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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第八章
81/122

8-6

「あいつ滅茶苦茶デカいんだが? 体長度外視してもアスモデウスよりでかいとか。このゲーム作った奴は何を考えてるんだ?」

「人を電脳世界に閉じこめるような人間の考えなんて分かる訳ないよ」

「そうだねえ。せめて人に迷惑かけないで欲しいよねえ」

 頭上から氷柱が落ちてきたので俺とシュウとアールは座ったまま後ろに移動して避ける。人の頭ほどのそれは地面に落ちると砕けるどころか地面に突き刺さる。

「つうか、この寒い中何が悲しくて男共と顔つき合わせて密談しないといけないんだ?」

「それは言わないでよ。今、手の空いたプレイヤーが焚き火を方々に設置してるから我慢して」

「それも命がけだけどねえ。なんか、魔王以外にボスクラスの魔族が暴れてるみたいだし。シュウはまだいいよね。後で恋人に暖めてもらえば」

「こいつクリスマスのたんびにハルカとイチャついてウザいのなんの」

「そういうクゥだってクリスマスの時――ごめん、何でもない」

「シュウ様、是非ともその続きを」

「黙れ駄メイド。主人のプライバシーに首を突っ込むな」

「君達、余裕あるよね」

 割れた瓦礫に集まるようにして元の位置に座り直した俺達を見て、ヤベさんが呆れたように言ってきた。

 城の壁を背に、俺を含む五人(内一人NPC)がダベっている。ただ雑談をしている訳ではない。ちゃんとした理由があるのだ。

「別に余裕があるって訳じゃないんですけどね」

 壁を背にしたまま角の向こうを見る。

 向こう側は霧に覆われており、その奥には巨大な影がある。影は第二形態で龍になったレヴィヤタンの長い胴体で、霧はその体から出る細かい霜が宙を舞っているのだ。

 霧の中に入ればスリップダメージを受けてしまう。それでなくとも胴から離れ霧も届かないこの距離でも冬のように寒いのだから誰も近づきたくない。

 第二形態へと移行したレヴィヤタンはその長い胴で城に巻き付き陣取った。そのまま城を破壊することもなく、口から冷凍ビーム吐き出したり雹や氷柱を振らせたりと好き放題に暴れまくっている。

 魔王が巨大化した際の逃げ道確保の意味もあって広場に陣取っていたPL達の多くは、脱出できたようだが城に取り残されたPLは巨大なレヴィヤタンに四苦八苦している。

「つか、アールは何でここに残ったんだ?」

 ゴールドは真っ先に逃げ出している。アヤネもその時に運ばれて行ったようだ。そして同じ広場にいてアールだけが何故かここに残っている。

「いやさ、城そのものがボスステージみたいになった訳だろ? 現にレヴィヤタンの胴体や氷のせいで出入りできないし。通信も通じなくなる可能性を含めて残ったんだけど…………」

『いやいや、まさか閉め出されるとは。この世界は度々私達を驚かせてくれる。予想外な事ばかりだ』

『その筆頭が何を言ってるんでしょうかねー』

『何にしても、こちらはレヴィヤタンの相手で手一杯だ。外のプレイヤー達には何とか出入りする方法を見つけて欲しい』

『回復アイテムの補充が受けられないのはキツい』

『どうでもいいけど、アールはどこ行ったの?』

『アールさんなら、城の中に向かっていくのを見ましたけど?』

『はぁ? なんで?』

『さあ?』

「…………無駄だったな」

 率直に言ってやるとアールは項垂れた。

「そもそもアール様でなくともヤベ様やシュウ様、その他にもたくさんの魔術師ハッカーの方がいるので問題ないのでは?」

「うぐっ!?」

 そしてシズネの言葉をトドメにアールは胸を押さえて倒れた。惨めだな。

「いるよなー。一人で思いこんで突っ走って結局意味もなく自爆する奴って。お前はもうちょっと理知的な奴だと思ったんだが。しょうがないよな。お前だって男だもんな。格好つけたい時もあるよな――ハッ」

