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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第九章
92/122

9-7


 会議が終わった後、俺は城館の屋根の上に登って一人寝転がる。腹の上にはそこらで拾った猫がまさに借りてきた猫のように大人しく丸まっている。仰向けの姿勢から見える星空は濁った空気の現実世界では比較にならないほどの煌めきを有し、天蓋に浮かぶ月は大きく淡い青の色を放っていた。

 街のNPCとの会話の中には星の話もあり、星座まで教えてくれる。わざわざ星座まで設定するとは、凝り性と言うべきか暇人と言うか。

「あー、落ちてこないかな」

 隕石が降ってくるように、あの美しい星々が落ちてこないものか。

 最近、明らかにフラストレーションが溜まっている。だいたいのフィールドを歩き回り、観光名称(ダンジョン)を見て回った。隠しダンジョンでも見つからない限りは外に出る理由がない。理由なくても放浪すればいいが、流石に同じ光景ばかり目にすると飽きる。

 だいたい何で俺がボス攻略に参加しないといけないのか。いや、別に協力するのは吝かじゃ無い。結果論から言えば良い思いをしたこともある。それに連中倒さないと見えない壁に阻まれた向こう側のフィールド行けないんだよ。

「面倒だ」

 燻した鳥肉をアイテムボックスから取り出して齧る。この塩っ気が堪らん。腹の上にいる猫にも食わせようと差し出してみるが無視された。

 ボス攻略は別に良いんだが、その為の会議が面倒過ぎる。そんな軍隊みたいな部隊展開の説明はいらない。一般ピーポーにも分かりやすいよう噛み砕いてくれるが、チームワークが苦手な身には苦痛を通り越して場違い感が凄い。他にも今日みたいな報告会議にも出席させられるし。マステマの手下がネチネチ要らん情報寄越して来るし。

 最初俺を巻き込む為かと思ったが、向こうにメリットがあんまり無い。そこで俺は気付いた。勉強を嫌がる小学生に無理矢理塾へ通わせる親のようなこの構いっぷりは暗に――余計な事すんな、と言っているのだと。レーヴェは何かもっとやれみたいな感じだったけど。あのアゲアゲ系ドイツ人は人生楽しそうで結構なことだな。

 まあ、そんな面倒な事と知り合いに含み笑いが積み重なってストレスが溜まる。今ここには多くのPLがいるせいか、アマリアの所にも生き辛い。

 こう、何というか、バァーーッンって感じで駆け出したい衝動に駆られる。

 タカネが言ったように堪えが利かなくなってるのはまことに遺憾ながら正しい。俺もなんだかんだ言ってこの世界の解放感というものの影響を受けているのだろう。

 いっそ、マステマの所に強襲でもしてみるか? さっきから使い魔の監視があるわけで、それを理由にして…………。

 なんて考えていると、〈気配察知〉に反応があった。そして下から足音が聞こえ、こっちに登ってくる音が続いて聞こえてきた。

 猫型の使い魔の首を掴んで音のする方向とは反対側に放り捨てる。猫の口から怨嗟の声が聞こえた気もしないでもないが、無視。

 少し間を置いて屋根の縁からアヤネが顔を覗かせた。梯子も使わず素手で登って来たようだ。まあ、それぐらいこの城にいるPLなら誰でもできるけど。

「お一人ですか?」

「見ての通りお一人様だ」

 もしかしたら俺以外にも何かがいたのに気付いていた故の質問だったのかも知れないが、アヤネは特に聞き返す事もせず――お邪魔します、と断りを入れて俺の隣に移動する。

 横になっている俺の頭側に座ったアヤネはその際にスカートを丁寧に折りながらスカートの中が見えないように腰を下ろした。中を気にするなら登りの時はどうしたのかと気になったが藪蛇になりそうなので聞かない。

 アヤネの格好は……何だこれ。何て名称だ? 服の名前なんてさっぱりなのに女用のパジャマなんて更に知らないが、兎も角あれだ。袖のあるワンピースみたいなパジャマをアヤネは着ていた。

