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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第十章
99/122

10-7


 ◆


 クゥがクリティカルダメージを受けて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたのを視界の隅で確認したセティスもといマステマの頭には撤退の二文字が浮かんだ。

 マステマとエルバ、エルは三体のアバドンと戦闘中であった。シズネもリュナもそれぞれアバドンに足止めを受けている。

 アバドンの強さは油断しなければ上位のPLであるならば多少手間取る程度である。しかし、容易に背中見せれる相手でもなく、現状ではクゥを助けに行けない。

 クゥ自身も体力を回復させようとしてもジェネラルアバドンとの距離が近く、間に合わない。

 これ以上ここに留まっても意味が薄まり、クゥを蹴り捨てる判断が浮かぶ。だが、冷静な判断と共にこのまま成り行きを待つという選択肢も同時に浮かんだ。

 多くの戦争に関わり生き延びてきた彼女は冷徹な指導者(リーダー)としての実績を持っている。そんな彼女の状況分析では現段階でクゥの死亡は確定したも同然であった。しかし同時に、規模問わず闘争の場においては常識では計り知れない理不尽がある事も知っている。

 勘が言っているのだ。もう少し待つべきだと。

 もしこの場にPLが現れて助けてくれる――などと根拠も無い事を考えている訳では無い。ただ、ある種の期待があったし、ここで終わればそれまでだと云う割り切りがあるからだ。

 そしてそれは来た。ただし、吉凶で言えば間違いなく凶の類ではあった。


 石壁によって封鎖されていた入り口の一つが突然吹き飛び、通路側から横向きの竜巻が現れた。

 竜巻は偶々なのか意思があるのか、近くにいたジェネラルアバドンに向かって行く。

 横向きの竜巻にジェネラルアバドンも無視出来ず、ハルバードを前に持って身構えた。そして竜巻が直撃する。

 強い回転の力を加えられて身体が捻れていくジェネラルアバドンだが、圧力に抵抗しながらハルバードを振り上げると力づくで竜巻を切り払う。

 切断され横に大きく逸れた竜巻は力の行き場を見失い拡散し消え失せる。そして中からはそよ風を纏った片翼の堕天使が現れた。

「邪魔ヲ、スルナッ!」

 刃を返し、ハルバードの長い柄によるリーチを生かしてジェネラルアバドンは宙に浮かぶ堕天使に攻撃する。届きはしても、距離があるために当たったところで軽傷。牽制と威嚇に近い行為だ。

 だが堕天使は手にリーチなら負けていない大鎌を持っているにも関わらず受け止めるどころかかわしもせず、むしろ逆に自ら飛び込むように腹部にそのまま刃を受けた。

 一筋の青い線を白い肌に残しつつ、堕天使プリムラは口の端を釣り上げ呟く。

「ディスケ・ドロル」

 受けたダメージを倍増させて周囲に与える特殊スキルが発動する。

 一番近くにいたジェネラルアバドンは勿論、戦闘中だったアバドンやPL達も対象となってダメージを受けると共に明らかに倍どころではない雷のような刺激が全員の神経を襲う。

 鍛えられた戦士さえも悲鳴を上げる激痛はジェネラルを除くアバドン達を即死させ青い粒子に変える。生き残った者達も擬似麻痺に、何より痛みに身体を硬直させる。

 その隙にプリムラが片方しかない翼を羽ばたかせ、ジェネラルアバドンに突進。大鎌で弾き飛ばし一蹴すると壁に背を預けているクゥのところに向かっていく。

 クゥの体力はジェネラルアバドンとの戦闘と先程の範囲攻撃によって風前の灯火と言え、そもそも<自動回復>が無ければ今ので死んでいる程に追い詰められている。

 あと一撃。一カスリでもすればクゥは死ぬ。それが一番分かっている当事者のクゥは迫り来る堕天使を一瞥しただけで座り込んだままメニューウィンドウを開いて操作し始めていた。

