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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第八章
83/122

8-8


 大砲の音が一定の間隔を空けて聞こえてくる。その度にモモの大虎が壊した壁の方から、何か物体が飛んでくる音までも聞こえてきて、爆音と共に城が微かに振動する。

『フゥーッハハハハハハッ! こんな事もあろうかと、川に軍艦を用意しておいたのだ! このまま氷に覆われた壁を破壊してくれる!』

 高笑いする声がボイスチャットウィンドウからして喧しい。一度切った後に状況を確認するためにオンにした結果がこれだ。

 城内の玉座の間にいるせいで外の様子は分からないが、どうやら城に続く川を経由して大砲付きの船をラシエムの港町から持ってきたらしい。確かにあの川の幅なら船の一隻や二隻ぐらい通れる。というかそんな物があるなら最初から出せよ。

『城を無傷で手に入れたかったが、こうなっては仕方がない。そちらが巨大化し民を脅かすというのなら手段を選んでいられない! さあ、人間の意地を見るがいい! なあに、日本は昔から大怪獣の侵略を迎え討ってきたのだから資本主義大国にだって可能だともフハハハハハハハッ!!』

 駄目だこいつ。

 そもそも日本云々は特撮の世界だろ。それに昔の映画ムービーでアメさんが巨大ロボで既にやってるし。

 まあ、外に出る道を作ってくれると言うのなら放置しておこう。その方が皆平穏だ。

「となると、問題はこいつか」

 中型武器:刀剣の両刃剣とザリクの短剣を<二刀流>で装備した俺は口を上下に大きく開いた蛇の突進を避ける。

 背を逸らすだけで避けつつ、剣とザリクでその蛇の腹をなぞる。

 向こうが勝手に動いているので、特に腕に力を入れずにダメージを与えられる。だが、攻撃された事への反応か青い線を二本刻まれた蛇の腹がのたうつ。人を丸飲みできるサイズの蛇が暴れるというだけで周囲にはかなりの被害が及ぶ。

 潰されてはかなわないので急いで横に飛んで避難する。床に張った氷が割れて飛び散るのが鬱陶しい。

 俺達はゴールドの高笑いを無視しつつ(特定PLに対するサウンドキャンセラーが欲しい)魔王レヴィヤタン以外に残っていた手強い魔族、アウロスと戦っている。

 動きに自信のあるPLは鞭のように動き回る尾の蛇を、頑強さと腕力に自信のあるPLは堅い甲羅に守られた亀を狙う。他にも斬撃属性の武器を得意とするPLは前者を、打撃属性の武器が得意なPLは後者を狙う。

 ここにいるのはステータスに表示などされない、経験豊富なエイムの高いPL達だ。わざわざ指示されなくとも相性を考慮した役割分担は独自の判断で十分だ。

「そういや、何でクウガがいるんだよ。お前ボス担当じゃないのか?」

 鞭となって唸りを上げる蛇の首から安全距離まで下がったところで、ふと気になったことを聞く。あいつの使っている大型武器:槌はアスモデウスからドロップした限定レア武器だ。土属性で水属性のレヴィヤタンには有利な属性でもある。

「クウガさん、足遅いから」

「敏捷値低いですからねえ」

「ああ、鈍足か」

「ついでに短足ですから」

「仕方ないだろ! というか、あんな跳ね回れる方が絶対おかしいんだって! 何でそんな皆してボロクソに言うんだよ!?」

 パワータイプが足の遅さを言われるのはよくある事だ。けれども、その分クウガは仕掛けるタイミングというのをよく分かっていた。

 逆に、俺は火力不足だった。そもそも持っている属性武器が短剣と鎖という攻撃力は決して高くない装備。しかもそれぞれが風と水属性。水属性の亀には相性が悪い。

 だから、ゴールドが運んできた武具や死んだNPC兵士が持っていた武器をくすねて戦っている。それでも――

「最大攻撃力を誇るのが投擲スキルとか間違っていると思うのですが?」

「いいからお前は魔法ぶつけろよ!」

 動きの止めた蛇に向け、持っていた武器を二つとも投げつける。その間、ヘキサがようやく詠唱時間を終えて魔法を発動させた。

「ロックフォール」

 アウロスの頭上、亀の甲羅と蛇の頭が丁度重なったタイミングを狙って岩が落ちた。前にハルカがレヴィヤタンに使用した<ロックフォール>よりも小さい岩であるが、あれはハルカが改造した成果だろう。だからこっちが本来の<ロックフォール>。

