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平安の末期の武将である源義経には一ノ谷の戦いで頭のおかしな奇襲を仕掛けた話がある。有名な逆落としだ。詳細は知らないが、とにかく崖を馬に乗ったまま駆け下りたらしい。狂気の沙汰だ。その伝説が本当だったとしたら、付き合わされた兵も大変だっただろう。
何で突然そんな事を思ったかと言うと、俺も自分から駆け落ちているからだ。まあ、俺の場合は何度か経験済みの上に、今回は奇襲じゃなくて一応救助活動なのだが。
「我慢してくれよ」
近づけたPLの腹を蹴る。掬い上げるようにして足首に引っかけてながら投擲スキルを使用した結果、ボールのようにPLの体が飛んでいく。着地(墜落)地点は城のバルコニーや縁になっている部分、近くに無ければレヴィヤタンの胴体の上だ。このまま地面に落下し、落下ダメージで死ぬよりかはマシなはず。
『イテェッ! もう少しまともに助けられないのかよ!』
『か、壁に埋まった。誰か手を貸してくれ』
『冷たっ!? というか、ボスの上って勘弁してくれ!』
方々から聞こえる感謝の言葉を聞きながら、俺は落ち続ける。
ほぼ垂直の外壁はレヴィヤタンからの冷気のせいで僅かに霜が張っており、よく滑る。だから駆け下りると言うよりは滑り下りると言った方が合っている。
落ちてしまったのは残り二人。他は俺が蹴り飛ばしたか、自力で壁面やレヴィヤタンの胴体にしがみついて復帰している。
残り二人というのが、エリザとヘキサだった。エリザは鞭を使って尖塔の天辺にしがみついているが、魔術師であるヘキサは何の手だてもない。それを助ける為か、エリザが鞭を持っていない方の手で棍を伸ばし、ヘキサがそれに掴まってジタバタしていた。
「ヘキサさーん、ほらっ、頑張って! そのままこっち昇ってきてください!」
「むーりーでーすーっ! わーたーしー、きーほんーてきにー、なんじゃーくーなんでーーす!!」
ヘキサは棍を伝って登ろうとはしているが、掴まっているので精一杯のようだった。
尖塔の下ではアウロスがとうとう墜落し、粉塵が巻き起こる中で手足と頭、そして尻尾の蛇を出して素早く起き上がった。亀らしくひっくり返ってろよ。
「ほら、起きてきちゃいましたよ。早く登ってきて下さい! パクッて食べられちゃいますよ?」
「おおう、エリザさんがスパルタです。というか、本当にむーりーなーんーでーす!」
「お前等実は余裕だろ」
尖塔の屋根に着地し衝撃を殺す為に屋根の上を滑ってぐるりと廻り、ヘキサの前で静止する。
「ピタゴラススイッチのボールみたいですね」
「お前はピン止めされた虫みたいだな」
軽口叩くヘキサは別に放置してもいいんじゃないかと思えてきた。
「標本扱いですか。さすがユイさん似の天使を張り付けにして調教した人が言うこと違いますね」
「………………」
「あっ、ちょっと! 無言で手を解こうとしないでください。私はエリザさんと違って暴力で訴える人間ではないですが、黒魔術とか精神面で逆襲するタイプですよ」
「何でそこで私が出てくるんですか!? いいから早くこの魔女引き上げて下さい!」
エリザのヘキサに対する呼称がとうとう魔女になった。俺はどうしてヘキサがプリムラのことを知っているのか気になったが、今はとりあえずこいつを何とかしないと。
ヘキサの黒いローブを掴んで持ち上げる。
「あれ? 私の場合は鞭で縛られるのにヘキサさんは直接手で?」
誤解を招くような発言すんなよ。
「これはこうする為だ」
持ち上げたまま尖塔の外へ腕を伸ばす。下ではアウロスが亀と蛇の頭を二つともこっちに向けていた。頭上に餌をぶら下げられた鰐の如くガン見である。
「鞭だと上手く位置調整できないからな」
「あの、待ってくれません? アンタ何しようとしてます?」
「上手くいったら腹を下してくれるかもしれないな」
「マジ呪――」
宣言される前に放り投げる。
「ひぇえええええーーっ!!」
餌は妙な悲鳴を上げつつ放物線を描いて地上に落下していく。
「フロウ」
落下速度軽減の魔法をかけてやる。これで狙いやすくなっただろ。
