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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第十章
94/122

10-2


「おい、どうするつもりだ?」

 大量のモンスターがこちらに向かって突進を開始していた。NPC兵士が壁になって暫くは持ち堪えてくれるだろうが、あの勢いを完全に止められるとは思えないし、何より魔王攻略の要となる四大ギルドはまだ配置についていない。

「これは甘く見ていたな。カウンターアタックの例もあるんだ。向こうから攻勢に出る事もあり得たんだ」

 失敗した、とでも言いたそうにゴールドは頭を掻いた。

「陣形を取るのが遅い――いや、近過ぎたね。面倒臭がらずにもっと後ろで布陣しておけばよかった」

 アールがマップウィンドウを開いて、ウンウンと頷く。

「ゲームだとヨーイドンで始まるから失念していたな。あっはっはっは!」

「まったくだね。あはは」

 いや、笑ってないでどうにかしろよ。あの勢いじゃあっという間にNPCを突破してこっち来るぞ。

「もういっそ中止して逃げるか?」

「なんだ? 突入しないのか?」

 リュナは放っておくとして、何をするにしても早く決めて欲しいものだ。

「なんて他人任せなのでしょう。責任を取りたくない駄目人間そのものですね」

 毒舌なメイドロボも無視して、何とかしろ的な視線をゴールドとアールに向ける。だけど答えは別の人から来た。

「こうなったらこのまま前に進もう。プレイヤーの援護があれば兵士も持ち堪えれる。四方に散った仲間にも一時停止させて、そこから城に向かわせよう」

 キリタニさんが手早く提案した。

「結局真っ正面からか。まあ、仕方が無い。アール、全プレイヤーに今のを通達。兵達にはそこで踏ん張るようにこちらで伝えておく。アヤネ君、頼むよ」

 ゴールドに言われてアヤネが一つ頷く。そして、歌スキルを発動された。少し遅れて各所からも歌スキルの使い手達の歌も聞こえ始めた。他にも広範囲に掛けれる補助魔法が続々と発動していく。

 このまま突進、と云う指示が出たからか四大ギルドも転進。補助を受けたあいつらなら雑魚がまだ隠れていたとしても相手にならないだろうから大丈夫だとして、

「問題はこちらだな」

 キリタニさんがポツリと呟く。

 突っ込んでくるモンスターの大群の多くが正面にいるこっちに来ている。数も当初の想定より多い。更に言うならモンスターの種類が増えている。

「あんな特撮に出てくるようなの貰った事前情報には無かったんだが?」

「クゥ、何事も情報通りとは限らない。僕達に出来る事は事実との齟齬を出来る限り埋める事さ」

 アールが何か最もらしい事を言ってるが要は情報漏れがあったという事だろう。

 敵の一団の中に日曜朝に放送されている特撮モノの怪人みたいのがいる。一体だけレヴィヤタンの城で見たことはあったが、あの時はネームドだと思ってつい一体だけかと思った。

 だが実際はあの人型の虫は新種のモンスターの上位種に当たるようだ。

「あの新種とリーダー格には要注意だな。と言う訳で皆の者、覚悟は出来たか。神に祈ろうと家族を思えど敵は止まってくれないぞ! さあ、共に――」

「全軍突撃」

 ゴールドが恒例の演説をかまそうとしたところでキリタニさんがさっさと命令を出した。本来NPCの命令権は領主の称号を持つゴールドにあるのだが、頭の良いNPCの兵士達は素直に従って動き出す。人もプログラムも誰に従うべきかよく分かる光景だった。

「新種のモンスターの情報を送るよ」

 アールが<情報解析>によって得た情報をこのエリアにいるPL全員と共有する。当然、俺の所にも送られて来たのでウィンドウを開く。

「なー、これどうやって見るんだ?」

 その前に、データの見方が分からなリュナが空気読まずアヤネの袖を引っ張ったので石を投擲してシズネに連れ戻させた。マジで何やってんだこのアホは。

 一瞬で簀巻きにしてやったアホの怒声を無視して送られてきたデータを確認する。人型の昆虫な怪人の名前はアバドン。そして一体だけやや趣の異なるアバドンの名はアバドンジェネラル。やはりネームドだ。