「どっせェーーーーイ!!」

 亀と蛇が岩を受けて怯んだ隙にクウガがハンマーを野球のバットみたいに振り回し、アウロスの顔面に叩きつけた。

 巨大な体躯を持つ亀が縦にひっくり返った。馬鹿みたいな威力だ。<情報解析>で見れるアウロスの体力バーも目に見えて減った。

 アウロスは二度三度と回転しながら腹を見せる体勢で壁に激突する。

「よっしゃ今だやっちまえーっ!」

「叩け叩け!」

「ひゃはーっ、その甲羅割ったるで!」

 好機と見たPL達が一斉に群がる。だが、アウロスは頭や尾を含めた手足を甲羅の中に収納、そこから霜を噴出を始める。

「構うな突っ込めーっ!」

 凍結効果は装飾品や補助魔法で防いでいるのだろう。凍結効果のある霧の中をPL達が果敢に突っ込んで行った。

「お前は行かないのか?」

「アクセサリーの数が足らなかったんですよ。そう言うクゥさんは空属性なんだし多少大丈夫でしょう?」

「俺は攻撃力が足らない」

 とりあえず、エリザと共にアウロスが反撃に転じた時の備えとして少し離れた場所からタコ殴りにしている様子を観察する。

「寒いんだよこの野郎ッ!」

「鍋食いてーっ!」

「ガチガチガチガチ」

 ストレスでも溜まっていたんだろう。アウロスと関係ない事を叫びながら攻撃して八つ当たりしている。

 言葉を理解して真っ当な怒りを覚えたのか知らないが、アウロスの甲羅から噴出する霧が勢いづいた。というか、あの勢いはもう霧が噴出されているという勢いではない。

「退避ーっ!」

 アウロスの変化に皆が気づき、蜘蛛の子のように逃げていく。最早見慣れた光景だ。

 そして僅かに遅れてアウロスが動き出す。

「…………いや、これって動くというか」

 甲羅が回転し出していた。

 大昔の某怪獣映画の主人公のように甲羅に引きこもったまま高速回転しているのだ。火属性でジェット噴射するわかるが、その体から出てるの冷気だろうが。パクリもといオマージュするなら冷気じゃなくて火出せや。

「そんな事言ってる場合ではありませんよ」

 シズネの言う通りだ。皆が様子を見るというレベルから完全な逃亡に変わる。

 その場で回転し溜めを作っていたアウロスが一気に移動し始める。ヨーヨーの犬の散歩みたいに回転しながら玉座の間の壁を走るように飛ぶ。火の代わりに出る白い煙は凍結効果を残したままで、アウロスが通った跡には氷が剣山のように生え渡る。

 堅い甲羅に閉じこもったアウロスはネズミ花火みたいに不規則な動きで飛び回る。タイミング良く攻撃を当てることは出来るだろうが、こう飛び回られた上に奴自身堅い。

「そんな立派な物持ってても当てれなきゃ意味ないんですよ? 分かってます? ねえ?」

 全員で逃げ回りながら、ヘキサがクウガを詰っていた。

「クゥさんも投擲でドカーンとやって下さいよ。或いはシズネさんの未来武器でバガーンと」

「もう投げる物ねえよ。シズネのは狙いをつけなきゃならねえし、撃った後は硬直がなが――しまった!」

 同様に逃げてきたエリザの訴えを返した時、いつの間にかPL達が一カ所に集まっていたのに気付いた。あの亀蛇野郎、ランダムに移動しているフリをしながら俺達を一カ所に集めていやがった。

