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「レアイベントか何かで手に入れた、と考えるのが妥当かな」
「どこで何があるか分からないのが此処だからな。まだ知られてないスキルやアイテムはあるだろう」
一仕事終えてようやくダラダラ出来ると思ったら、リュナはアホな上にレアがつくPLだった。
PC作成時に先祖を決める項目がある。ろくな検証はされていないが、固有のスキルだけでなく熟練度の伸びの違いに影響しているのではという説がある。元々個人の資質で差が出るVRなので実際のところは不明だ。仮にそうだとしても微々たるものだろう。選んだ先祖での違いと言えば、専用クエストが幾つかあるということだ。
少し脱線したが、リュナのステータスにその先祖の項目が無かった。代わりに、種族が設定されていた。
〈竜人〉。まんまだな、オイ。
変身系のスキルを使っていないのに角や尻尾が生えたままなのはこれのせい。腕が変態したのも種族専用のスキルっぽい。
ちなみにどこで手に入れたのか問い質してみたものの要領を得ない。まるで幼児を相手しているようで、純粋に保育士と云う職を尊敬してしまった。
「彼女は一旦バーバラさんに預けるよ。年齢が不明だし、暫く様子見って事で」
ガキガキ言ってたらワタシは大人だと反論してきた時点でガキなのは確定だが、実際問題女の年齢は見た目で分からない。女の魅力最盛期のまま止まっているような子持ちもいれば、二十年以上指名手配されているアイドルのような容貌をしたテロ屋もいる。
「癇癪起こして暴れるかもしれないぞ?」
「街中は攻撃禁止エリアだし、彼女がやったのは悪戯の範囲に収まるから。魔眼に関してはクゥが手を打ってくれたみたいだし」
どうやって<魅了の魔眼>を制限したのか聞かれなかったあたり、こいつには色々とバレている。むしろ情報収集用クリスタルを持ち歩いてるのに気づかれていない方がおかしいか。マステマもそれ見て笑い出した事あったし。
「ところで、あれは何やってるんだ?」
「僕に聞かれてもね。こっちが聞きたいよ」
ラシエムの街の中央区の中で角の方に位置する広場。そこはゴールドが庇護するPLが住まう住宅街のような場所の中心で、得体の知れない発明品が生まれる工房と違い手堅く量産出来る消費アイテムや工房で使われる素材アイテムが生産される工場地帯である。そして、バーバラさんの保護院もここにある。
そんな広場の端っこに据えられたベンチに俺達は座って、掴み合いの喧嘩になっているモモとリュナを傍観していた。
何で喧嘩しているのか? 俺が知るわけない。ただ、一部始終を語るなら――
リュナがモモにガンくれる→モモが無表情でリュナの頬を引っ叩く→仕返しにリュナの尻尾ビンタ→頬を赤くした両者睨み合い→合図無しで同時にお互い跳びかかる
――という流れだった。何がしたいんだお前ら。
「止めなくても?」
ベンチの後ろに立つシズネが聞いてくるが、止める気なんて全くない。組み合って激しい攻防を繰り広げてはいるが攻撃禁止エリアの街中では怪我なんてしない。それに止めるなら周りが既に止めている。
野良猫同士の縄張り争いみたいに成長期特有の高い声で騒ぐ二人に気付いてPLやNPCがこっちを見てくるが、俺達だと分かると何故か妙に納得して戻っていく。モモのペットである大虎も一度顔を向けただけで、広場の日向のあるところで寝そべって日光浴している始末だ。
そんな感じで見世物ににならない見世物を傍観している時だ。日が沈み始め、空が黄昏に染まる時刻。保護院のある教会似の建物から初老の女性PLが歩いてきた。
夕日をバックに足下から長く濃い影を伸ばすその光景は異常な程迫力があり、思わず固唾を飲んで彼女の行動を見守ってしまう。
初老の女性、バーバラさんは喧嘩真っ最中の二人の傍まで行くと、丁度互いに突進しようとしていた二人の後ろ襟首を掴んで持ち上げた。
「喧嘩は夕飯が終わった後になさい。元気が有り余っているようなので、貴女達二人は夕食作りを手伝いなさい」
そしてそのまま猫を運ぶように二人を持って行く。モモは大人しくしているが、リュナは羽を掴まれたトンボみたいに手足をジタバタして抵抗する。
「はなせーっ! 何だおまえ! ワタシは物じゃないんだぞこらーっ!」
「モモさんは具材を切ってください。リュナさんは練物を。今夜は鍋料理です。分からない事があれば鍋奉行のタムラさんに聞いてください」
が、それを無視してバーバラさんは保護院に戻って行く。その途中で一度立ち止まってこちらに振り向いた。
「貴方達はどうしますか?」
「僕達は先約があるのでお構いなく」
「そうですか」
バーバラさんは再び歩き出す。子供二人を持ち上げ、大虎がその後ろを追う姿は何ともシュールというか、魔女?
