10-5
ホラーっぽい顔見せをしたプリムラは結局横穴から入ってくる事は無かった。羽が邪魔だったのだろう。一枚だけ切断せずに残しておいて良かった。
プリムラから無事逃げ切れたと判断した俺は火の付いた松明片手に探索を開始する。
通路は暗く、〈暗視〉無しではまともに歩けない。ここにいる四人+一体は暗闇なんて平気だが、無いよりも有った方が良い。
モンスターの気配もなく、黙々と通路を歩いている内に沈黙に耐え切れなかった訳ではないだろうがマステマが口を開く。
「あれが噂の堕天使プリムラか。随分と気に入られているようだな」
「串刺しにした事をまだ根に持ってるらしくてな。おかげで寝不足だ」
マステマの皮肉を流したら鼻で笑われた。写真撮って掲示板に拡散させたろか。
「知っているか? 天使型NPCがあのように堕天するのはあれで二体目だ」
知っている。確かレヴィヤタンとカマエルがそんな話をしていたのを覚えている。
「本来のNPCの役割から外れることを解脱と言うらしく、元々プレイヤーだったノンプレイヤーキャラが生きていた頃の自分を思い出す例が多い」
「PLとは全く関係の無い、姿形だけが似ているだけだろ」
「ハッ、CIAの言葉を鵜呑み味してる訳じゃないだろう。貴様の悪癖は解っていながら気づいていないフリをすることだ。なあ?」
後ろでマステマがシズネに視線を向けた気配を感じる。何も答えないシズネに飽きたわけでは無いだろうが、マステマが俺へ視線を移す。だが、何も言葉を返さない俺に呆れたのか肩を竦めた。
「そういえば面白い話がある」
まるで世間話をするような体でマステマは話続ける。それの意図は分からない。そもそもこうして俺と行動を共にする意図そのものが不明だ。
「エノクオンラインのβテストに参加したプレイヤーは我々のように閉じ込められる事も無く、ごく普通に帰還した」
そりゃあβ時にこんなデスゲーム仕様がバレたら正式サービスなんてされていないし、俺達も閉じ込められる事はなかった。
「データ上ではな」
いきなり否定がきた。人の考えを頭から潰す為にわざと遠回しに言っただろ、こいつ。
「テスターの中には各所からのスパイが混ざっていた。どこぞの機関や企業、雇われ者のハッカーがな。そういう奴らはβテスト終了後データ上は存在しているのに顔を見たことある奴はいない」
「いくらなんでもそれは――」
「テロリストが犯罪行為をしようとした結果部下が殺されて、それを警察に訴え出れると思うか?」
確かに、実際そんな話があれば笑いのタネにしかならない。
「βテストに参加していた一部のプレイヤーはその後どうなったと思う?」
知らねえよ。
「ほぅら、また。解っている癖に解らないフリをしている」
「………………」
斜め後ろを歩いていた筈のマステマがいつの間にか隣に、肌が触れ合うほどの距離に接近していた。
「そういうところが馬鹿だと言っているんだ。無知を装い続ければ本当に蒙昧になるぞ。それとも、そうしなければならない理由でもあるのか?」
囁く声に耳が擽られる。鈴が鳴るような凛とした声も今は蛇の舌のようなおぞましさがあった。
「無知蒙昧を装ったところで何も得られない。やり方が間違っているんだよ、お前の生き方は。火の粉を払うだけでなく、自らの足で踏み潰して轍を作れ。これは人生の先輩としてアドバイスだよ」
そう言って、マステマが体を離す。
「脱線したな…………。要するに、全部はじめから搭載される予定だった機能、仕様だと言うことだ。魔導人形も堕天使も成るべくして成った。もっとも、全員がこう成れる訳ではないようだがな」
「ふぅん」
おざなりな相槌をくれてやると、マステマは微苦笑して肩を竦ませた。
本当に世間話の感覚で話していたつもりなのか、それ以降マステマは特に話しかけて来る事もなく俺達は一言も喋らず通路の先を行く。
途中、幾つか別れ道になっていたが誰も反対せず俺がいい加減に決めた方向に進む。シズネはともかくお前らはそれでいいのか?
