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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第八章
82/122

8-7


 氷が張って凸凹が出来た城の壁やレヴィヤタンの胴体を経由して城を文字通り駆け上がる。表面が滑るものの何とか基礎ステータスの敏捷値にモノを言わせたり短剣や手斧をピッケル代わりにすれば走るように登る程度は可能だった。

 時々試しでレヴィヤタンの胴体を切ったり叩いたりしてみたが、氷柱や冷却ガスが出てきたのですぐに止めた。トラップかよ。

「えーっと、あいつらどこ行った?」

 見事に氷漬けになった城の中を彷徨いながらタカネとモモの姿を探す。

 レヴィヤタンの城はやけに吹き抜けや空洞が多いと思ったが、おそらく第二形態の姿形と大きさを想定していたんだろう。なら、アスモデウスの時は何故あんな派手にブッ壊れたのかって云う話になるのだが。

「もう先に行かれたのでは?」

 シズネの言う通り、既に先に進んで行ったのかもしれない。それはそうで別に構わない。僅かなアイテムが無くなっただけなのだから。

「チャットやメールで連絡を取ればいいでしょうに」

「面倒。それに、無理して届けるほどの物じゃないから」

 言って、作成した桜団子を手の上で弄ぶ。だが、シズネの団子を見る目は冷ややかだった。

 階段を昇り続けた結果、とうとう玉座の間にまで着いてしまった。そういえば、真っ正面の正しいルートで入るのは初めてかもしれない。

 レヴィヤタンの玉座の間は氷の間と言った方が正しいような部屋に模様替えされていた。床や玉座が破壊されていたりなどボス戦の激しさの痕を残しているが、そこを含め部屋のあらゆる物に氷が張っている。水路も同じく完全に凍りついており、天井近くの壁から流れ落ちていた小さな滝もそれは同じで、流水の動きをそのまま保存したように凍っていた。

 一瞬で凍った故にまるで時が止まったみたいに静止した部屋の中でタカネとモモ、それにシオとエイトの姉弟がいた。

「何やってんだ?」

 四人(プラス一匹)に声をかける。

「少し休憩して、ここから行こうと思ってるの」

「ふうん。シュウ達は?」

 振り返った中に他の<鈴蘭の草原>のメンバーが見えず、それを聞きながら近づく。後ろでシズネが俺にしか聞こえない声量で小さく溜息を吐いた。

「シュウ達は外から援護してくれるわ。他のボス攻略組は別ルートから。それと一体だけタフな魔族がいてそれの対処」

「丁度良い。お前も来いよ」

「えー、やだ」

 エイトの提案を無碍に返して、モモの乗る大虎の前まで歩く。

「敏捷値そこそこあるだろ。それにこういうの得意だろうが」

「面倒。だいたい、一撃でも受ければ紙みたいに吹き飛ぶし」

 テキトーに返しながら虎の頭を撫でつつ、自分の体で隠す位置取りをしながら桜色の団子を虎の眼前に突き出す。

「………………」

 臭いは嗅ぐものの、虎は口を付けず明らかに不審そうな目でこっちを見上げてくる。訝しげに眉をしかめる顔が何とも人間臭い。それに虎の上に乗るモモまでも不審者でも見るかのような目で見下ろしてくる。

 別に怪しいアイテムじゃない。ちゃんとペットに与える餌としてレシピのある食べ物だ。隠し味はあるが毒じゃない。さすがにペット用のは味見したことないけど。

「他の奴には内緒な」

 そう囁くとモモが頬を膨らませた。だが、

「あっ」

 賢い賢い大虎さんはペロリと一口で団子を食べてしまった。

 小さく声を上げてからモモが俺を睨む。口数の少ない少女の瞳からは――うちのペットに何喰わしてくれたんじゃワレ、と口以上にものを語っていた。

「何を食べさせたの?」

 後ろからタカネが俺の行動を見ていたのか疑問を投げてきた。いつの間にそんな背後まで近寄っていたのか。他の連中の目は誤魔化せてもやっぱりこいつは無理だったか。

「オツヤ」

「………………」

 タカネとモモによる両サイドからの鋭い視線がキツい。

「まあいいわ。あんまりゆっくりもしていられないし。行くわよ」

 しばし目を細めて疑わしそうに見られてはいたが、タカネはすぐに頭を切り替えてボス戦に挑むために大虎の背に、モモの後ろに乗る。

「お前等は何も乗らないの?」

 ヤンキー姉弟は首を横に振った。

「騎乗スキルはそんなに高く無いのよ。足下気にしながらだと戦い難いだけで、別に上れない訳じゃないから」

「それでも踏ん張りが利かないからな。何かに乗ってた方がまだ力入れやすい」

 龍の背を走って顔をブン殴りに行こうとしてる奴が踏ん張りだの何だの言っても説得力が微塵も無い。というか何言ってんだこいつ、という気持ちになる。リアルファイトが弱いなら馬鹿に出来るが、この姉弟はリアルファイトバッチコイだからなあ。