 ウラーッ、て感じで魔王軍がとうとうNPC兵士の眼前に近づく。その直前にPLの魔法や矢が雨霰と降り注いだ。

 流石にPLの一斉射。派手にモンスター達を吹っ飛ばし、青い粒子に変えて行く。タフなモンスターも大きく体力を減らしてそこそこなNPCに蹂躙される。

 もうあいつらだけでいいよな。俺、特に何もしなくてもいいよな。よし、ゆっくり行くか。

「はーなーせーっ! あいつもう先に行ったじゃないかーっ!」

 足元で簀巻きにしたリュナが喚く。

 気が付けばモモを初めとしたPL達も向こうに行ってしまった。後衛である射手も魔術師も射程距離内に敵を収める為に近づいて俺達に背を向けている。

「よし、逝け」

「おりゃああぁーーーーっ! 行くぞ、ぶくぶくー!」

 リュナは拘束が解かれた途端にスライムを伴って全速力で鉄火場に飛び込んで行った。

 何て愉快な脳みそを持った奴なのだろう。

「それでクゥ様、我々はいかがしましょうか? ボイコットしますか?」

「いや、さすがにここまで来ておいて帰るのもな。せめて城見物でもしよう」

 しょぼい建造物だけどな。

 四大ギルドが出張ってる中、俺一人がしゃしゃり出たところでたかが知れている。モンスターに絡まれるのも嫌だからな。


 なんて思っていたせいか盛大に戦う羽目になった。

「危ねえ!」

 側頭部のすぐ傍を風切る蹴りが通り過ぎる。ギリギリのところで避けた瞬間に右手の片手剣で脇を切ってやり、そのまま後ろに回り込んで左の剣で背中を叩き切る。

 バッタの怪人は痛みを感じる素振りも見せずにこっちに振り返りながら裏拳を放ってきた。そこにシズネが飛び込んで来て怪人の脇腹に槍を突き刺す。

 それがトドメとなってモンスターは、アバドンの体力がゼロに到達し青い粒子となって消えて行く。

「大丈夫ですか、クゥ様?」

「一応な。クソッ、乱戦状態じゃねえか」

 悪態を付きながら回復魔法で体力を回復させる。

 余裕を持って歩き、最初は魔法や弓でチマチマやっていたのだが、いつの間にか前線近くで戦う羽目になっていた。

 既知であったフィールドモンスターや城内のモンスターは問題なかった。けれど障害になったのはやはり未知のモンスターであるアバドンだ。

 こいつら、基礎ステータスはそこそこな癖にやたらと攻撃が的確で雑魚を囮や壁として利用までする。

 レヴィヤタンのようにPLを学習でもしているのかも知れない。

「おい、アール。今どんな状況だ?」

 周囲で戦闘が蹴り広げられているのを他所にアールにボイスチャットを繋げる。雑魚はシズネに露払いさせているし、アバドンでもまた来ない限り話す余裕はある。

 戦況はここからでは人やモンスターが密集しているせいでどんな具合か分からない。

『四大ギルドはもう魔王城近くまで進行してる』

 アールが言うと同時に城のある方角に巨大な火柱が昇った。

「派手にやってるな」

 あれは確かハルカの何ちゃら・改。火属性の現最上位魔法を改造したものだ。

『足止め、と言う点では成功している』

 そういう――だけど、と続きそうな言い方は止めろ。

『だけど…………』

「マジで言いやがった」

『意味が分からないけどとにかく無視して言うよ。逆にこっちが危ないかも』

「そうか?」

 四方から進行している四大ギルド。その内約は左から順に<オリンポス騎士団>、<ユンクティオ>とその他有志(アヤネのファンだけどシズネに叩き返された連中)、<イルミナート>とその傘下の戦闘系ギルド、<鈴蘭の草原>と少数精鋭なギルドやソロPL達。

 確かに囮役のこっちは向こうと比べて明らかに見劣りする。だが、こっちには対サイバーテロ課をはじめ荒事が本職の連中がいる。リアルチートのタムラさんだっている。あの人さっき馬で突っ込んでモンスターの群れを分断して普通に帰ってきてたし。