 身を守ろうとする様子が一片も無いクゥに向け、プリムラは躊躇無く大鎌を振るう。だが、その一撃は割って入ったシズネによって遮られた。

 シズネは何度かプリムラの攻撃を受けた事がある為に、普通ならば痛みの余韻でまだ動けないところを擬似麻痺が解除された直後に行動する事が出来た。

 槍と鎌。その二つの刃が合わさり金属音を鳴り響かせる中、シズネとプリムラの二人の視線が交わる。

「お久しぶりですね」

「ええ、そうね。前世ぶり」

「レヴィヤタンの城での事を言っているのですが、ね」

 シズネは槍の穂先で大鎌の曲がった刃を絡め取ろうとしたが、それに気付いたプリムラは槍を弾いて後ろへ飛んで距離を開けた。

「ヤンデレだろうとメンヘラだろうとどっちでもいいのですが、御主人様にちょっかい掛けるの止めてくれませんか? ぶっちゃけキモいのですが」

「もう一押ししたらどうなるか見てみたいという好奇心だから他意は無いわ。それに三歩後ろを下がったままついて来るストーカーよりもマシだと思うの」

 女二人は睨み合う。

 奇妙な縁を持った二人だった。お互いに元はPL。<ユンクティオ>の前身となった北方の開拓隊にいて、共に旅をした経験もある。そして、一度は解体されたデータとなった後は違う種族としてここにいる。

 そんな共通点も幾つかある二人は薄っすらと笑みを浮かべて武器を構え直す。

「エセ天使が気色悪いんですよ。自慰なら一人で引き篭もってやって下さい。全世界の天使に額擦り付けて土下座してくるといい」

「人形が一端の人のつもりですか。隷属願望なんて他所で発揮してください。大和撫子なんて絶滅種なんて貴女には不可能です」

 戦闘の緊張とはまた違った妙に張り詰めた空気が両者の間に流れ始めた。

 その時、それに割り込む形でプリムラの背後から人の身長を超えるほどの風の刃が放たれた。発射源は痛みから立ち直ったジェネラルアバドンであり、ハルバードを振り下ろした姿勢で立っている。

 折り重なった風の刃をプリムラは回り込むように宙へ飛び回避する。だが、クゥを背後に置くシズネは動かずそのまま風の刃を受け止めた。

 ボスクラスとは云え、耐久値が高く属性が金であるシズネには風属性の攻撃は効果が薄い。彼女は耐え切ると今度はジェネラルアバドンを睨みつける。

「美女二人を無視してクゥ様を狙うとは特殊な趣味でもお持ちなんですか?」

 シズネでもプリムラでもなくその背後にいたクゥを狙い攻撃したジェネラルアバドンは本気なのか冗談なのか分からない声で言ったシズネの言葉を無視し、激昂する。

「引ッ込ンデイロ!」

 叫ぶと同時、広間の壁や天井を突き破り砂虫や昆虫型のモンスターが姿を現す。

「く、ぁはっ、ははははははははっ!」

 何が可笑しいのかそんなジェネラルアバドンの様子を見て高笑いするプリムラの背後に二つの魔法陣が展開され、風の上位精霊が召喚される。

「あのクソ天使がァ。こんな痛みは自分で腹を切って以来だぞ」

 ようやく立ち直ったマステマが目を回しているリュナの襟首を掴んで引きずりながら堕天使を見上げている。その背後では彼女の部下が控えていた。

「クゥ様、後でボーナス請求しますから」

 いつから給与制になっていたのか、シズネもまた褒美を要求しながら槍を回転させて構え直す。

 一人を除いてその場にいる全員が同時に動き出した。


 ◆




 なんか盛り上がってる連中を無視し、俺はアイテムボックスから回復アイテムを床や崩れ落ちた瓦礫の上に並べて自分を回復させる。再生薬で新しい腕が生える感覚って慣れねえな。

 瓶から液体を飲みつつ、投擲用の武器や爆発薬も取り出し整理する。次にメニューウィンドウを操作して装備を変えていく。

 特撮モノの怪人みたいに成ったあいつの言う通り、俺が他の人間とちょっと違う事は自分自身で知っている。

 自覚したのは何時だったか。小学校の夏休みの工作の宿題で提出した紙粘土の怪獣を自分で壊した時だったか、それともやけに煌びやかな蝶を握り潰した時か。少なくとも中二の時じゃないから思春期特有の発作じゃない。

 人間、綺麗なものや美しいもの、形が整っているものが好きな生き物だ。芸術なんて本来資源の無駄な物に大金を注ぎ込んだり意味を作り出す精神を持っている。

 そんな生物が美しいものを前にしたら?