 デザインも生地の良し悪しも分からないが、アヤネが着ているとお嬢様って感じがする。タカネだと背も胸もデカイから似合わない。あいつの寝間着は一般家庭にありがちな上下分かれた一式でスカートじゃなくてパンツだ。それなのにエロい。何故だ。

「半分は同じなのにな」

 可愛げと艶がどうしてここまで分離した? 母親の違いか? 確かにミエさんは家庭的な母性の中に妖艶さも持つ贅沢な存在だが。

「あの、何か?」

「別に」

 胸のデカさは遺伝とか関係無いらしいが、実際はどうなのだろうか。

「…………」

「いや、お前さ、見られてるの分かってんなら隠すそぶりぐらいしろよ」

文句も言わず、軽く身じろぎするだけとか。赤くなるぐらいならボロクソ言われた方が男としても楽なんだが?

「クゥさん、意外とそういうところあるから」

「そういうところって、どういうところだよ」

「抑えが利かなくなると遠慮がなくなります」

「…………」

 下着見える云々よりもこっちの方が藪蛇だったか。会話って難しいな。

「私は平気です」

「…………」

 そうやって人が口に出していないのに心を見透かしたように言うのは止めて欲しい。しかも心当たりあるものの言葉単独で見れば不明瞭。自覚ある奴にしか通じないと分かってて言っているあたりが特に心臓に悪い。俺の勘違いだったら恥ずかしいじゃん。

 こういう処がタカネとそっくりだ。

「そういや、さっき拾って来たリュナの悲鳴が聞こえて来たんだが、何があったんだ?」

 だから、という訳でもないが俺は全く関係無い事を話題に出す。

「モモさんの大虎とリュナさんのスライムバトルしている最中にミーシャさんが通り掛かって、そこから大騒ぎになりました」

 ミーシャと言うだけで展開が読めた。

「リュナさんが悲鳴を上げたのはエリザさんに身代わりにされた時だと思います」

 あいつ、本当に逞しくなったな。

「で、お持ち帰りされたと?」

 だったら〈ユンクティオ〉の男衆が違う意味で黙っていないもんだが、城館の中は今のところ静かだ。男衆の頭の中が桃色になった時は女衆が視線による氷の矢を投げて、それで止まらなければ物理でストップかけられるのがあのギルドのパターンだ。今は他のギルドもいるから大人しくしている――という世間体はあいつらに無いので、騒ぎが起こっていないと云う事はリュナは逃げ切ったか。

「クゥさん、意地悪です」

 助けに行かない事か、それとも答えが分かってて聞く事か。

「さっきの会議で…………プリムラさんの事ですけど」

「話が飛ぶな」

「クゥさんに合わせてみました」

 お前も言うようになったな。

悪戯っぽく笑った後、アヤネが言葉を続ける。

「彼女はベルフェゴールの城に現れるでしょうか?」

「来るだろ。何かすっげぇはっちゃけてるし」

 人伝に聞いた情報ではあの堕天使はPLを頻繁に襲っているらしい。突然空から現れては攻撃を仕掛け、PLが瀕死になるとトドメを刺さずに去っていく。何がしたいのか。

「他人にも実感して欲しいと思ってるんじゃないでしょうか? 生きている事を」

「確かに死にかけて生き延びれば生の実感得られるけどよ」

 死んだら意味が無い。人知れず死んで目撃情報もへったくれも無い場合だってあった筈だ。あの会議ではその辺り濁されていたが。

 まったく、どうしてユイからあんなのに成ったのか。……俺のせいじゃないぞ。元々そっちの気があいつにはあったんだよ、多分。

「一応聞くけど、プリムラが現れた場合お前はどうする?」

「邪魔しないよう頼んでみます」

「それでも止まらなかったら」

「どかします」

「そんな物をどかすみたいな言い方されてもな」

「戦います」

「言い直されてもな」

 しかもこの歌姫、言葉通り本当に実行するからな。

「そう言えば昔、お前俺に二度助けられたって言ってなかったか?」

 確かエノクオンラインに閉じ込められて間もない頃に発足された、今の〈ユンクティオ〉の前身とも言える調査隊と行動を共にしていた時だ。こう昔を振り返ると長いこと閉じ込められているんだと感慨深いが今は関係ない。

