの親父が酔っぱらって、奥さん、つまり息子の母親を撃ち殺すって脅したらしいのよ。そう脅されて怖くなった母親が息子に電話したら、息子が大慌てで家に飛んで来て、銃を持っていた親父と銃の取り合いでもみ合って、銃を奪った瞬間にまず親父が偶発で撃たれたんだって。それから親父を撃った息子が慌てて親父に駆け寄ったら、その手から銃を奪い返して息子を撃ったんだって」

 なんと、人騒がせな親子ゲンカなんだろう。

 それにしても、ホント、ラッキーだと思う。見せてもらったレントゲンには、ちゃんと貫通痕が残っていて、骨のすぐ側でした。

 やっぱりアメリカ。親子ゲンカもアメリカン・スケール?

    






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[気になる点] >ノックのことが聞こえたかと思うと、 こと→音?
2022/06/18 16:58 退会済み
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