「つうか俺達に予定なんてあったか?」
アールはともかく俺は今日はもうアマリアの所に行って翌朝には〈鈴蘭の草原〉のギルドホームに戻ろうと思っていたんだが。
「これから会議だからだよ」
「はあ?」
言われてふと気付く。道行くPL達の雰囲気が違う。具体的に言うと北方に活動するPL達ではなく、余所者という事だ。
というか、向こうに見えるのって〈オリンポス騎士団〉の連中だし。この分だと〈イルミナート〉もいるな。
……あー、なんか間抜けヅラした男連中に囲まれてチヤホヤされながら歩いているのはセティスか。あいつまだ姫プレイしてたのか。半ば惰性だろ。
「……じゃあな」
「クゥ様、タカネ様からメールが届いております。今からこちらに合流するそうですので動くな、と云う事です」
ベンチから立ち上がったところでいきなり出鼻を挫かれた。
「どうしてどいつもこいつも俺にメールしてこない?」
「もう皆君の性格見抜いてるんだよ」
会議は立食パーティー形式だった。何でだよ。
「どうぞ」
「……なあ、聞いていいか?」
給仕係をしている他所様のメイドロボからワインを受け取りつつ聞く。ちなみにウチのメイドロボは厨房の方に放り込んでおいた。今頃人様の台所を我が物顔で使う暴君にNPCの料理人達は地獄を見ているだろう。
「何でしょうか?」
「あいつは何をしているんだ?」
俺の視線の先にはヴェチュスター商会の店員ロボがいる。ここ最近顔を合わせていなかったからすっかり忘れていたが、そういえばあいつはラシエム支店の店長だったな。
だが、街にいるのはともかくとしてボス攻略会議だのゴールドの趣味の立食パーティーだのが開かれている城館に何であいつが我が物顔でいるのだろうか?
「…………」
「……金か」
メイドが顔を逸らした時点で大体察しがついてしまった。
「おやおや、そこにいるのはクゥ様ではありませんか。お久しぶりですね」
俺に気づいた店長ロボがオホホと高笑いしそうなほどの妙なテンションでやってきた。なんともツヤツヤとした顔をして、気持ち悪いぞお前。
「そのドレス似合ってないぞ」
「クゥ様は変わらず同じ服ですね。惚れ惚れするほど田舎臭くて関心します」
失礼な。同じに見えて少しずつ強化してデザインも変更されているというのに。まあ、相手によって装備を変えると云う事をしていないのを揶揄されいるのだろうが。
「もし新調されるのであれば、その時は是非ヴェチュスター商会を。丁度良いのがありますよ」
「嫌だ。お前のトコのシークレットの防具ってRPGのライバルキャラみたいな全身黒づくめな装備だろ」
それがイイ、とかいう奴もいるらしいが少なくとも俺の趣味じゃない。
「そう言わず、なんだかんだ言って好きなんでしょう? 当店でお買い上げになった鎖を使ってご活躍された情報が届いています。鎖とか振り回してヒャッホゥするのが好きなんでしょう? そうなんでしょう?」
こいつウゼェ。
「あの鎖だが、人にやった」
「――は?」
「今頃炉に焼べられて溶けてるんじゃないか?」
「うちの商品に何してくれますの?」
「笑顔で脅してるとこ悪いが、買ったからには俺の物だ。悔しいならもっとまともなの作れ」
「――――――」
これ以上からかうと矢を射かけられる可能性があるので絶句している隙に離れる。魔導人形はギミック満載なので無手でも何をしてくるか分からない。
距離を取った際、〈オリンポス騎士団〉のギルドマスターであるアレスを見つけた。立ち話が終わったらしく、PL達が離れて行くところだった。
