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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第十章
93/122

10-1


 ◆


 多くの柱が床から見上げるほど高い天井へと伸び、入口となる巨大な門以外の壁が無く外に広がる広大な砂漠を一望できる広間の中で一人の男が瞼を閉じて座っていた。

 彼は最初の四人の一人、八つの扉の一つ、風の魔王ベルフェゴール。

「ああ、直接見てきた」

 瞳を閉じたままのベルフェゴールが独り言のように呟いて、時折眉を顰めたりと独りでここにいない誰かに対し反応を見せていた。

「まあ、納得は出来る願いだった。一人、決め切れず無様を晒しているがな。俺か? 俺はそうだな…………」

 魔王は目を薄っすらと開けると砂漠の世界に目を向ける。いや、正確に言うならば砂漠の上の空を、遮蔽物一つなく自由に吹き荒ぶ風を見ていた。

 時折、風の音に混じって笛の音が聞こえてきていた。

「……切るぞ。答えを聞かずともいずれ見せてやる。いや、聞こえてくるだろうよ」

 言って、ベルフェゴールは玉座に座り直す。

「それでお前の方はどうするんだ?」

 瞳を開けたベルフェゴールが見る先には柱の一本があり、その影に人型の虫の怪物が立っていた。

「まあ、何にせよ好きにすればいい。誰も彼も、思うがままに過ごせ。箱庭(ここ)はそういう所だ」

 言葉を返す事もなく、人型の虫は柱から背を離して去って行く。ベルフェゴールもそれを気にした風もなく視線を外に広がる砂漠に向けた。

 強い風が流れていた。


 ◆




「いいか? もう一度言うからよく聞けよアホ」

 何でこんな事やってんだろ? 俺は。

 記念すべき第四回魔王討伐作戦、前半戦のラストとなる戦いが行われようとしている時に俺はと言えばアホの相手をする羽目になっている。

馬鹿(ゴールド)の兵隊まず突入して道を作る。その後に俺達が侵入して適当にモンスターを倒してボスが倒されるまで城内を掻き回す。分かったな?」

「ブッ飛ばせばいいんだな」

「違ぇよ」

 アホもといリュナの頭を叩く。

 風の魔王ベルフェゴールを倒すべく、PL達はゴールドが用意した馬車に乗って移動中だ。時折フィールドモンスター襲ってくるが、これだけがいれば障害にならない。

 そんな事よりも問題はこいつだ。リュナは結局ボス攻略組に参加してきた。それは別にいいのだが、如何せんこいつは放っておくと敵に向かって突進しかしない。それで死ぬなら勝手だが、角や尻尾がデフォで生えてる事もあって既にキャラクターが知れ渡りアホでも可愛いから許すとか云う風潮が非当事者らに広まって、下手に見捨てると悪い風聞が立つ。

 だからって何故俺に世話係が回ってくるのか。悪い噂が立つのはゴールド達であって俺では無い。

 それなのに何故俺が。何度だって嘆いてやる。クソが。

「いきなりぶつなーっ!」

「煩い。あっ、そうだ。お前あれだ。競争だ」

「ほぁ?」

 アホ面のリュナを言う事利かせるべく名案が浮かんだ。

「この後、スタートの合図を出す。そうしたら、モモを追え」

「あいつを?」

 眉間に皺寄せて、リュナはモモが乗る馬車を睨みつける。すると視線か敵意に気づいたのか偶然モモが顔を出し、愛想の悪い顔をより愛想悪くして睨み返す。

 どういう訳かこの二人相性が悪い。体型的に同族嫌悪でもしているのか。ヘキサも混ぜてやれよ。

「そしてモモよりも多くのモンスターを倒す。な? 競争だろ」

「競争!」

「どっちが上か分からせてやれ」

「任せろーっ!」

 リュナは殺る気満々だ。それに呼応するように馬車の三分の二を占めるスライムが小刻みに震えた。ゴールドの工房の変態共から魔改造を受けたスライムはここまで育った挙句に不細工ながら見た目が竜っぽい何かになっていた。