しばらく進むと通路の突き当たりに差し掛かり、俺達の前には砂色の壁が立ちはだかった。
「行き止まりか。エル」
エルが前に進み出て壁を叩いたり耳を当て音を探る。〈罠看破〉や〈見破り〉などのダンジョン探索に必須なシーフ系スキルをアクションで使用し隠し扉がないか調べているのだ。俺も一応そのスキルは持っているが…………。
「ここから先に進むのは無理ですね」
「そうか。一度マップを確認しよう」
マップウィンドウを開いたマステマの横で、俺はアイテムボックスから採掘に使用するツルハシを二本取り出して一本をシズネに差し出す。
「未踏のダンジョンだからマップがまったく埋まっていない。本来マッピングなど豚共にやらせるんだが」
「死にましたからね。埋めたマップと外観からだけでは予想するにも限界がありますから」
「今まで通った通路は僅かにだが傾斜していた。既に何層も上に昇っている可能性もある」
相談し始める三人の通って壁前に移動する。というか、エルバってあんなに喋れるんだな。
そんなどうでもいいことを考えながらツルハシで〈採掘〉を使用。シズネと一緒にえっちらおっちら穴を掘る。
「来た道を戻って別のルートに行くしかないだろ。ただ、気になるのがここまでモンスターと…………おい、貴様ら」
「なんだよ?」
「さっきから何をしている?」
「穴掘ってる」
「理由は?」
「なんとなく? 強いて言うならそこに壁があるから」
返事をしながら振り返ると、マステマがセティス時のアイドルスマイルを浮かべてゴミムシを見る目をしていた。器用を通り越して凄まじい。
「クゥ様、出来ました」
とりあえずマステマ達からの荒んだ視線を無視し、壁の四角と真ん中に掘った穴に〈罠〉のスキルで爆発薬を仕込んで落ちないよう素材の粘土で固定する。
爆発薬にはワイヤートラップで使う紐が付いており、俺は計五本の糸の端を掴んで壁から離れる。
「危ないぞ」
そこ滑るぞ、みたいな気軽さでマステマ達に忠告してからシズネと共に全力で通路を走る。
「え? あっ、貴様――」
走って距離を取っていると手に持つ糸から引っ張る力に反発する抵抗が一瞬生まれ、直後にその抵抗が無くなる。
同時、後ろで閃光と爆音、衝撃が順に来た。
直前に床へ伏せて衝撃と熱をやり過ごす。静かになってから身を起こすと見事に埃だらけで視界が悪い。
手で埃を払っていると、土埃の中に大きな影を見つける。埃が晴れてくると判明したが、それは魔法で作った土壁の後ろに隠れるマステマ達だった。
しゃがんでいるマステマと目が合った瞬間、腹を刺された。
「痛っ!? 何すんだテメェ!」
「貴様、死にたいんだな。そうか分かった。それ以上言わなくてもいいぞ」
「言いながら更に押し込もうとするな捻じりを加えるな。つうか毒付きかよ! マジでいてェッ! 毒が染みる!」
「安心しろ。死んでもデータはこちらで回収して有効に使ってやる」
「話通じてねぇ。うわ、もう一本取り出しやがった!」
俺の腹に短剣(毒付き)を刺し捻りながらもう一本取り出して二刀流で攻撃して来やがった。咄嗟に手首を掴んで止めたが、凄い力で押し切ろうとしてくる。
いや、確かに驚かせたとも。ビビらせたかもしれない。正直言うと慌てふためくのをちょっと期待した。そんな些細な悪戯心があった事は認めよう。だからちょっと落ち着け。
「貴様舐めているのか?」
コイツ目がマジだ。
「やはりあの程度では無理でしたね。所詮はクゥ様の浅知恵です」
メイドロボは主人の危機を放置して、爆破され崩れてはいるもののどこの通路にも繋がらなかった壁を眺めていた。助けろや。
エルバとエルもボスの凶行を止めるつもりはないらしく、壁に背を向け突っ立っている。クソッ、味方がいない。
毒のスリップダメージは〈自動回復〉で平気だが、腹に刺された短剣で肉を捩じられる痛みが半端ない。こいつは本格的にヤバイと思った時、何かが崩れる音がした。
俺もマステマも、傍観していたエルバとエルも動きを止めて音のした方向に振り返る。
シズネの目の前、爆発薬で大きく抉れた壁から鱗と鋭い爪を持った手が生えていた。すっげー見覚えのある手なんだが。