 ともかく、アヤネは飯を作りながらそんな事を言った筈だ。

「クゥさんには沢山助けられています」

「それは無いな。そんな助けられるほど弱くないだろ」

 そう、小さい身体に蝶よ花よと育てられていそうな可憐な外見に反してこいつは強い。

 弱くないという俺の言葉にアヤネははにかんで笑う。

 我慢で震える手を誤魔化すように俺は残っていた干し肉を齧る。

「俺が覚えている限りお前を助けたのは初めて会った時の一度切りだ。男に犯されそうになってた時のな」

 アヤネの顔に陰りが見えた。当時の事を思い出し恐怖しているのでは無い。別の何かに関して杞憂、恐れているような感じだ。

「もう一度聞くぞ。あの時何度助けられたと言った?」

「…………」

 アヤネは口を開こうとして閉じ、視線を彷徨わせる。言うか言うまいか、言ってしまっても大丈夫なのか、大きく悩んでいるようだった。

「もう、いい」

 長い沈黙があった後、俺は小さく声を漏らしたアヤネの声を遮る。

「もう休め」

 俺は立ち上がる。アヤネは安心したような悔やむような、そんな複雑な顔をしている。美人って云うのはこういう時でも絵に成るから特だよな。男だったら人に見せられないって云うのに。

 俺は後ろ髪を引かれる事も無く、屋根の上から飛び降りる。

 落下地点にスライムがいた。

「あーっ! ぶくぶくが!」

「………………」

 アホの悲鳴を聞きつつ、とてもクリアな水色の液体の中から俺は這い出る。

 中庭にはアホ以外にも複数のPLがいて、魔女の釜と言う表現が似合う大釜で虹色の何かを煮ていたりゲテモノ生物を解体していた。明かり確保の為の松明から照らされる炎の揺らめきが演出となって不気味さを助長させているが、そんな事はどうでもいい。

「ぶくぶくがようやく竜になれそうだったのに邪魔するなー!」

 どうやら、アホはヘキサから貰った使い魔枠のスライムに竜の姿を取らせようとしているらしい。後ろにいる連中はそれを面白がって、色々とプログラム(ウィルス)を仕込んだペット用のエサを作っているようだ。だが、そんな事はいい。スライムの名もぶくぶくと云うらしいがそんな事は――

「こらぁ、聞いてんのかコノヤわぁーーーーっ!?」

 何もかもがどうでもいいので取り敢えず怒りに任せて無言でアホもといリュナをスライム目掛けて投げつける。

「何すんだーっ!!」

 直ぐに這い出て来て殴り掛かって来たので蹴り飛ばしてスライムにゴールする。そのまま溺死させる勢いでスライムに押し付ける。べちゃべちゃと音を立ててスライム揺れて形が崩れてゆくも必死に維持しようともがく。それが更に周囲に粘液を飛ばす事になった。

「こいつ、ヤル気だな! この間の借りをここで返してやるぞー!」

 意外でも何でも無いが泳ぎの上手かったリュナが揺れるスライムの中を器用に泳いで俺の手から逃れて逆に殴りかかってきた。

「うっせぇぞクソガキ! 毎回邪魔しやがってこの疫病神が。空気読めやアホゥ!」

「神!?」

「そこだけに反応して目を輝かすな!」

 本気で頭が悪いぞこいつ。

「バーベキューしてるって聞いて来たんだがゲテモノ料理大会だった」

「幼女愛くるしい生物と戯れていると聞いてカメラ持ってきました」

「スライムなんちゃらが起きてると聞いて!」

「逃がした美少女のリュナちゃんと戯れるだって!?」

 しかも次々と頭が(くる)った奴らまで伝言ゲームみたいな勘違いをしたままやってきた。

「あっ、クゥがロリを襲ってるぞ!」

「助けるぞ! そしてフラグをゲットだ!」

「男引っ込んでろ。美少女オレのもんだーっ!」

「誰かミサトさん呼んで来い! ミーシャが暴れだしたぞ!」

 …………もう帰って寝よ。





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