 例えばガラス細工の誰もが感嘆の息を漏らしそうな芸術品があるとしよう。道理を知らないガキならうっかり触って汚すか壊すかするかもしれない。その上で壊れたら泣くだろう。壊すつもりは無かったのだから。そして大人なら不用意には触った結果を予想できるので慎重にショーケースへでも入れて飾るだろう。

 要は壊さないよう守ろうとする。その美しさを留めようと努力し、失われるのを恐れる。それが当たり前だ。特に綺麗な物ほど壊れやすいのだから。

 そしてその行動は最早理性と云うか本能に近い筈だ。保護欲? 父性? いや、何でここで父性なんて単語が思い浮かぶのか。まあ、名称は兎も角として守りたいと云う気持ちが降って湧いてくるのだ。

 あいつに散々言われた俺だってそのつもりだ。別に俺は人や物を壊して悦に入る訳でも、自分だけの物にしたい独占欲からの破壊衝動なんて無い。ユリアのような嫉妬や羨望、劣等感も無い。

 確かに自分の本来の本能的欲求を劣情で誤魔化しているところはあるが、変態趣味なんて持ち合わせていない。本気で。サキュバスのリムなんかにはドSとか言われてるが本気でそういう趣味はない。人を選んでるだけだし。

 ただ、守護という部分が破壊にすげ変わっているだけだ。

 脳か精神かどちらなのか分からないが、シャツのボタンを掛け違えたように配線が別に繋がっているのだろう。頭では分かっているのに本能的な部分が壊す方に俺を働きかける。庇護の対象を守るのではなく壊す方向に。

 腹が減ったから喰う。眠いから寝る。そして愛しいから壊す。

 こう考えるとモラルの教育は大事だと思う。こんな俺でも頭ではそれが普通の発想ではないと理解して、誰かを失うような真似はしていない。でなければ俺が好んだ奴全員はこの世にいない。まぁ、返り討ちにされる可能性の方が高いが、それ以上にアヤネみたいなのもいるからな。あいつ、俺に殺されても構わないと思っている節があるから怖いし、余計に眩しく映ってしまう。

 そういう訳で、あいつの言った事も懸念する事態も、俺を殺そうとするのも理解できる。まさかここまで暴露バレてるとは、過小評価していたようだ。

 今までは何とかやり過ごせたが、破壊の本能に逆らい続けるのはストレスが溜まる。頭で分かっていてもいずれ我慢の限界が来て爆発するのは目に見えている。だからその杞憂は分かる。

「だからってなぁ……」

 装備を整え直し、ステータスアップの魔法を掛けまくる。

 こっちだってストレスで胃に穴が飽きそうなのだ。ゲームの中だから実際に穴が空く訳じゃないが、そうなってもおかしくないほど自制しているんだぞ。

 電脳世界では社会(ルール)が曖昧で縛る鎖が弱く脆い。だからつい勢いで殺りそうになったり忌避感が薄くなったりした。それでも俺は結果論とは云え耐えたんだぞコラ。

「俺を殺すだと?」

 クウガが作った武器の柄を肩に担いで片手で支えながら顔を上げる。広間での三つ巴では呼び出されたモンスターの数が減っており、マステマが上手い事戦況を操作していた。

 それでもあいつは状況がどう推移しようと構わず俺を狙い続けているようで、その度に妨害を受けている。

 お前の言い分は分かる。そりゃあ惚れた女の傍に俺みたいなのがいれば不安だろう。平静でいられないだろう。

 というかそんな姿になってまでタカネの心配をして俺を殺そうとするなんて一途過ぎるだろ。今時珍しい純情っぷりを発揮しやがって、拍手喝采して褒めてやってもいいぞ。まぁ、やらないしお前も要らんだろうが。

 でもな、それとこれとは話が別だ。俺が何の為に距離を度々置いてると思ってんだ。胃の中空っぽにした状態で店頭にある料理のサンプル見たり店の中から漂う匂いを嗅いでいるような気分になるんだぞ。それでも俺は、こんな世界の中でも耐えてんだ。

「ッザケやがって」

 それなのに水差しやがって、ムカつく奴だな。お前が正しかろうと知ったことか、ぶちのめしてやる。

 装備を変えた。補助魔法も全乗せだ。そして最後の仕上げに赤い結晶を取り出して口に持っていく。

 それに気付いたマステマが目を細めた。目だけで罵倒してきやがったが、それこそ知るか。

とにかくブチのめす。何があろうとぶっ飛ばす。意味も考えずぶっ倒す。

 アスモデウスの砂から生まれた結晶を噛み砕いて飲み込む。

「来いよカイト! 殺せるもんならなァ!」

「クゥッ!」

 俺は床を蹴って駆け出す。カイトも駆け出す。互いに似た武器を両手に構えたまま、互いの存在だけを睨みつける。

 そして互いの得物が白銀の線を描いた。




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