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暗闇に包まれた森のフィールドダンジョン内部を走る。ウワバミの森、なんて名前のついているだけあって蛇型のモンスターが多く、こっちを見つけてくる度に喧嘩を売ってきて鬱陶しい。
俺とシズネはモンスター達を無視し、〈夜目〉と〈鷹目〉を併用して(シズネにそんなスキルは無いが、魔導人形はなんか赤外線っぽい何かが見えるらしいので暗闇でも問題ない)、目標をただ追跡する。
「いい加減止まれー」
我ながらやる気のない声で停止を呼び掛けるがやはり止まらない。
「止まれー。止まらんと――」
「コレですよ?」
シズネが指の間に親指を出し入れし始めたのを無視して木の幹を蹴り、枝に跳び移る。あれ教えたの誰だよ。〈ユンクティオ〉のどいつだ?
俺達が追いかけているのは最近この辺りのフロアを荒らし回っているPLだ。PKは起こしてはいないものの、街やフィールド問わず通りすがりのPLやNPCにカツアゲしたりオブジェを破壊したりと粋がった不良のような問題を頻繁に起こしている。
PKと比べるとマシであるが、あくまでマシというだけで迷惑なのは変わらないし、段々と過激化して第二のヴォルトの街に成らないとも限らない。
本来、犯罪対策はキリタニさんら治安組織の仕事で、出そうな杭を人には言えない方法で秘密裏に封じているのはレーヴェの仕事(別の思惑のついでなのだろうけど)だ。そして身分を偽った情報局とかそいつらと水面下で凌ぎを削るマステマが夜と霧な感じで裏社会的な連中を制御しているからPLによる犯罪行為は大きな問題に発展していない。
ある意味社会の縮図的な有り様を見せている中、どうして一般ピープルである俺がPK予備軍を追っているのか? アールが言うには適材適所なんだと。
キリタニさんらは忙しく、愉快犯相手には優先順位が下がる。レーヴェが出張るには問題の規模が小さ過ぎる。
要は残飯処理のような雑務を押し付けられたのだ。
「いい加減止まれよ!」
苛立ちを発散するように収納ベルトから斧を取り出して投げる。回転する斧はブーメランみたいに曲線を描きながら木々の隙間を抜けて相手に当たった。
「痛っ――へぶ!?」
頭に斧が刺さった目標は当たった拍子にこけて顔面から木の太い幹にタックルをかました。ダメージは斧と顔面強打で大したものでは無いが痛そうだ。
しゃがみ込んで顔を押さえている間に、俺とシズネは追いついて背後に立つ。
「あー、こういう時は何て言えばいいんだ? フリーズ?」
「どうして英語なんですか? いつも通り問答無用で縛りあげればいいのでは?」
その言い方だと誤解を招くから止めろ。
シズネが言うように普段なら面倒だからスキルや魔法を封じる縄で拘束し、木に吊るして放置するか街の牢屋に放り込む。今回の場合は後者だ。
だが、相手が……な。
どうしようか悩んでいると顔を押さえて相手が顔を上げて振り返り、俺を睨んできた。若干涙目で。
「なにすんだ、コノヤロー! 痛かったじゃん!」
「………………はぁ」
俺を見上げながら、キンキンと喧しい高い声でPLが喚き出す。〈竜人の血〉による変身か頭から二本の角が生え、尻から尻尾まで生えている。瞳孔も蛇を思わせる縦の楕円だ。何より小さい。
「子供、ですね」
「ああ、ガキだな」
荒らし回っているPLはモモと身長的に一緒か僅かに小さな少女だった。
「ガキって言うな!」
ガキはそう言って(物理的に)噛み付いてきた。俺は先んじて小型武器:刀剣の短剣を頭に突き刺してやることで噛み付きから逃れる。
「いたぁーーーーっ!?」
竜の角以外に斧と短剣の柄を生やしたガキは面白いぐらいオーバーアクションで叫んだ。何だろう、このアホは。
これで近辺を荒らし回っている不法者(イタズラっ子)として名が通っているあたり、NPC警邏は残念――と思うだろうが残念ながら街のNPCじゃこいつの相手は出来ない。
「こんのヤロー! これでも喰らえ!」
斧と短剣を自力で抜き、対して体力の減っていないガキが俺を睨みつけてくる。アクアマリンの瞳に怪しい光が宿る。
「これでお前もワタシの人ぎょ――…………え? あれ? なんでだ?」
ドヤ顔から一転、効いていない事に気付くとアホは戸惑いながら繰り返し魔眼を放つ。
これがこいつの厄介なところだ。どこで手に入れたのか、〈魅了の魔眼〉というレアスキルをもっているのだ。それもかなり熟練度が高く効果も強いのでNPCは元より精神抵抗値の低いPLでさえ魅了してしまえる。魅了、してしまう。魅了…………。
「くっ…………」
こんなアホガキに魅了とか、思わず顔を覆ってしまうほど悲しすぎる。
「あっ! 今失礼なこと考えただろ!」
こいつの頭の出来はともかくとして、魅了系のスキルが厄介なのは確かで、秘密裏に各所が自主的に情報規制しているがそんなスキルをPLが使えると知れば疑心暗鬼が生まれる。
だから、『才能』があるのか精神抵抗値が高く、ゴールドやアールの信(笑)がある俺がアホガキの捕縛に向かわされたという訳だ。
「――待てぃ!」
もういっそアホを簀巻きにしてやろうかと思い始めた時、横手から声が上がる。
振り向けば、共通点の無い三人のPLと二人のNPCが森の中から姿を現した。
