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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第九章
87/122

9-2



 のどかな昼。俺はプールサイドに腰掛けて足だけをプールに入れている。時折ゴウが投げたりシオが蹴ったりで人が飛んだりし、ビーチボールが水面に激突して水柱が立ったりしているが平和だ。平和なんだよ。

「退屈そうね」

 さっきまでレヴィヤタンを倒して手に入れた固有スキルで遊び惚けていたタカネが俺の隣に座った。

 炭酸水の入った瓶を二つ指に挟んで持ち、もう片方の手で持った皿にはミエさんが作ったパイを切った物が置かれている。

 俺が瓶の一つを受け取ると、タカネは隣に座って皿を膝に乗せた。

「あんた、我慢が利かなくなってない?」

 単刀直入だ。ウダウダしていない分好感が持てる。

「何が?」

 だけど俺は皿からパイの一切れを取りながら聞き返す。だって主語抜けてて、もし俺が想像しているのと違ったら恥ずかしいし。こんな考えしてる時点で俺の方がウダウダしているな。

「エノクオンラインに閉じ込められてから長いけど、偶に何て言うか吹っ切れた感じの人を見かけるわ」

 俺のとぼけにも乗らずタカネは続ける。

「社会と云う枠が外れて良くも悪くも地の自分が出ている人ね」

 ゲームの中の世界。司法も何もなく自らのモラルに従って生きていくしかない。攻略組のように一致団結――といかないまでも協力体制を取っているPLもいれば悪さする奴もいる。

 PKギルドや電子ドラッグの蔓延はヴォルトの街でレーヴェが早期に食い止めたおかげで今のところ大事件になっていない。ただ、それはレーヴェに怯えて自重しているだけでそういう馬鹿をするPLはいなくなっていない。潜伏しているだけで、見えないところで犯罪は起きている。

 表に上がっていない事件は現実世界(リアル)にだってたくさんあるが、電脳世界(エノクオンライン)で暴れるPLは現実世界でそう目立っていない、犯罪とは無縁そうな奴の姿が多かったりする。

 その理由はタカネが言ったように現実の様々な枷が、群れである社会(ルール)が無いからだ。

 別に犯罪行為に走らなくても正邪別にして、現実世界と比べ人が変わったという話は掲示板の方でも見られた。

「親の目が無いと少しははっちゃけてしまうのはよくある事だろ。鬼の居ぬ間、とか言うし」 途中参戦のキリタニさん達のような国の組織の人らもいるが、大半が俺たちを救うのが絶対の目的と云う訳でない。 だから治安組織としての活躍はあまり期待出来ない。積極的にしてもらったらもらったで、文句を言いそうなPLがいそうなので、今の距離間が一番バランスがいいのだろう。

「俺もバイトしなくて楽だわ。寝たい時に寝て、食べたい時に食べれるしな」

「やりたい時にやれるわね」

 微妙に話をズラそうとしたが、無視された。

 プールでは耐えず水飛沫が起き、小さな虹を作っている。アヤネはハルカ達とビーチバレーボールで遊んでいる。ホームの方からは調子付いたミエさんが次々とデザートを運んでおり、シズネはそれを手伝っていた。

 誰もコッチを意識していない。

「……そういうお前も積極的だな」

「クゥに合わせてるのよ」

「というか、何でこんな話になってるんだ?」

 現実世界で一度もこの手の話はしたことが無かった。感づいていただろうが、互いに触れた事はない。だが、確かに俺が露骨だったからタカネは合わせてきているのかもしれない。

「またフラッとどこか行かれたら面倒なの。せめて連絡ぐらいはしなさい」

「えー」

 面倒だ。何より忘れてしまう。

「私に気を使っているなら見当違いよ。私もあの子もあんたが思っている以上に強いわよ」

 弱くない、じゃなくて強いときたか。

 こちらも見ずに言うタカネには自信というかある種の気概のようなものが感じられる。こうやってこいつの横顔を見てもやはり良い女だ。美しい女だ。外見だけじゃない強さもある。だが、こいつはそうでも俺は――

「クゥ」

 名を呼ばれて顔を上げるとプールでシュウが空中にウィンドウを開いたまま手を振っていた。

「アールからメールが届いてるよ」

「………………」

「クゥ様、私の方にもアール様からのメールが。おそらくシュウ様が受け取ったのと同じ内容のものが」

 ……だから何で俺に直接メールを送ってこない。

「無視するって読まれてるんだよ」

 否定出来なかった。




「来てやったぞアール」

 とっととラシエムにまで移動してゴールドの城館の裏口を蹴り開ける。表から堂々と入っても良かったのだが、昼間は中庭が開放されていて、PLの露店が並び人が大勢いるので邪魔だ。

「こっそり城壁登って越えるのも面倒だと思います」

 着いて来たのはシズネだけだった。行く前の会話でてっきりタカネも来ると思っていたが、そこまでしつこくする気は無いらしくあいつは残った。まあ、実際束縛なんてされたら反発で飛び出したくなるのを読まれているんだろう。

「何に対しても反抗的ですね」

 小姑のようにうるさいメイドロボを無視して裏口から入れる厨房を見回すと、まとも? な方のメイドロボが野菜を入れた籠を持って立ち尽くしていた。

 ――よう、と挨拶してやると、――い、いらっしゃいませ、なんて言われた。

 呆然としているメイドの脇を通り過ぎつつトマトっぽい野菜を貰って(奪って)厨房を出る。

 そのまま勝手知ったる他人の城とばかりに通路を進んで行くと、ヤベさんが慌ただしく早足で歩いているのを見つけた。その早足で急ぎつつもみっともなく無いよう移動する様子は映画(ムービー)で見る署内を移動するFBIのようだ。