『鬼畜ですね。っと、クウガ様、そろそろ着きますので早く準備を』
『よ、よっしゃあ。ハンマーコック!』
暴言とビビッた声が聞こえたが、無視する。
ゆっくりと落下する餌の自己主張バッチリだったおかげでアウロスの注意が完全にそっちに向き、亀の口が大きく開いて青い光が灯る――――よりも早くアウロスの頭上から光が落ちた。
槍のような光の線が蛇の頭に突き刺さった。
「ーーオオオオオォォォォッ!」
続いてクウガが落ちてきた。落下しながら鉄槌の柄を根本にまで短く持って腰近くに構えており、アスモデウスから手に入れた鉄槌が光っていた。それはシズネが砲や光の矢を発射する時のエフェクトに似ている。
「マグナムハンマアアァァーーーーッ!!」
クウガが柄を短く持ったままアウロスの頭に鉄槌を叩き込んだ。
頭の天辺から一撃を受けたアウロスの顎が地面に瞬間移動したかのように移動し、地面に凹みと亀裂を作る。それだけで一体どれほどの衝撃が与えられたのか見て取れた。
そして、その一撃をトドメとしてアウロスの体力バーがゼロになった。
<マグナムハンマー>という大型武器:槌の攻撃スキルはまず準備段階として<ハンマーコック>を使用しなければならない面倒なスキルだ。しかも、リーチが短い。代わりに最強と言ってもいい威力を持っている。
「よくもまあ、落ちながら当てようとか考えたな」
エリザと一緒に、途中途中短剣を壁に突き刺してブレーキをかけながら尖塔を降りる。速度がついてなければこの程度の高さなら簡単に降りられた。
一足早く地面に落下したヘキサからの呪い殺すような視線を無視して、クウガに声をかける。だが、奴は青い粒子となって崩壊していくアウロスの体からゆっくりと降りるとフラフラと歩いてきた。
「死ぬかと、思った…………もう二度とやらねえ。ヒュンッてきたぞ…………」
どうやら高所から落下しながらの攻撃はお気に召さなかったようだ。
「情けないですね。クゥ様やエリザ様、それにレヴィヤタンを攻撃している方々は元気に跳び跳ねてますよ」
シズネも鉄が落ちてきたみたいな音を立てて地面に着地する。どうでもいいが、その言い方だと俺達が頭のおかしい奴みたいに聞こえる。
「高いところポンポン飛び降りやがって、お前ら頭おかしいよ」
「こんなもん慣れだっての。というか、亀野郎片づけたなら応援行ってこいよ」
「いや、ちょっとタンマ。休憩させて。いや、マジで疲れた。精神的に…………」
そう言って、クウガはその場で尻餅をついた。まあ、体力バーに余裕はあっても精神的に消耗していれば体を満足に動かせなくなるのは分かる。
だが、肝心のレヴィヤタンは未だ健在だ。城の中にも出られないまま。戦場を限定された上でこの冷たい霧だ。それもモンスターが再ポップする危険だってある。
「つっても、何かできそうな事は思いつかないしな」
空を見上げる。空を見たつもりが、視界に入ったのはレヴィヤタンの蛇腹だ。城に巻き付いているだけだったのがいつの間にか周囲の尖塔にまで尾を伸ばしてアーチのようになっている。まるで、どうぞ渡って下さいと言わんばかりだ。
現に、レヴィヤタンの頭部付近では第二形態のボス担当になったPL達がノミのように跳びまわっている。
「クゥ様やエリザ様も行って来てはどうですか?」
「攻撃力が足らん」
「以下同文です」
レヴィヤタンの防御力はアスモデウスほど割り当てられてはいないが、すばしっこいのが取り柄の俺やエリザでは攻撃力が心許ない。逆にクウガみたいな典型的なパワータイプだとダメージの入る頭部まで行けるかどうかという話になってしまう。
「どうするかな…………」
このまま戦闘が終わるまで隠れてようかな、と思った時に大きな音と共にソレが来た。
レヴィヤタンによる氷で外の川と繋がる水路が塞がれていたのが、外から攻撃によって崩れ落ちたのだ。氷塊が割れて落ち、雪のような粉塵をまき散らす中、水路に張った氷を砕きながら進む船があった。
「フゥーハハハハハハッ! 皆の衆、待たせた! ゴールドを、このゴールドを、どうかよろしくお願いします!」
…………そういえば馬鹿が馬鹿やってたんだった。というか後半が選挙運動みたいになっているのは何でだ?