「リュナ様には」
「指一本」
「触れさせん」
「ぞ」
「ッ!」
よく分からんポーズを決めた五人には、そのノリは何なんだとか、NPCを微妙にハブるなよとか、お前ヴォルトの街にいたNPC暗殺者の生き残りだろう何でこんな所にいるんだよ等ツッコミ箇所を探せばいくらでも出てくるが無視する。
こいつらは魅了の魔眼で手下になった連中だ。〈情報解析〉で視れるパラメータにはしっかりと魅了状態となっている。アールからの事前情報でもNPC含めた六人組となっていたのでこれで全員か。探す手間が省けた。
「はい、お疲れさん」
投げナイフ(睡眠毒付き)を五人に投げる。
「あふっ」
ステータスが低い連中だったので、それぞれ一発で動けなくなった。
さて、これで残り一人となった訳だがどうやってこのガキを生きたまま連れ帰るか。鼾をかき始めたPLと違ってこいつは攻略組についていけそうなほどステータスが高い。というかしぶとい。さっきから毒付きの攻撃を頭に喰らわしているのにバッドステータスにかかる気配が微塵も無い。肉体抵抗値が高いのだ。体力バーも異様に高い。防御そこそこで体力バカ高いとか、面倒だ。
「よくもやったな! ぶっ飛ばしてやる!」
どう料理してやろうか考えていると、リュナとかいうガキが飛びかかってきた。勢いはあるものの敏捷値が低いので速くはなく、余裕で回避できる。
「――うおっ!?」
かと思ったらいきなりリュナのリーチが伸びた。十分余裕を持って動いたおかげで避けきれたが、危うくこんな奴の攻撃に当たるところだった。
ダメージや痛みより精神的に嫌だ。
リュナは素手だ。武器の類は装備していない。隠し持っていた訳でもなさそうなのにいきなりリーチが伸びたのは、奴の腕が肥大化していたからだ。
肘から先が鱗に隙間なく覆われ、少女の小柄な体躯に似つかわしくない太さになった腕以上に指の爪が伸びて禍々しい形になっている。
〈竜人の血〉のスキルにあんなものあったか?
「避けるなーっ」
考える暇もなく、リュナが再び飛びかかって来る。物騒な爪ではあるが腕を振り回し突進してくるという何とも単調な動きであるため、避けるのは簡単だ。あくまでそれだけなら。
突進を横に避け、リュナの身体が通り過ぎようとした瞬間、尻尾による攻撃が来た。やっぱり、そっちも飾りじゃないのか。〈獣人化〉でモモも尻尾は生えるが攻撃に使ったりするほどの機能はないのにな。
尻尾攻撃もしゃがんで避け、振り返りざまに大型武器:槌を収納ポーチから取り出して無防備なリュナの背中を打つ。
「うぎゃっ!?」
変な悲鳴を上げて地面に落ちるリュナ。通常攻撃とは云え背中に不意打ちを与えたというのに体力が少ししか減っていない。相応のダメージを与えたのは確かだが、体力が多過ぎる。しかも〈自然治癒〉の値も大きいのか分母のデカイ体力バーでも目に見えて回復していっている。
「イタタ……このぉ、よくもやったな! そこを動くんじゃないぞ!」
無茶振りしながらまた突進してくる。
――…………こいつ色々と面倒臭ェ、とか邪念が働いたせいかジャンプしてきたタイミングに合わせて脚を前に出す。靴裏が丁度リュナの顔面に直撃した。
勢い負けして後ろへとボールのように吹っ飛び転がっていくリュナは何とも滑稽だ。
「笑うなーっ」
ダメージなんて感じてないような勢いで起き上がったリュナが顔を真っ赤にして地団駄を踏みギャースカギャースカ騒ぎ始める。
どうやら俺は笑っていたようだ。多分、蟻の行列に障害物をつい置いてしまう童心につい帰っていたのだろう。
「全世界の子供達に謝った方がよろしいかと」
そんなツッコミをしながらもシズネがリュナの後ろに回り込んで羽交い締めにする。身長差があるのでリュナの足が地面から離れており、まるで抱きかかえているようにも見える。
「なんだオマエ! はーなーせっ!」
手足をバタバタと動かし抵抗するリュナはなんと(頭が)可哀想に見えた。
「さあ、クゥ様。ズブリと」
「その擬音は一体なんだよ」
最近より変な方向の知識を得た感のある駄メイドが何をしたいのかは分かった。
俺はアイテムボックスから赤い結晶を取り出し、指の腹で砕く。そして〈邪視〉でリュナを見る。
「ふえ? …………」
瞬間、間抜けな声を上げたリュナの瞼が閉じられた。強制的に気絶状態に入ったのだ。
「……こんなもんだろ。あとはアールに連絡して引き取ってもらうか」
リュナをはじめとしたアホ達は取り敢えず動けなくした。さすがにこの人数を二人で運ぶのは手間だから仕事押し付けたアールに任せよう。
「……で、お前何してんだ? 気に入ったのか?」
チャットウィンドウを開いてる横で、シズネが意識を失ったリュナを持ち上げて下から顔を覗き込んでいた。要は高い高いをしているのだ。
「クゥ様、この娘変です」
「見れば分かる」
口ではそんな軽口を叩きつつ〈情報解析〉でよく見てみる。対象が意識喪失しているのでより詳細な情報を見ることが出来た。
「〈竜人化〉のスキルが解けてない?」
いや、元々そんなスキル使用していないのだ。それなのに半竜半人の姿のまま。つまり、このマニア受けしそうな姿はデフォルトということだ。
そしてそれを証明するようにリュナのステータスには〈竜人の血〉の代わりに〈竜人〉という文字があった。