 お陰で狭い馬車内が更に狭くなって鬱陶しいが、何にせよこれでリュナの操縦はいいだろう。始まった後の事は知らん。モモが何とかしてくれる。きっとそうだ。あのマセガキはしっかりしているからな。うん。

「子供に責任を押し付けるとは、人として情けないとは思わないのですか?」

「いいからお前は壁になってろ」

 狭い馬車内でシズネが俺の盾となってスライムを遮っている。スライムの粘度が高ければエロい光景になっていただろうが、生憎リュナのスライムは水風船みたいな弾力なので目の保養にはならない。

『えー、まもなく、魔王城、魔王城。馬車が止まります。PLの皆さんは所定の位置にお並びください』

 電車の車内放送みたいな口調で全体ボイスチャットが聞こえた。

 それを合図として先頭から馬車が止まり始める。

 そしてPL達が続々と降りてギルド別、パーティ別に集まり移動し始める。馬車に詰め込んだ消費アイテムの山はNPCが運んでくれる手筈になっている。

 前回と違って水路が無い為に船による大量の輸送は出来ないので大切にしなければならないだろう。

「俺達も行くぞ」

 シズネとリュナ、ついでにスライムを伴って俺も移動する。<鈴蘭の草原>のギルドがいる場所に向かって。

 馬車の間を通り、PLの集団を避けて先頭集団の所に行くと主力ギルドの一軍メンバーが集まっていた。そして全員がある一点に視線を向けている。

 西のフィールドは砂漠地帯で、ダンジョンは地下迷宮しかなくフィールド全体が巨大なダンジョンとも言える。そんな砂漠の奥に立つ小さな石造りの城。それがベルフェゴールの住処だ。

 俺はアスモデウスとレヴィヤタンの城を見てきた。その豪華さ、絢爛さ、規模をこの目で見た。それらと比べるとショボい。何ともショボい。

 火の魔王は知らんが他の魔王の城と比べると、月とスッポン。城と家。何十の階層を持つ高層ビルと五階建てのテナントビル。そのぐらい差があった。

 この差は何なのだろう。ベルフェゴールだけハブられているのか。仲間外れにされているのか? 可哀想に。万が一会ったら後ろ指指してやろう。

 まあ、そういうのは冗談としてもやはり他の魔王と比べるとスケールが小さい。ピラミッドの上に神殿を置いたような造形がもう少しデカければ威厳はあっただろう。城壁も無いので攻めやすい。

 ――が、今までの経験から言って明らかに誘われている。と言うか普通に罠だからな、これ。

 西方まるごと一つのダンジョンとすれば、ボスのいるあの城の見えるこの位置が最奥部の入口になるだろう。

 ボス攻略に向けて、情報収集は当たり前だ。だから事前に城のマップ開拓やボスの攻撃パターン、ポップするザコモンスター、中ボスの情報を集めようとした。

 だが、そう簡単に行かず、俺達は結局情報不足のまま挑む事になってしまった。

 その原因がフィールドを闊歩するモンスターだ。障害物ない上に視認タイプのモンスターが陸にも空にもいて、呑気に歩いていると一気に集って来る。ステルス出来る魔法や<隠密>のスキルで姿消しても地面から音で顔を出してくる大型モンスターの砂虫(サンドワーム)、臭いで集まってくる虫型モンスターとか非常にウザい。

 タカネ達に連れられてもっと浅い場所で熟練度稼ぎやってた時、本当にしんどかった。エイム高い奴しか居座らん訳だ。

 モンスターの警戒度は砂漠の奥、つまり魔王城に近づくにつれて数を増やし強くなっていく。

 砂漠自体が魔王のダンジョンと言ってもよかった。

 当然、決して通り抜けれないと言う訳でなく、パーティ単位で何度も小型ピラミッドまで近づいたPL達(と言うかタカネ達がそれだ)はいた。けれども帰りの為の余力を考えればそう長居は出来ずに持ち帰れた情報は少なくなってしまった。ああ、因みに俺は参加していない。明らかに難易度高いし――お前連れてくと絶対バレる、とか言われた。付き合い長いだけある。