「あれ、クゥ君じゃないか」

「どーも。急いでるみたいですけど、何かあったんですか?」

「ギルド間で争い事が起きてね。その仲裁に行くところなんだよ」

 キリタニさんら対サイバーテロ課をはじめ、各国から派遣された各国からの治安機構の人らはPL同士のいざこざを取りなす事が多い。GMが息してないどころか地獄に蹴り落としてくるような始末なので、信用できる第三者が他にいないのだから仕方が無いと言えば仕方が無い。

「お疲れ様です。ところでアール見ませんでした?」

「彼なら工房で見かけたよ」

 苦笑いしながら教えてくれた。

 工房か。また奇天烈な発明でもしているのだろうか? だったら逃げたい。

 ヤベさんとそこで分かれて俺はシズネを引き連れ城にある工房に向かう。

 鍛治スキルや一部のアイテム生産など、アイテムボックスに入れて持ち運べない特殊な設備を必要とする。それを個人で持たないPLの為に一部の街に共有工房というものがあり、ゴールドはわざわざ自費でかなり大規模な工房を作った。これまたクリスがデザインを担当したらしいが、今は関係ない。

 問題はあそこが変態の巣窟だと言うことだ。職人と言っても十人十色。そして自然と似たのが集まりその工房特有の色ができる。ゴールドの工房は馬鹿がパトロンの生産特化なPLの他に〈ユンクティオ〉の生産スキル持ちがいる。 ゲーム攻略の最前線ギルドに連ねる有力ギルドと同時に変態の引き取り所として有名な〈ユンクティオ〉だ。あのユンクティオだ。

 浪漫だとほざいてゲテモノ武器を造りたがるクウガに怪しい薬品(スライム)を密かに生産するヘキサ、エロ防具を造って密かに需要を得ている変質者もいれば、裸ネクタイやブリーフの着心地を追求する変態もいる。

 あそこで正気を失えば別ベクトルの廃人コース真っしぐらだと有名である。すっげー嫌だ。

「同じ穴の狢であると自覚してください」

 あいつらと一緒にされるのだけは嫌だ。

 駄目なメイドの小言を無視し、城館から少し離れた場所にある工房に到着する。

「ヘキサのスライムがまた逃げたぞーーッ!」

「今度は三メートル、属性は土! 物理全般効くが粘つくぞ!」

「ぐわぁっ、こっち来た!? 何か放置された肥やしの臭いがする!」

 横を異臭のする茶色い物体が通過して行くのを放置して、工房の奥へと進む。奇行を繰り広げる彼らを見物しながらアールの姿を探すと、奴は鍛治フロアでクウガと雑談していた。

「来てやったぞー」

 阿鼻叫喚をBGMに登場してやると二人が振り返る。

「ああ、来たんだ」

「帰るわ」

「いやいや、速攻で帰らないでくれよ。思ったよりも早く来たんだなって思ってさ」

「人を呼びつけやがって……。どうでもいいけど、何見てんだ?」

 二人が見ていたのは何本も並べられたポールアックスだ。試作品らしく、装飾も何もなく色も塗られていない。見た目は大型武器:斧の類だが、クウガが造ったのなら見た目通りではない、何かしらのギミックがある筈だ。

 クウガが以前製作したガリアンソード。あれは武器の一ジャンルとしてエノクオンラインに定着してしまった。必要な熟練度に中型武器:刀剣と鞭が必要で耐久値も低いが近~中距離と攻撃できるので雑魚用として使うPLも多いらしい。だからクウガの鍛治師としての腕は確かだ。でもこいつ趣味に走るからな。

「色々詰め込んだら誰も装備出来なくなっちゃったぜ」

「馬鹿だな。こんな物ばっか作って、レーヴェの所の双剣と張り合っているのか?」

 クウガの半ばヤケクソ気味な笑顔での自白を一蹴して、何となしにポールアックス(の見た目をした鉄屑)に触れて見る。

「…………」

 ゆっくりとゲテモノ武器をテーブルの上に戻す。アールとクウガがこっちを凝視していた。

「……今、装備した?」

「さあ。俺は気付かなかったな」

「いや、呆けたって無駄だから。情報解析でしっかりと確認したから」

「あっ、テメェ! 最初からそのつもりだったな!」

「お前ならもしかしてと思ったが、クゥ。相変わらず器用貧乏か。俺の目に狂いはなかったな」

「そう言いつつそんなガラクタ持ってどこ行くつもりだ、クウガ」

「お前以外装備できるのいないし」

「破棄か」

「うん。で、また造る。完成したらあげるから素材提供よろ」

「断る。要らんから」

「いいじゃん造らせろよ! 使えよ! こんな需要の無い武器造って実際に使ってくれそうなのお前しかいないんだよ! いいだろぅ、造らせてくれよぅ! そして使ってみてくれよ!」

「色々とキモイぞお前。おい、アール。まさかわざわざ呼び出した理由ってこれか?」

 だったらこの工房を夜中にこっそり爆破してやる。パパラッチに情報漏らせばさぞ良い画を撮ってくれるだろう。

「違うから」

 騒ぎながら走りだし、スライムに呑まれたクウガを無視して神妙そうにアールが言葉を発す。

「用件は大きく二つ。一つはシズネのことでちょっと話が」

 言葉を区切ったアールは神妙な顔をしてシズネを見やる。シズネの事となると話は限られる。特にシリアスな顔してたら余計にだ。

「これはまた後で話すから先にもう一つの方の相談に乗って欲しい――角の生えたPLの話、知ってるかな?」

「知るわけがない」

「クゥ様の情弱さは折り紙付きです」

「まあ、分かってたけどね……」






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