続・おっさんと煙草
「こんにちは、今日は冷えますね」
自宅と会社のちょうど中間ほどにある公園で、僕はそう声をかけられた。
「こんにちは、そうですね」
秋も深まり辺りは紅や黄色の落ち葉で彩られている、昼下がりの公園。平日の公園は閑散としていて、そのさびしい空気がより一層寒く感じさせている。
「いやはや、もうすっかりと秋になてしまいましたね。ついこの間まではあんなに暑い暑い言っていたのに」
「そうですね」
話しかけてきたのは、見ず知らずの壮年の男性だった。ぼさぼさに伸びた髪を後ろで無造作にくくり、紺色の作業服を着ている。歳は三十代中頃といった感じだろうか、その風貌のせいでちょっと分からない。
作業服を着ていることから土建の人かと思ったが、どうもそういう感じじゃない。
なんというか、土建関係の人特有の逞しさがこの人からは一切感じられなかった。
そう、ホームレスという言葉の方がしっくりくるだろう。
「失礼かと思いますが、何かお悩みですか?」
「あっ、いえ。別にそういう訳では」
新手の宗教勧誘かなぁと警戒して、僕は曖昧に返事をした。
「そうでしたか、それはすみませんでした」
「あっ、いえ。あの、どうしてそう思ったんですか?」
この人が新手の宗教勧誘だとしたら、今の僕はさぞかし良いカモだろう。それでも、僕は誰でも良いから話をしたかった。
「俯き気味でため息をついていたものですから」
「そうでしたか」
「私みたいなものでよければ、お話を聞きますよ」
あぁ、こうして人は宗教にはまっていくのかなぁなんてことを考えながら僕はゆっくりと頷いた。話を聞いてくれるのであれば、誰でも良いほどに僕は疲れ切っていた。
「実は、先日リストラされちゃいまして」
「それはなんというか」
「それで、まだそのことも家族には言えず。こうしていつものようにスーツを着て家を出たものの、行くあてもなく公演に来てしまった次第で」
ついこの間までは、この時間帯なら営業で歩き回っているか会社のパソコンに向かって必死で作業していたことだろう。当時は忙しい忙しいとぼやいてはいたものの、こんな形で暇ができるとは。
「私もそれほど若くはありません、この歳でこれといった資格も持っていません。不況だと騒がれている中に放りだされて、どうしたらいいものかと」
「偉そうな口をきいて申し訳ないと思いますが、私は家族にきちんと相談するべきだと思います。苦しいときに支え合えなくて、何が家族ですか。家族で相談して、そして何とかしていけばいいじゃないですか」
彼はゆっくりとした口調で、しかしはっきりとそう告げた。何もかも包み隠さず、家族に打ち明けるべきだと。
「何とかなりますかね?」
「生きているうちで何とかなることなんて実はほとんどないんだと、私は思います。何ともならないから、何とかするんです」
「何とかする、ですか」
彼に続いて、同じ言葉を口に出す。そうすると不思議と少しだけ勇気が湧いてきた。
「何ともならないから、何とかする。良い言葉ですね」
「ありがとうございます。ひとまず先ほども言いましたが、一度家に帰って家の人にすべてを言ってしまった方が良いと思います。とある歌手がこう歌ってますし、『嘘でごまかして過ごしてしまえば、頼みもしないのに同じような朝が来る』。そうだんして、一緒に頑張っていけば、きっとどうにかできますよ」
彼はそう言って、こちらを見て力なく笑った。にへらっと緩い笑いだったが、その笑い方が彼にはとても似合っていた。
「すみません、煙草を吸っても大丈夫ですか?」
彼はそう言って、作業着の胸ポケットから煙草を一本取り出して火をつけた。
「私も一本もらっても良いですか?」
私がそう尋ねると彼の力無い笑みが返ってきて、すっと煙草のパッケージが差し出された。
私はお礼を言って、一本だけ煙草を抜きとる。
「ゴールデンバッドですか、有名なタバコですけども吸うのは初めてですね」
「いろいろな煙草のゴミを集めて使ったとか言われてますしね。それでも、そんな煙草だって今でもこうして買う人もいますし、私みたいな宿無しだって生きていけるんです。やる気になれば人間は案外何でもできるものですよ」
「そうですね、ありがとうございました。少しだけ勇気が出ました、これから帰って家族に話してみますね」
「頑張ってください、私でよければ応援していますよ」
私は腰をおろして居たベンチから立ち上がった。なんだか少しだけ、座る前よりも肩の荷が下りた気がする。
彼がすっと携帯灰皿を差し出してくれたので、煙草の火をそっと消した。
北風が一時ん公園の中を駆け抜けた。空のまだ吸っている煙草の煙が、風に乗って流れて行く。
「寒くなりましたね」
「えぇ、そうですね」
「それでは、頑張ってください。応援しています」
「ありがとうございます、寒くなってきたのでお気をつけて」
そして僕はベンチを後にして、家路についた。家族にすべてを話して、一からまた頑張ろうと思う。
そういえば、彼の名前を聞くのを忘れてしまった。いや、聞かなくてよかったのかもしれない。
宿無しの彼はきっと、どこかで煙草を吸いながら誰かの話を聞いて、力なく笑いながら話を答えているのだろう。
なんとなく、僕はそう思った。