「そんじゃあ、行ってらっしゃい。置いて行かれるなよ」

「何を言って――」

 いきなりモモとタカネの乗る大虎が急発進して風のように駆けた。

「――はぁ!?」

 俺達の横を高速で通り過ぎた大虎は破壊された玉座の後ろにある凍った滝の一つに跳び乗ると、それを橋代わりにして駆け登り、そのまま直進して壁を破壊した。

 体当たりで見事なまでに壁を破壊した虎はそのまま外に躍り出て、ちょうど前にあったレヴィヤタンの背の上に着地するとゴムボールが跳ねるようにそのまま走って行ってしまった。

 虎が俺達の視界から消える直前、タカネがこっちを睨んできた。俺のせいじゃないから。ドーピングしてやったのは確かに俺だけど、あそこまでハッスルするとは普通思わない。

「追わなくてよろしいのですか?」

 呆けた姉弟にシズネがポツリと漏らす。すると二人は慌てて虎と同じルートで走りだした。

「頑張れよー。後は任せたー」

 馴染みの誼で声援だけは送ってやる。虎が空けた穴から外に出ようとしたエイトがこっちを振り返って睨んでくる。

 その時、背後から何かが派手にブッ壊れた音がした。

 後ろを振り返ると玉座の間の扉が壁ごと破壊されて霜による粉塵が巻き上がっていた。

 そして白い粉塵の向こうから、尾が蛇の巨大な亀が姿を現した。

「…………あぁ?」

 誰にも言うわけでもなく悪態を付く。もしかしてアレか。アレがレヴィヤタン以外にも厄介な魔族がいると云う話は出ていたが、アレがそうか?

「頑張れよ。後は任せたぞ」

「あっ、テメェ!」

 意趣返しか、エイトはそう言い残してさっさとシオと共に外に出ていってしまった。

「罰が当たりましたね」

「うるさい」

 亀の化け物と二人の消えた壁の穴を交互に見る。

 亀、というかイグアナみたいな刺々しい頭を持つ魔族は壁の穴を一度見上げたが、頭を下ろしてこっちを見た。

 円らな黒い眼と視線が合う。

「………………」

「………………」

 亀が口を大きく開く。そして真っ赤な喉の奥から青白い光が発射された。

「オイオイオイオイッ!」


 ――水の魔王レヴィヤタンには腹心の部下がいる。水色の肌をした蜥蜴男リザードマン似の魔族で、常に城の警備に眼を光らせている。彼が城を守護している限り、魔王に近づく事はできない――。

 というのが本来用意されていたメインクエストの説明文だ。だが悲しいかな。本来なら魔王へ行くための関門としてPL達の前に立ちはだかる筈のネームドはゴールドがNPC兵士を率いて進軍して来たせいで存在感がまるで無かった。

「ああ居たの? というレベルでしたね」

 言ってやるなよ。アスモデウスとは違う生々しい蛇の頭突きを横に跳んで、同じく冷凍ビームを避けながら可哀想な事を言うシズネ。

 そもそも、今までのボス攻略だって正規の手段から外れているのだ。

 魔王城を攻略する為の手段としていくつかクエストが用意されている。本来なら順にクリアしていく事で魔王と戦えるようになるのだが、課程を色々とすっ飛ばしてしまっている。

 アスモデウスの時は<オリンポス騎士団>が真面目にメインクエストをこなしていたようだが、そのいくつかクエストとして出現する前に消去されて無かった事にされていたのがプログラマー達によって発覚した。アスモデウスが予定より早く目覚めた事とは関係ない。ああ、だから俺のせいじゃない。

 アモンの場合は向こうから手続きを無視してきた。大量のPLがいる上に防壁のある街に魔王自ら襲撃するという、本来“待ち”の姿勢である筈の存在が“攻め”に転じる異常事態。この場合は向こうがおかしいのだ。