竜の手が暴れると壁に亀裂が入り始める。そして俺達がただ呆然と身守る中で拡がって行く亀裂は壁に致命傷を与えて崩壊させる。
完全に崩れた壁の向こうから姿を現したのは、
「開通ーーっ! ひゃっほーーーーい!」
諸手を上げて一人(+スライム)で喜び阿呆だった。
「どうだ。私がこの道を見つけたんだぞ!」
「お前全力で素通りしてたじゃねえか」
一騒動の後、(本当に)どう云う訳かリュナと遭遇した俺達は開通した壁の向こうにあった道を歩いていた。リュナにとっては来た道を戻っている事になるが、こいつが無視した横道こそが先に進む道だと結論した。
リュナは地上に落ちた後、取り敢えず目立つ魔王城に突貫しデカくなる爪と手で壁を掘って直進していたようだ。マップウィンドウのデータを提出--マップの出し方も知らなかったから時間が掛かった--させて、こっちのマップデータと外から見た魔王城の構造から進むべき方向は分かっている。道が曲がりくねって例えその先が行き止まりでも壊すか引き返すかすればいい。
「なぁなぁ。まだ着かないのかー?」
「お前はスライムの上に乗ってるだけだろ。というか仕舞えよ。体力がレッドいってるじゃねえか」
リュナの使い魔であるスライムのぶくぶくをアイテムボックスに仕舞わせる。決して、それほど広くない通路内で邪魔だったからではない。
「そんな強くないんだからあんま使うな」
収納すれば邪魔にならない分、うちのよりかは便利だが。
「とても失礼な事を考えましたねクゥ様」
「さあな」
メイドを無視して僅かに斜めになっている通路を進む。マステマがペットから降りたリュナの姿をそれはもう未確認生物を観察する研究者のような目で見つめていたのが気にはなったが、ここで聞くと藪蛇になりそうなので放置しておく。
ベルフェゴールの城は階段が無く、床が緩やかな斜面になっているせいで自分達が何階にいるのか把握し辛いせいで巨大な迷路に迷い込んだような気分だ。
しばらく歩いていると、前方から来る空気の流れが速くなってきた。ほんの些細な違いではあるが、ここでようやく退屈な道程に変化が起きたようだ。
「この先に広い部屋があるようだな」
マステマ達も気付いたらしく、エルバが庇うように彼女の前に出る。
俺もシズネに目配せして歩くスピードを緩めて鉄壁を誇るメイドを先頭にする。広い部屋に入る際やその逆の場合罠の警戒は当然だ。
そんな時に役立つのが魔道人形。機械的なセンサーで罠を見つけてくれる。何より頑丈なのでダメージを受けても平気な上に服だけが破れるサービス付き(嘘だ)。
リュナは無警戒に前を歩いているが…………まあ、こいつはいいや。
「女を矢面に立たせるとは、長生きするぞ貴様」
マステマがニヤニヤした顔付きで言ってきた。こういう時、男女平等を訴えたくなる。
レディファーストを実践した結果、何事もなく通路の先にあった広間に出れた。
狭い通路と打って変わって天井も高く、ぱっと見正方形をしている広い部屋だ。つまり暴れるには存分な広さがあると云う事だ。
何と言うか、ゲームでボスやイベント戦があると予感させる造りだ。これがフラグだったのか知らないが、〈気配察知〉に警報が鳴り、俺達は同時に立っていた場所から四方に飛び退いた。
直後に俺達が先程まで立っていた場所にモンスター達が勢い良く落下した。
人型をした虫の怪物、アバドンだ。
雑魚とは違うアバドンの存在を確認した途端、即座に皆が武器を構える。俺も棍を収納ベルトから取り出す。
「これは面倒な事になったな」
円陣を組むように着地したアバドン達の中央には、あのジェネラルアバドンの姿もあった。徒手空拳で戦うアバドンの中において唯一ハルバードという武器を持つ個体。おそらくこいつが魔王の側近、中ボスに当たるネームドモンスターだ。
ジェネラルアバドンが首を動かし、俺の方に向いた。
「…………あ?」
何だこいつ。俺を見ている? たまたま、な訳ないよな。
アバドン達が弾かれたように動き、俺達に向かってそれぞれ襲いかかって来る。そして俺の相手は――
「お前かッ!」
ハルバードと棍がぶつかり合い、火花が散った。