「そう言って肩を叩くの止めてくれないかな? 露骨に笑いながら生暖かい視線を送ってくるとか斬新過ぎるんだけど」

「い、いやいや、僕達はあくまで趣味の範疇程度の腕しか持ってないから。プロのハッカーであるアールさんがいてくれて心強いですよ?」

 慌ててフォローするシュウは本当にイイ奴だと思う。

「アールの事はどうでもいいけど、他は何でここに集まってる訳? ここは俺が見つけた死角なんですけど。人多いと見つかるだろが」

「見捨てる気満々だね」

「いっそ清々しいですね」

「前に、アスモデウスの城で危ないところを助けてくれた少年とは思えない」

「すいません。クゥは親しくなった相手ほど容赦が無くなるタイプなので。本当すいません」

 お前は俺の母親か。

 ヤベさんはキリタニさんの部下の中で一番若いせいか気軽に馬鹿話ができる。そのせいかもう色々と遠慮がなくなった。

「それで、他の連中置いて何でここにいるんだ?」

「僕はどこかと合流しようとしたらクゥの姿を発見したから」

「課長に離れた場所から民間人の援護に回れって命令されたんだよ。遊撃担当の人達は城の中にバラけてたから」

「僕の場合は射手だから広いフィールドを活かしながらタカネ達を援護するため」

「いや、俺の所に集まる理由になってないから。大体――」

 文句を言おうとした時、影が落ちた。全員が顔を上げて真上を見る。

 レヴィヤタンの尾が落ちてきた。

「うおおっ!?」

 バタバタと全員で慌てて壁から離れ逃げる。音と衝撃、落下してきた際に生じた砂塵と共に霜が周囲に満ちた。

「クソが、寒いっつーの!」

 半ばヤケクソ気味に槍を投擲する。それに続いてシュウが矢を、アールが<ストーン・ショット>を放つ。的がデカいので悉く命中するが、

「減ってないし。耐久値カンストしてないか、あれ」

「HPが万単位のボスに一かゼロダメージを与えてるみたいな感じだね」

「ああ、あのスロットみたいな感じでダメージ数が表示されるゲーム」

「そういえばあれの新作がもう出てる頃なんだよね。帰る頃には攻略し尽くされてるかなぁ…………」

 シュウが微妙にホームシックに陥り始めた中、俺達の攻撃を受けても大してダメージを受けていない尾はズルズルと動いて俺達の視界から消える。と言っても、顔を上げればレヴィヤタンの長い胴体が嫌でも視界に入るのだが。

「これ、どう攻略するんだ?」

 霜によるスリップダメージは我慢するとしても、せっかく近づいて攻撃してもダメージを与えられない。

「アクションゲームでこういうステージあるよね」

 シュウの言葉に全員が城を見上げる。城に体を巻き付けた龍の頭部が――ぎゃおーっ、と吼えてそうな感じで存在していた。

「まあ、ゲーム的には頭狙えば良いんだろうが…………」

「登ってくれっと言ってるようなものだしね」

「でも、スリップダメージがあるし、鱗とか滑りやすそうだ」

「身軽な人、なおかつ水属性の耐性が強い人なら行けるでしょうけど」

「そう言いながらこっち見るの止めろお前ら。それとシズネ黙れ」

 忠誠心の欠片もないメイドロボは――失礼しました、と白々しく言って口を閉じた。無感情さが本物のロボット以上に無いところが更に人の神経を逆撫でしてくる。

「別に試すだけならやってやらんこともないが」

 優等生がアスモデウスにられた時の事を思い出すと嫌な予感しかしなかった。あいつはアスモデウスの第二形態で人の姿が残っていた箇所に攻撃を仕掛けたが、結局そこは弱点でもなんでもなく、返り討ちにあってしまった。

 まあ、既に熟練度の伸びがストップしているような攻略組の攻撃を受けて一ダメージ程度なら弱点と云うかちゃんとダメージを与えられる場所があると思う。でなければ無理ゲーだ。