 そして今回のレヴィヤタン攻略。ゴールドの行動もそうだが、天使が魔王城を襲うという事態。世界設定上は敵対しているからと言っても同じNPCがイベントでもないのに争うとか、見方によっては共食いだ。

「いたぞ、こっちだ! またクゥが餌になってるぞ!」

 必死なって逃げ回っていると、破壊された壁の向こうから複数のPLが姿を現す。その中にはエリザとヘキサ、それとクウガ…………ついでにミーシャの姿もあった。

「お前等遅いぞ!」

「仕方ないだろ! 寒いし冷たいし敵が強くなってるし!」

 レヴィヤタンの迷惑な巨体から発せられる冷気のせいで城在住のモンスター達が強化されている。配下を強化とか、多分後付けの機能だ。あの女はPLの技術と云い、俺のバグと云い、PL達にとって傍迷惑なことばかりしやがって。

「くゥオラァァ! この亀蛇野郎がテメェマジで切り刻んだらァ! そんでハブ酒片手にスッポン鍋パーティーじゃァああ゛!」

 …………何アレ?

 露出狂の残念美人が二刀流で剣を振り回しながら魔族に突っ込んで行った。

 やれやれと溜息を付きながら狂人の援護に走っていくPL達の中からヘキサを捕まえてミーシャを指さす。何が言いたいのか分かってくれた黒魔女が説明してくれた。

「最初にあのモンスターと遭遇したのが彼女なんですよ。その時に不意打ち食らってボッコボコにされたんです。ププッ」

 最後の笑いは聞かなかったことにする。

「しかも受けたダメージを回復してる最中にボス攻略組に置いていかれちゃって、タカネさんに良いところ見せるんだと中坊男子思考で立てた計画がいきなり頓挫したので勝手にキレてるんです」

 面倒というか馬鹿だろあいつ。というか前にも何度かキレてる姿を見たことあった気がする。

「弱くはないんですけど、間が悪いというか運が悪いというか。ぶっちゃけた話、かませ属性なんでしょうね」

 半笑いで言うなよ。

「クゥ様、回復をお願いします」

 PL達が来てくれたおかげでタゲから外されたシズネが現れた。盾にしていたせいでそこそこダメージを受けているようだった。肩に手を置き、回復薬で自分の体力を回復させながら<エナジードレイン>でシズネの体力も回復させる。プリムラから手に入れたスキル、<自動回復>のおかげもあって二人とも回復が早かった。

「………………」

 ヘキサがその様子を不審そうに見ていたが、敢えて無視する。

「というかお前等も戦え!」

「そうですよー! 見てないで手伝ってくださいよ!」

 クウガとエリザの懇願もついでに無視する。

「ミノルさんとミサトさんは?」

「ミノルさんはトルジさん達を連れて対サイバーテロ課の人達と一緒に頭の方行きました。ミサトさんは裸族を盾にザコモンスターを間引きしています」

 裸族って、橋のところで会った変人達か。肉体抵抗値の高いあいつらならこんなに寒くても平気なんだろうな。妙な話だが、何も着ていないと肉体抵抗値が上がりやすくなるらしい。

「アールはどうした?」

 こいつも人格に問題大アリだがアールより優秀なんじゃないか? とかふと思って、そういえばあいつどうしたんだろうかとヘキサに動向を聞いてみる。

「ああ、アールなら――」

 スライム大好き電波系魔女っ娘は淀み無く答えてくれる。やっぱりアールより優秀だろ。頭おかしい部類だが。

「生き残った兵士の皆さん集めて城壁に群がってましたよ。ケーキに集る蟻みたいに」

 外との出入りを可能にするため頑張っているんだろうが、他人事として見てみるときっと間抜けな光景なのだろう。今から観に行くか?

「写真見ます?」

 何でわざわざ画像なん撮ってるんだよ。そう突っ込もうと思った時、城が僅かに揺れた。

 ――何事だ、とPL達が亀の怪物に意識を向けたまま警戒する。まさかレヴィヤタンの身じろぎで城が軋みを上げたのでは、と懸念する中でエリア指定のボイスチャットが開いた。

 あっ、ヤベェ閉じなきゃ。なんて思って実行に移すよりも早く馬鹿の高笑いが聞こえた。

『フーッハハハハハハッ!! 皆の衆、待たせ――』

 喧しい。途中でボイスチャットを閉じてやる。

 今の揺れ、まさかゴールドが? あいつは城の外にいるはずなのにどうやって?

「…………どうやらあの馬鹿殿様、戦艦持ってきたみたいですね」

「――――はぁ?」


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