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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第九章
86/122

9-1


 目が覚めるとそこは床だった。

「…………」

 あっ、ベッドの下に調合用の瓶が転がってる。

 二の腕に引っかかる毛布を跳ね除けて腕を伸ばし、ベッドの下から瓶を回収。寝てる時でも付けているアイテムポーチの中に放り入れる。

「あー……何時だ?」

 寝違えて違和感のある首を撫でながら部屋の時計を見てみると、九時をまわっていた。ウィンドウで見てもいいけどこっちの方が早い。昨夜寝たのが日付の変わる前だったから九時間は寝た事になる。我ながら寝過ぎだ。

 腹も減ったことだし、一度下に降りよう。

 割り当てられたプライベートルームから出て、一階に下りるとリビングにはミエさんがキッチンで何か作業していた。

「おはよう」

「おはよう。たくさん寝たわねえ。目とか溶けてない?」

「目より頭が溶けそう」

 ――あらあら、と笑うミエさんの横を通り過ぎてテーブルの前にある椅子に座る。木製のテーブルの上にはフルーツ盛りがあり、それに手を伸ばす。

 俺が今いるのは<鈴蘭の草原>のギルドホームだ。アラビア風と言うべきか、風通しの良い建物でリゾートホテルと言っても通じそうだ。夜にテラスなどに出ると見えるフィールドの砂漠と星空、照明代わりの蝋燭の火が相待ってとてもエロ――もといエキゾチックな雰囲気だ。

 実際、街にあるカジノもある高級な宿屋(ホテル)では夜になるとストッパーが外れ賭博の嵐が起き、リア充がリア獣に転ずると云う。

 つっても、ギルドホームではそんな雰囲気になる筈がない。元はゲーマーの集まりな上にどいつもこいつ俺以外まともなのがいない。毎夜毎夜大騒ぎしたり殴り合ったりしている。

「皆は?」

 梨っぽい果物(なにか)を皮のまま噛り付きながらミエさんに聞く。

「遊びに出てるわよ。タカネはアヤネちゃんとメイドさん連れてプールではしゃいでるわ」

「あー」

 レヴィヤタンを倒して一週間。タカネは魔王にトドメを刺したボーナスとしてレアスキルを手に入れていた。前にアールが見せたアインやヴォルフの体が変化したのと同じようにタカネの足が魚に変わるようになった。要は人魚に成れるということ。

 そしてタカネは魚の尾に成った足での動きに慣れるためにここのところずっとギルドホームのプールで泳いでいる。

 余談だが、黒髪巨乳和装人魚(マーメイド)という掲示板のネタに釣られて覗きに来たPLが何人かいたが、ハルカが仕掛けた防犯トラップに撃退されている。そしてその様子をパパラッチなPLが写真に収めて飯のタネにしていた。

「クゥ君も外に出ればいいのに。外に出ると鉄砲玉みたいに何処でも行く癖に、一度篭ると中々出て来ないんだから」

 そんな現実(リアル)での新作ゲームを徹ゲーしてる時の事言われても。

「ミエさんは何を?」

「林檎っぽい果物でアップルパイを作ってるのよ」

 そう答えながら手を休めないミエさん。その格好はギルドホームともエノクオンラインの雰囲気と噛み合わない現代風の格好だ。下はジーンズで上は肩の出る薄いセーター。そしてエプロンを付けている。

 どうでもいい――いや、良くない――がエプロン付けて台所に立つ女性というのは何故こんなにもソソられるのだろうか。露出やセックスアピール的なものが一切無いと云うのに、不思議だ。

「……?」

 母性か? 台所に立つその姿に母性を感じるからか? 尻的な意味もあって。ミエさんの場合は子持ちの尻には見えんが。しかし、子持ちの癖に人妻属性は持ってないんだよなこの人。タカネが生まれた経緯を知った時は思わず聞き返してその上で開いた口が塞がらなかった。