ゴールドが大砲を積んだ軍艦の船首の上で立ち、派手なマントを靡かせていた。もし俺の手元に弓があれば奴のド頭を撃ち抜いていただろう。
「さあ、皆乗るがいい! このゴールデンホエール号が来たからにはもう安心だとも!」
黄金鯨って…………。よく見たら船首に金の鯱が鎮座しているが、造形が天守閣の天辺に置かれている物だった。しかも鯱ってホエールでよかったっけ?
何にしても道が開いた。馬鹿のおかげで脱出できるようになった。
『回復アイテムが無い人は下がって。余裕ある人は退路を確保。一度仕切り直してから、ボス攻略組の援護に行こう』
アールからエリア指定のボイスチャットが届く。
「あー、はいはいはい」
残る理由は無いので、言うとおり城から脱出する為歩き出す。シズネ、エリザ、ヘキサ、クウガの四人も後からついてくる。
船の方向に向かって早足で歩いていくと、徐々に他のPL達も集まりだし、水路を挟んだ反対側からはアールの姿も確認できた。
皆はそのまま水路づたいに小走りで駆けていき、船の横を通り過ぎる。
鯱鉾号を無視し、水路に飛び降りて<水上走り>で川を通じて外に出る。他のPLも泳ぐなり走るなりでそれぞれが破壊された水門から城壁の外に避難する。
「む? 何故通り過ぎる? 遠慮することはないぞ、ババンと乗りたま――――ギャアアアアッ!?」
後ろで派手な音が聞こえたので走りながら振り返ると、鯱鉾号がレヴィヤタンから攻撃を受けていた。あれだけ派手に登場していれば嫌でも目に入る。あの好奇心旺盛そうな魔王からしたら格好の的だ。
ゴールドを囮にして城から脱出すると、外に閉め出されたPL達が待っており、入れ替わるようにして城へと進み始めた。
一緒にいたエリザ達は<ユンクティオ>のメンバーの所に戻り、アイテムの補充を開始する。
「後退、後退、後退ーーーーッ!」
レヴィヤタンの攻撃に晒されていた船がバックしてきた。何で船が後ろ向きで進むんだよ。車か。
「弾幕薄いぞ。とにかく撃って撃って撃ちまくれ! アヤネ君、サポートよろしく頼む!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐゴールドが船を壊した水門の代わりに壁として設置し、中からゾロゾロとNPC兵士が出てくる。同時にアヤネも船の甲板に現れ、歌スキルによる全体回復を使用し始めた。
「あっ、ゴールド、テメェなんで歌姫を船に乗せてんだよ!」
「みんな、歌姫を守れーっ! ゴールドはどうでもいいけど」
「船も壊させるな! 破壊されればまた閉め出されるぞ! ゴールド? 知らんがな」
アイテムの補充を終えたPL達が、一斉に船の上に跳び移ってそこを拠点に展開し始める。
「クゥ様、私達はどうしますか?」
城壁の外に置かれた補給地点で木箱から消費アイテムと投擲用の武器をゆっくりと補充していると、シズネが聞いてきた。
シズネは精神的に疲れることはないのでこのまま引き返して戦闘に参加することに支障はない。
「帰ろうと思えば帰れるが…………」
どうするか。ここ地上から見上げても船や城壁など関係なしにレヴィヤタンの姿を確認できた。レヴィヤタンは鯱鉾号に飽きたのか、自分の周囲にまとわりつくPL達に攻撃を集中させていた。
中空に現れる氷柱の弾幕を避ける影の一つに、タカネの姿もある。
「…………本当に、どうするかな」




