月下美人と甘い罠
またもやなんかよくわからないもの。
オチなし山場なしってやつです。
甘美な香りと心地よい暗闇で満ちたその部屋の中で、
冷たく、重たい手錠だけが君と僕を繋ぎとめている。
むき出しになったふたりの肌は汗ばんで、ほんのりと紅く染まっていた。
君は僕の肌をそっと指で撫でてそれから思わせぶりに笑う。
そうして僕の肌に顔を寄せる。
君の吐息が体を撫ぜるたびにどうしようもなく切ない気持ちになって、
だからつい「大好き」だなんて言いたくなるけれど。
君がなんて答えてくれるのかが予想できないから、怖くなって僕は口をつぐむ。
――――どうして、僕のこと好きって言ってくれないの?
いつだったか、そんなことを尋ねた。
そうしたら君はすこし驚いたような顔をして、何も答えてはくれなかった。
だからずっと、ずっと僕は怯えていた。
――――本当に、僕のこと、好き?
その答えだけが聞きたかった。
僕は君の事が大好きだから。
君の事を愛しているから。
別に、君が僕のことを好きじゃなくても構わない。
君がたとえ体だけでも僕のことを必要としてくれているなら
それだけで僕は幸せだし、ずっとずっと君に尽くす。
ただ、どうしても君の気持ちが知りたかった。
ずっとずっと。
「君は嫉妬とかする?」
「別に。」
君は幾分ぶっきらぼうな声で答えた。
僕は君が他の女と喋るだけでイヤな気持ちになるし、
男と喋ってたってすこしだけ切なくなる。
もちろん僕は君の為に女とは全然仲良くしないし
男とだって学校で軽く喋る程度。
それなのに君は平気な顔してそんなことを言う。
だからちょっとした復讐のつもりで、
生まれて初めて女の子と二人きりで休日を過ごしてみた。
顔は悪くないし結構女の子にもモテるんだよ、僕。
ただ一緒にお買い物に行って、ご飯を食べて……。
本当にそれだけだった。別に心も全く揺れなかったし。
でも、君はなぜかそれを知っていて。
その次に会ったときには珍しく怒った顔した君が見れた。
あからさまに喜ぶのもヘンな話だけど、
僕が他の子と一緒に居たことに対して怒ってくれたって事実がすごく嬉しかった。
君が僕を自分だけのものにしたいだなんて思ってくれた事がただ嬉しかった。
「でも、いきなりメールで呼び出してこれは無いんじゃない?」
「黙れ。」
君の家の庭の隅。
全然使われてない小屋で、君は僕に手錠をかけた。
今夜は、月下美人が咲くみたいだ。
「ねえ、これ冷たいよ。外して。」
「無理。他のやつのところいっちゃうから。」
「ごめんって言ってるじゃん。」
「反省の色なしだな、その言い方。」
君が乱暴に僕を押し倒す。
甘い香りと、華やかだけど男臭い、香水みたいな匂いがした。
「月下美人だよ。」
僕の怪訝な表情を察したのか、君がふいに耳元で囁いた。
くすぐったくて、あったかくて気持ちよくて思わず身をよじる。
荒い息を整えながら聞く。
「どっちが?」
「俺の匂いじゃないほうが。」
「じゃあ臭いほうだね。」
君がしかめっ面をしたのが見えた。
「ごめん、臭いっていうか……」
「いいよ別に。」
いたって無感情に言うと、唐突に僕のベルトに手を伸ばす。
いきなりの事で驚いて、本当に弱弱しく君の手を掴む。
「ちょっと、だめだよ……。まだ皆起きてるし……。」
「大丈夫だよ。」
そういうと、君は僕の手を引きはがしてベルトを面倒くさそうに外す。
たいした抵抗もしない、というかできない。
なんだか頭がくらくらして体が熱い。
「ほんとに、ほんとーにそこはだめだって……。」
体が動かない。
もうどうにでもなってしまえと思った。
するとなぜかすごく不安な気持になって、すぐそばにいる君が
いつもより愛おしく思えた。
「ぎゅってして。」
「熱いんだろ?汗すごいし。」
「ぎゅってしてほしいの。」
君が僕を抱きしめる。
君の体温を感じる。
君の鼓動を感じる。
抱きしめ返したい。
いますぐ腕をあげて、君の背中に腕を回して、全力で抱きしめたい。
でもそれができない自分がどうしようもなくもどかしい。
「すごい熱くなってるじゃん。」
僕の背中に手を回したまま、君が僕の下半身を撫でる。
そしてそこに指が触れる。
思わず吐息と、変な声が漏れた。
「そこっ……すごい気持いい……。」
君が指をゆっくりと動かし、僕のそれをなぞる。
すぐに、なにか熱いものが飛び出した。
「あーあ、こんなに出しちゃって。」
君があきれた顔をして僕を見る。
窓から差し込む月光が君を照らす。
その姿があまりにも美しくて、僕は息を呑む。
月下美人なんかより全然美しい。
君もだいぶ汗ばんでいるのに、甘い香りを身にまとっている。
いつの間にか月下美人の臭いは気にならなくなっていた。
「ねえ、君、すごく甘い匂いがする。」
「気持ち悪いこと言うなよな。」
ぶっきらぼうにそう言う君がどうしようもなく愛おしい。
「大好きだよ。」
「俺も。」
「ちゃんと言ってよ。」
なぜか声が震えているのが自分でもわかった。
頬を涙が伝っていく。
「大好きだよ、俺も。」
そんな言葉が聞こえた。
思わず顔をあげると、照れくさそうな顔をした君が居る。
珍しいこともあるもんだ、と思った。
初めて君の口から好きって聞けたのに、案外あっさりしている自分に驚く。
多分、明日になったらいつもの君に戻ってるんだろう。
それこそたった一晩だけ美しく咲く月下美人みたいに。
でももういい。
君の口から一回だけでも大好きなんて聞けたから。
僕はもう、この一言のせいで当分君から離れられないんだろう。
それこそ罠にでもかかったみたいに。
しかもとびきり甘い罠に。
ボーイズラブに初挑戦です♪