「クゥ君?」

 それにこっちに無防備な背中を見せているせいで男としての野蛮な本能が働く。昨今、草食だの悟りなど言われているが理性がブレーキを掛ける要素を排してやれば男など皆暴食獣だ。厨二(エリザ)風に言うとベルゼブブ? それともアスモデウス? どっちも魔王としてエノクオンライン内にいるがな。

「真面目に考え事してる顔だけど、手は痴漢と変わらないわよ。それに重くて料理できないから」

「いや、つい……」

「そう言いつつ――あははっ、だからくすぐったいわよ」

 なんて馬鹿な事をしていると鼓膜に数人分の足音が聞こえた。

「母さん、何かオヤツでもない?」

 タカネがリビングに顔を出した。その後ろにはアヤネとシズネも一緒だ。

「……何やってんの、あんた」

「あ、クゥさん、おはようございます。それ、硬くないですか?」

「…………」

 テーブルの前でパイナップルっぽい何かを丸齧りしている俺を見つけてタカネとシズネが不審そうな視線を向け、アヤネは何も分かってないようで首を傾げた。チートとメイドはアヤネの純真さを見習えよ。

「皮も結構イケるぞ」

 繊維にイケるも何もない。マズイ以前の問題だ。

「お菓子なら今アップルパイ(らしきデザート)を作ってるから待ってなさい」

 ミエさんは何事も無かったようにあとは焼くだけとなったパイを三人にみせた。

「とても美味しそうです」

「うふふ、まだ焼いてないわよー?」

 アヤネとミエさんがほのぼのとした会話を始めたその横で、タカネとシズネは変わらず探るような視線を向けてきた。

「ところでお前ら、水ぐらい拭いとけよ」

 別に誤魔化す為に言った訳じゃないが、ネネネ三人娘は水着を着ていた。

 タカネは赤のビキニでアヤネは白のワンピース、シズネは何でか競泳水着だ。直前まで泳いでいたのか三人とも頭から爪先まで濡れている。

「どうせすぐ戻るからいいのよ」

 そうじゃなくて、床が……まあ、いいか。踏んで滑らなきゃいいだけだし。他は知らん。滑って転んで怪我するような可愛げのある奴なんてこのギルドに(俺以外)いない。

 取り敢えずミエさんが作ったパイ(現実と違ってすぐに焼けた)を持って庭のプールに行ってみると、他の面子が勢ぞろいしていた。

「……何してんだ?」

 シュウとハルカ、クリスのいるテーブルにパイを載せながら聞く。

 プールと言えば泳ぐ以外に無い筈だが、何だか様子が違う。シオとエイトの姉弟はクラウチングスタートで水面を走り抜け、シュウとハルカがそれの速度やスタミナの消費を測るプログラムを走らせている。

「どう? みんなの水着私が作ったんだけど」

 あー、似合っとる似合っとる。デザイナーのセンスが光りますなー。どうでもいいけどクリスよ、お前体は男なんだからパレオは止めろ。

 唯一まともなのが、チェアーに横になり新聞を読んでいるゴウなのが謎だ。アロハシャツが非常に似合っている。

「で、なにやってんだ?」

「新スキルの検証。レヴィヤタンを倒したから色々と増えて」

 レヴィヤタンが倒れた事でモンスターのレベルキャップが外れ、熟練度の限界も伸びた。PL達は前線から離れ消費したアイテムを補充しながら強くなったモンスターを相手に熟練度を上げ、ついでに武具の強化素材を集める。

 まあ、前々回の魔王討伐後と対して変わらない。二段ブーストでないだけ、次の魔王討伐はそう時間を掛けない筈だ。

 〈鈴蘭の草原〉のギルドメンバーの内一軍(タカネ、シオ、エイト、シュウ、ハルカ、ゴウ)はもう熟練度が限界近くまで上がっている阿呆っぷりなので、他のPLがヒーコラ言っている今の時期、ゆっくりしている。難易度高い動きをすれば熟練度も上昇し易いのだが、既に熟練度高かったのにお前ら普段どんな動きしてるんだよ。