 俺達の見る影もなくなた玉座の方に集まっていて、後ろは壁、周囲はアウロスが作った氷の剣山が壁となって逃げ道を塞いでいる。

 そして当然、アウロスは今まで以上の勢いをつけて俺達に正面から突進してきた。甲羅に籠もったままで。

「あの引きこもりウゼー」

「そんな暢気な事言ってる場合じゃありませんよ! 皆さん、アレ! ほら、アレですよ早く!」

 エリザは逆に落ち着けよ。

「魔術師は補助か攻撃、射手は使えそうなアイテムをばらまいて、戦士系は私達の壁になって下さい!」

 ヘキサが珍しく声を張り上げて指示を飛ばした。

 この場合、俺はどれになるんだ? 射手側か? とりあえずアイテムも禄にないので魔法の詠唱を行う。

 魔術師連中が低級ながらも即座に使える補助魔法でPL達の防御力を上げていきながら、アウロスの勢いを少しでも弱めようと攻撃魔法を加える。俺もそれに混じって<ストーンファング>を唱えるが、突進を邪魔するどころか回転の勢いさえ弱められない。

 これは本気で不味いと思っていると、薬品によるドーピングと補助魔法を受けまくった前衛組が肉壁の前に飛び出した。

「ピンチはチャンスに変えるものォ!」

 薬の飲み過ぎか危機を前にしたからか、アドレナリンが過剰分泌気味のテンションでクウガが槌をバッターのように構えた。そういえばこいつ、名前は忘れたが鉄の蜘蛛か蟹か分からない中ボスに腕を切られた後もこんな感じだったな。

「シズネ、大砲ッ!」

 出し惜しみは無しだ。最後の一個となった赤い石をシズネに投げ渡す。

 シズネは赤い石を片手で受け取ると、右腕を変形させながらそれを砕く。すると変形して現れた砲口からの光が普段より五割増しに輝いた。

 そして発射される爆炎。派手になったエフェクトに背かない爆発はアウロスを捉え包み込む。

 それでも奴は止まらない。甲羅は砕けず、噴出する冷気も変わらない。だが、さすがに勢いは弱まった。

 その僅かな減速の瞬間を狙い、クウガを含む前衛組がそれぞれ武器を振り回す。インパクトの瞬間まで同時のなんとも息の合った攻撃がアウロスに直撃する。

 空気が震えるほどの衝撃が後ろにいる俺にも届き、アウロスの動きが止まった――ように見えた。一瞬は止まっただろうが、完全に止めるほどではない。

 競り負けた前衛組が逆に吹っ飛ばされ、アウロスはこちらに突進。壁役が防御系スキルを使用しながら前に出る。

 だが、それとの衝突によって生じた衝撃、氷付けになった床の崩壊、受け止められながらも回転を止めず盾役を押し退けながら迫るアウロス。

 視界がグチャグチャにかき乱される、当たったのかどうかも不明瞭となる。だが、伊達にエノクオンラインで生きていない。

 回転する視界の中でほぼ反射的に腕を伸ばし、何か石のような物を掴む。浮遊感と同時に引っ張られるような感覚を覚えつつ、支えを得たことで視界がまともになる。

 次の瞬間、巨大な影が頭上を通過した。

「危ねっ!?」

 別に避けなくとも当たらなかっただろうが、思わず心なし程度に頭を下げる。通過した際に生じた突風に髪を煽られ、頭上を完全に通過したと思って後ろを振り向く。

 城の外が見えた。

 どうやら、アウロスのせいで壁一面が完全に崩壊したようだ。視界の隅には俺同様に壊れた壁の縁に掴まって難を逃れた奴もいる。

 そして、アウロスが殻に閉じこもったまま城の外へと落下していた。さっきの影はあいつだったか。

 無いと分かっていてもそのまま墜落死してくれと思いつつ巨大な甲羅が龍の巻き付く城の傍を落下していくと云うシュールな光景を見下ろすと、PL達も一緒に点々と落下しているのを発見してしまった。

 こういうのをゴミのようだとか蟻のようだとか言うのだろうか?

「ああ、ったく」

 現実世界リアルなら人の目があろうと無視していたが、電脳世界エノクオンラインでは無視する訳にもいかない。なんたって、心身共にやれるだけの余裕があるのだから。

 支えにしていた壁の一部から手を放し、重力の法則に自ら従う。落下しながら身を翻して体の向きを変える。正面を地面に、足を城の外壁に。

 俺はそのまま落下しながら外壁を駆け下りた。



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