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おっさんと煙草

「よう、おっさん」

 学校帰り、僕は通学路から少し外れた公園にいた。目の前には、紺色の作業着を着て、髪を無造作に縛っているおっさんがいた。

「僕はまだおっさんじゃないよ、少年」

「俺は少年じゃねぇ」

 もう何度も繰り返されたやりとり。おっさんの名前は確か神谷 慎吾とかいったはず。

「たまに思うんだけどもさ、君って暇なの?」

「プー太郎でホームレスのおっさんよりは、学校に行ってる分忙しいはずだぜ」

 そう、このおっさんは世間一般で言うホームレスなのだ。ちょっと格好よく言うと住所不定無職、全然格好良くはないんだけど。

「いやいや、こう見えてもホームレスって忙しいんだよ? それに、僕はこれでも日雇いの仕事とかをたまにしてるし」

 おっさんはいつもと変わらぬ表情で、それでも自慢げにそう言った。今日も相変わらずなにが楽しいのか、にへらっと表情を緩めっぱなしだ。

「たまにかよ、何の自慢にもなんねぇよ。良い大人なんだから、ちゃんと働け」

「生きていく最低限度の労働はしているよ。僕は働けないんじゃなくて、働きたくないから働かないんだ」

 そのためのホームレスだよとか言い切りやがる。このおっさんと会ってからもうすぐ二ヶ月、なんとなく気が向いたときに会いにきているがいまだによくつかめない性格だ。

「ったく、それが良い大人の言うセリフかねぇ」

 俺はため息交じりに、頭をガリガリと掻いた。どうもこのおっさんと喋ってると調子が狂う。

 たぶんおそらく、おっさんの言ってることは本当なんだろう。働けないのではなく、働かない。

「僕は自分では良い大人だと思ってるよ?」

「どこがだよ」

「祥平くんにとっては、良い大人ってどういうものを言うんだい?」

 俺は視線を空に向けたあと、再びおっさんに戻した。

「きちんと職について、税金を納めてるやつ。家庭に入って、家族で団らんとしてれば言うことないんじゃないのか?」

 これは俺のというよりも、世間一般的な大人像だと思う。おっさんは、このどれにも当てはまっていない。

「祥平くんって、意外と家族想いだったりするんだ」

 こちらの遠回しなダメ人間宣言にも、なにが楽しいのか表情は緩んだまま。

「まぁ、確かにそれは立派な大人なのかもしれないね。うん、その基準で行けば僕は確かに良い大人ではないね」

「それじゃぁ、おっさんの基準はどんなんだよ」

「僕の基準は、格好よく言えば君たちみたいな若い人たちに希望を与えれる人間さ」

 若い人たちって、自分でおっさんだっていうのを認めたようなもんじゃん。それにしても、希望を与えれる人間って。

「まぁ、そんなに大げさなものじゃないのかもしれないけどもさ。それでも、ビシッとスーツ着てあくせく働いて。それはもちろんいいことだと思う。けれどもそういう大人を見てるのって、それだけで息苦しくはないかい?」

 僕は息苦しかったなぁと、ゆるんだ表情のまま作業着のポケットから煙草を一本取り出して火をつけた。

「君も吸うかい?」

「学生に煙草勧めるなよ、もらうけども」

 僕はおっさんの隣に腰をおろして、シガレットケースから煙草を一本もらった。

「なにこれ?」

「煙草だよ、日本で一番古くから市販されてるタバコ。安いんだよねぇ、これ」

 抜き取ったのは、両切りの短いタバコ。両切りだから、もちろんフィルターも付いてない。

「ゴールデンバッドって言ってね。百四十円で買えるしフィルターも付いてないから、短いのに割と重いしお買い得なんだよ」

「聞いてねぇし。つか、どうやって吸うんだよ」

「こうやって片方を叩いて葉を寄せるんだよ。それで減った方の切り口をひねってそこから吸うんだ」

 おっさんは僕から煙草ひょいと取り上げると、紫煙を吐きながら慣れた手つきで煙草の片方に吸い口を作った。

「若者に希望を与えるおっさんが、若者にタバコを与えて良いもんかねぇ」

「君がタバコを吸っても、僕は困らないし。あぁ、タバコが一本減って少しだけ困っちゃうかな。別にタバコを吸ったから不幸になるわけでもないし、僕は他人に迷惑をかけない範囲でなら別にタバコを吸っても問題ないと思うよ」

 おっさんからライターを借りて、煙草に火をつける。一口軽く吸い込んだだけだが、フィルターが無いせいで煙草の味が口に広がる。

「おぉ、なかなか良い吸いっぷりだね」

 おっさんはにへらっと笑いながら、くわえた煙草を口から離して紫煙で丸い輪を作って見せた。

「器用だな。つか、吸いづらい煙草だなぁ」

 タバコを吸おうと咥えるたびに、舌に少しタバコの葉がくっついてしまう。

「慣れだよ、慣れたらそうでもないさ」

 それから少し、俺とおっさんはタバコをのんびりと味わった。ゴールデンバットは、やっぱり安っぽい味がした。

「さて、それじゃぁ俺はそろそろ帰るわ」

「そっか、それじゃぁ気をつけて」

 俺は腰を上げて、尻についたほこりや砂利を手で払った。

「それじゃまたな、おっさん」

「さよなら、少年」


 その四日後、公園にはおっさんの姿はなかった。あれ以降、僕はおっさんを見ていない。

 おっさんは、別れ際に一度も「また」とは言わなかった。

 きっと、今日もどこかで若者に希望でも与えてるのだろう。

ゴールデンバッドは、煙草の価格変動にともない現在は二百円になりました。

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