 まあ、そういう訳で俺達はまだ安全な場所に荷物を下ろして待機しているのである。

 今回はまずゴールドのNPC兵士を前進させてモンスターが群がって来たら、四方から<鈴蘭の草原><ユンクティオ><オリンポス騎士団><イルミナート>を中心とした有力ギルドが魔王城に向かって攻め入る。後は臨機応変(好き勝手)に出たとこ勝負と云う作戦(考えなし)だ。

 別にもうちょっと時間かけて準備してもいいだろうが、アールの話によれば少しでも早く脱出したいPL達にせっつかれたり、一部のPLそっくりのNPCの動きが不穏だかららしい。

 ――何でNPCの動きが不穏って分かるんだよ、と聞き返したらスパイ云々裏切り者云々と聞きたくないこと喋り出した。それ以上聞かせんな。巻き込むな。

 実際、またNPC天使どもが横槍を入れて来ないとも限らないのだから、向こうが堕天使(プリムラ)に気を取られている内にこっちで済ませてしまう方がややこしくなくていい。

 何にしても今回も今までと同様に一筋縄では行かないのは確実だ。

 砂丘の上で、小隊ごとに付かず離れずの距離を取って並び始めるNPC達。前の方では既に接近して来るモンスター達がいる。

「この様子だと、我々も早く配置に付いた方が良さそうだな」

 レーヴェが言う通り、今はまだはぐれていたモンスターしか集まっていないが、戦闘音で砂虫が集まって来るかもしれない。その前にとっとと始めた方がいいだろう。

 俺がそう考えるよりも早く連中は行動を開始していた。

 <オリンポス騎士団>と<イルミナート>がそれぞれ左右に移動し、<鈴蘭の草原>と<ユンクティオ>も手前側に移動する。

 陣形の名称なんて知らないが、NPCの軍隊が長方形に前に出て、有力ギルドが弧を描いて配置する手筈になっている。

「クゥ、大人しくしろなんて言わないけど自重するのよ」

 去り際、タカネがそんな事言ってきた。お前は俺の母親か。

 残ったPL達もNPCの後ろに移動を開始する。二軍クラスは盾となるNPCを援護しつつ遠距離攻撃する事になっている。後は大型モンスターの駆除。

 キリタニさんらと俺みたいなほどほどの連中がそうやって中央を地味に進む限り盾(NPC)の全滅は無いだろうが常にモンスターに襲われる危険性がある。まあ、魔王に挑むとどっこいだと思う。質と数の違いだ。

 アヤネはここ、中央担当だ。歌スキルの範囲は広いので魔王城のあるこのブロック全体に届く。それに四方に散るPLの中にも熟練度ではアヤネに及ばないものの歌スキルの使い手がいる。これで漏れなく全PLが補助効果を得られるという訳だ。

 あー、とっとと終わらせて次行きたい。不可視の壁のせいで向こう側に行けないんだよ。

「なー、まだなのかー?」

「もう少し待てよ。移動している連中終わるまでじっとしてろよ」

 焦れ始めたリュナを黙らせた時、魔王城に動きがあった。

 台形型の建物の入口から煙のようなものが溢れ出した。いや、煙じゃない。<鷹目>で見ればそれは虫の大群だと分かる。それだけでなく、建物の足元の地面から砂虫や虫型モンスターが次々と飛び出して来る。

 更に魔王城から出てきた虫の大群に遅れて、更に人型の虫までぞろぞろと姿を現す。

 そしてその中に一体だけ様相に違いがあり、槍を手にした明らかに特別な個体がいた。そいつはレヴィヤタン戦の時に天使と戦っていたネームドだった。

 気のせいか、距離を隔ているにも関わらずその虫の怪人と目が合った気がした。

 

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