『嫌な予感がする。というかさ、あの上位種なんだけど』

 そういえば、そういうのも居たなと軽く周囲を見渡す。するとそいつはすぐに見つかった。戦線が入り乱れる場所から後ろに離れた場所にデカい槍を肩に担いだまま立っていた。

 やはり指揮官に当たるらしく一歩引いた距離から戦線を伺っている。

『彼は何を待っているんだ?』

 そんな意味深な事言われても知るか。俺に言わずノリを合わせてくれる奴か、真面目に考察してくれる奴に言えよ。

「クゥ様」

「んー?」

「アール様とお話中大変申し訳ないのですが、今すぐにでもお伝えしたい事があるのです。報告してもよろしいでしょうか?」

「何だそのやけに迂遠とした言い方。で、何だよ?」

「地面が振動しています」

「………………」

 シズネに言われて気づいたが、確かに地面の細かい砂が振動している。あと、<気配察知>がレッドアラートを鳴らし始めた。…………うん。

「そう云う事は早く言え! 全員、下がれェ!」

 ボイスチャットを起動して全体に聞こえるよう叫ぶ。

 直後、足下の砂が沈んだ。俺の足が砂の中に沈んだのではなく、足場となる砂が沈んだのだ。

 剣を捨てて隣にいたシズネを引き寄せ、踏ん張る。支えとして武器を突き刺そうとしても地面は砂。しかも広範囲に渡って地面が沈んでいく。

 地面がすり鉢状に沈んで、その中央に中途半端に成虫へと変態したクワガタっぽい虫型の大型モンスターが顔を出した。

『アリジゴク!?』

『アリジゴクってクワガタだったっけ!?』

『アリジゴクは幼虫だろ! それに成虫はカゲロウだ!』

 そんな虫知識どうでもいいから。

 俺以外にも沈んだ地面に足を取られたPLは何人かいるが、転ばず何とか踏み止まっている。それでも少しずつ下に落ちているが。

 パラメータが足りてないNPCはそのまま滑り落ちたり転がりながらクワガタモドキの口の中に吸い込まれていった。

 そして悲鳴と鎧を噛み砕く音がモンスターの口の中から聞こえてくる。

「――誰か助けてーーっ!!」

 NPCの最後を見届けたPLの悲痛な叫びが響き渡った。

『喚いてないで撃て!』

 遠距離攻撃の手段を持つPL達がクワガタモドキに対して一斉に弓スキルや魔法による攻撃を行う。俺も弓矢を取り出して射かける。

 チビチビと攻撃されて体力を減少させて行くモンスターの顎が突如開いて中の小さな口が細かな振動を発し始めた。あー、嫌な予感がする。

 つうか、何でこっち見る。あっち向けよ。槍とかまだ投げてないぞ俺は。

 悪態を思い浮かべながら咄嗟にシズネを押し倒すようにして横に転がる。

 直後、真横を振動する風が通り過ぎて地面に直線を描いた。多分、超音波メスとかそういう攻撃だ。

「当たったらどうしてくれる!」

 アイテムボックスから爆発薬を取り出す。勿体無いが、このまま行っても奴に食われてしまう。NPCの二の舞は御免だ。

 俺は二つの爆発薬をクワガタモドキ目掛けて投げる。ゴールドの工房が実験を重ねて改良された、グレート(レシピに記載された正式名称には確かに『G』の文字はあったが、グレートじゃなくてゴールドの『G』だった)と頭に付きそうな爆発薬はクワガタモドキに当たった瞬間に大爆発を起こす。

 それでもまだ倒れないモンスターに、腕の中のシズネが手をモンスターに向けながら腕を変形させる。

 超音波メスから避ける為、傾斜に横になったせいで滑り落ちるスピードが上がっている。その分、十分な射程距離となっていた。

「ところでクゥ様」

「何だよ。というかとっとと撃てよ!」

「そこは腰ではなく胸です。手の位置を移動させないと掲示板にて拡散させますよ」

「ああ、薄いからてっき――ブッ!?」

 薄いメイドロボが肘打ちと同時に腕キャノンをぶっ放した。

 砲から発射された爆発エネルギークワガタモドキを粉砕。体力がゼロとなって消滅エフェクトを残しながら消えていく。

 肘打ちを喰らった顎は兎も角、これで食われる心配は無くなった。

「あ?」

 安心したのも束の間、いきなり浮遊感に包まれる。

 下を見下ろすとすり鉢状になっていた地面が今度こそ完全に穴となって、底の見えない暗闇の口を開いていた。

「おいおい…………」

 何も捕まる物がなく、俺達はそのまま落下した。

『クゥがまた落ちていったぞ!』

『ほっとけ。何時もの事だろ。それよりも誰かミーシャの心配してやれよ』

『皆、急いで着地準備をしろ! 落下ダメージで死ぬぞ!』

『またですか? また落ちるんですかーっ!?』

『ああ。この浮遊感、懐かしいです』

『落ちながら歌うとか、もうさすがですね』

 途中、悲鳴に混じってボイスチャットが喧しく(一部真面目)聞こえてきた。



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