丁度良い。今の内に済ませておくか。
「よう」
「お前は…………」
近づき声をかけると、アレスは固い表情をした。あの時の事をまだ根に持っているのか。
こうして顔を合わせるのはアスモデウス攻略の時以来だが、何と言うか僅かに残っていた浮ついた空気が完全に消え、前と比べて精悍な顔つきになっている。
「お前に渡しとこうと思ってたんだがずっと忘れてて、今の内に渡しておく」
言って、俺はウィンドウを空中に開いてギフト機能を呼び出す。熨斗付けて〈オリンポス騎士団〉のギルドホームに配達しても良かったが、アイテムボックスの中に入れたまま忘れていた。街で〈オリンポス騎士団〉の姿を見ていなかったらそのまま忘れていただろう。
「これはっ!?」
目の前に現れた受領確認ウィンドウに書かれた品目を見てアレスが目を見開く。アイテムとしては何度か強化された大型武器:槍でしかない。だが、アレスはこれが優等生の使っていた武器だと覚えていたようだ。
「……いいのか? これはカイトの形見だろ。現実で友人のお前が持っていなくて」
「こんな物たかがデータだ。それに現実でも所詮物だ。どっちにしろ変わらん」
なら、そんな物に意味を見出せる奴が持っていた方がいいだろう。
「何より俺と優等生は友人じゃないから。偶々同じ学校に通っていた赤の他人だ。むしろ仲が悪かった方だ」
俺がそう言うと、アレスは若干顔を顰める。それでも受領確認をしっかり押して槍を受け取った。
「礼は言わないぞ」
――言うつもりだったのか? と思わず口にし掛けたが自重する。これ以上軽口を叩いてもしょうがない。
「ボス攻略の時に活躍してくれればいい。俺が楽できる」
用は済んだ。俺は踵を返してアレスに背を向ける。
背中に注がれる視線を感じつつ、頭を切り替えてそろそろこの立食パーティー(笑)から抜け出すか。いまここにいるPL達はエノクオンライン攻略に欠かせない人材であると共に一癖も二癖もある連中ばかりだ。〈オリンポス騎士団〉は真っ当な人種の真っ当にゲーム攻略を目指す連中で、〈鈴蘭の草原〉は人間辞めてるのが多いものの思想的には普通で真面目にゲーム攻略を目指している側だ。〈ユンクティオ〉も…………まあ変人揃いだが表側だ。
だが、それ以外がきな臭い。というか現実だと生涯関わりが無い筈の日陰の中の住人が闊歩しているので正直距離を取りたい。情報局とか小説や映画の中だけの存在だろ。
サプライズとか言って馬鹿が派手な登場するより前に早々立ち去――
「うなぁぁーーーーっ!」
――ろうとしてどこからか角の生えたガキが現れた。
「ぐおっ!?」
アホが俺の鳩尾に頭突きをかましやがった。攻撃禁止エリアじゃなかったら角で串刺しにされるところだった。
おいコラクソ餓鬼マジで嫁に行けなくしてやるぞ。
「なんだオマエ、いたのか」
後ろ襟を掴んで俺の顔の高さまで持ち上げるてようやくリュナが俺に気付いた。どうやら人の纏う空気を読むことが出来ない奴のようだ。
よし、こいつアマリアのトコに放り込んで淫魔にでも可愛がってもらおう。あいつらどっちもイケるし。
「お前こそ何でここにいる?」
「ここに来たら食べ放題だって聞いた」
「誰から?」
「ネコから」
…………モモか。あのガキめ。後で城館の奴の私室にヘキサ謹製のスライム蒔いてやる。
そんな感じでアホの相手をしていると、紅白張りの演出と衣装でゴールドが登場した。
ふぁっくこのやろうにげおくれた。