 まあ、だからって四六日中遊んでいる訳じゃない。例えば、新スキルの検証とか。

「それじゃあ、もう一度やるわよ」

 そう言って解すように首を回すタカネ。あいつ、当たり前のようにプールの水面に仁王立ちしている。

「はい。行きます」

 プールサイドに立ったアヤネが返事をし、直後に歌い始める。同時にタカネが水面の上を軽快に走り出す。

 アヤネの歌スキルのイントロ部分が終わり、効果を発揮する次のメロディに入った瞬間、プールの上に蝋燭程度の小さな火の玉が無数に現れた。

 タカネは走りを止めぬまま、それどころかむしろ加速しながら火の玉を避ける。水の上で。〈水上走り〉のスキルじゃない。あれは走り続けなければならない制限があり、通常よりスタミナの消費が激しい。だが、タカネのスタミナの消費量は少ないどころか、普通に走っている時の消費しかしていない。明らかにスタミナを消費しないスキルで水の上を走っている。

 アヤネの歌が続くにつれて火の玉が増える。プールの上という狭い範囲ではいずれ逃げ道が失われる。そもそもあいつは身体の凹凸の自己主張が激しいので回避に元から無理がある。

 そしてとうとう追い詰められたかと思ったら、タカネは水の中に潜った。まあ、普通はそうやって避けるだろ。俺だってそうする。でも、今まで走ってたのに潜って良かったのか?

「水中での速度も測るためでもあるので良いようです」

 ウェイトレスよろしく水着姿のシズネがジュースを配りながら説明してきた。

「ああ、そういえば……」

 まだ頭が寝ぼけていたらしく、ようやくタカネが使っているスキルを思い出す。それなら水の上ではしゃぐのは納得出来る。

 水面には水中を泳ぐタカネの影が写る。明らかに走るよりも速かった。そしてその速度のままジグザクに綺麗に泳ぎ回る。目をさらに凝らせば、水中にありながら宙にある火の玉と同じものが無数に漂っていた。

 影がプールの端、俺たちのいる場所にまで到着した瞬間、水中から飛ぶようにしてタカネが姿を表す。飛沫をあげ、水の尾を引くタカネの脚は魚の尾になっていた。

 レヴィヤタンを倒した事で得た固有スキル。水王を滅し者という称号。初期から人魚に変身出来、熟練度の上がった今では無条件で水の上に立つことも出来るようになっているようだ。

 それとついでに言うと、宙や水中にある火の玉はアヤネの歌スキルによるものだ。レヴィヤタンを倒した事でキャップの外れた熟練度を再び伸ばした結果、歌スキルもとうとう攻撃手段を得たのだ。

 はじめそれを聞いた時、口から超音波とか出すのかと思ったが……水空両用の機雷を貼るとか、魔法と変わらなくね? 魔力の代わりにスタミナ消費するだけで魔法だろそれ。威力は低いが効果範囲広いし、スピード殺しにも程がある。

 そんな機雷を避けてしまうタカネはプールサイドに落下しながら変身を解き、着地した。

「訓練か?」

 水で濡れ濡れになって艶のある長い黒髪を掻き上げるタカネに声をかける。入れ代わるように脳筋姉弟が水の上を〈水上走り〉で駆け抜けて行った。

「ただ遊んでるだけよ」

 何でもないように言いながらタカネはシズネからタオルを受け取って濡れた黒髪から水を拭っていく。

「ふーん」

 その間、機雷に引っ掛かってヤンキー姉弟が吹っ飛んで行く光景が繰り広げられていた。原因はどうやら互いに相手を妨害した弊害のようだった。

「今日も平和だな」

「クゥ、それフラグだよ」

「うるさい。お前はハルカといちゃついとれよ、シュウ」



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