「道連れ募集しようぜ」

「いいの? そんな事言って」

 それはどういう意味だ? アールの呟きに首を傾げるとヤベさんが口を開いた。

「いや、やっぱり僕が行こう。正直言ってノリに合わせただけなんだけど、そういう事はまずこっちがやらないと」

「………………」

 急にキリッとした顔になってチャットウィンドウを開くヤベさん。アールのような演技でも無く、ゴールドのような頭のネジの違う類のものでも無い。大学出たばっかの若造の青い顔から仕事に誇りを持って取り組む大人の顔に変わっていた。

「課長、レヴィヤタンの頭部への攻撃なんですが――」

 そしてキリタニさんと通信を始めた。言葉の端々から正解かも分からない危険極まる行為を前向きに話し合っているのが予想できる。

 外の気温寒い筈なのに、汗が流れたような気がする。

「普通そうなるよね」

「わざわざ途中参加して来た人達だから」

 シュウとアールからの何とも言えない視線が突き刺さる。

「そんな事言われてもなあ。俺一般人だし」

「それこそ、そんな事だから。今更一般人面も何もないって」

「そう主張するのは自由だけど、ねえ?」

 確かに僅かな良心にくるものがある。シズネも黙ってはいるが目では――人として何も思わないのですか、と訴えて来てるし。

 重圧かけられるとより頑なになる自分の性分が揺らぎかけてる時、キリタニさんと相談(レヴィヤタンの頭にカチ込み作戦について)していたヤベさんが声を上げた。

「ええっ!? タムラさんが今行った!? 馬に乗って?」

「………………はあ?」

 今なんて言った?

 ヤベさんが叫んだ言葉の意味が分からず一瞬思考停止する。いや、ただ単に騎乗して突撃かけた程度なら訳が分からないという事は無い。騎馬で戦うPLは珍しいもののいる。

 問題は足場となる場所だ。

 シズネが俺の肩を叩いてきた。振り返ると、彼女は空を指している。俺達四人はその指に従って首を動かす。

 依然変わらず城に巻き付くレヴィヤタンの姿がある。偶に口から冷凍ビームを出す以外は大人しいが、デカい生き物が動くだけで傍迷惑だ。

 だが、怪獣の映画ムービーの宣伝ポスターみたいな絵面は今はどうでもいい。いや、関係あるけどもっとシュールな光景がそこにあったのだ。

 レヴィヤタンの長く太い胴体。その上を馬で駆ける老人の姿があった。ああ、わざわざ言葉にしなくても分かるだろうが、それはタムラさんだった。

「武者だ」

「騎馬だ」

「パカラってんな」

「さすがタムラさん!」

 そういう問題でも無いと思うぞ、ヤベさんよ。

 クウガが趣味半分で作った武者の鎧を装備したの御老体は左手で手綱を握り、右手で十文字槍を持ったままレヴィヤタンの胴体を馬で駆け上っている。

 あれだけデカければ足場には十分だろうが、スリップダメージがあるんだぞ。氷柱だって生えてくる。しかも揺れだって起きる。

『サムライだ!』

『オオーーッ、ブシドー!』

『タケェダーーッ!』

 息を吹き返したように共有のボイスチャットが騒がしくなった。自動翻訳のせいかエセ外人みたいな声がバンバン聞こえる。

『その手があったわね』

 そして我らがギルドリーダータカネが真似しようとしていた。まあ、お前なら出来るだろうよ。

『誰か馬でもなんでもいいから乗れるもの貸してくれない?』

『搬送用に連れてきた馬が一頭残ってる』

 一頭だけか。だとしたら足りないな。

『足りないわね。仕方ないわ。私は自分の足で行くから馬は別の人に譲る』

 最初からそうしろっていう話だな。

『わたしのは?』

 あまり自分から発言しない(人を貶す時以外)モモが珍しいことにチャットに割り込んできた。相変わらず短くて意味不明だが、おそらく自分のペットである大虎の事を言っているのだろう。

 あの出所不明な虎は平面の移動は馬に負けるが高低差のある場所の移動なら得意だ。それに戦闘に耐えるどころかそこらのモンスターとタイマンして勝てるほど強い。何より頭が良い。

『そうね、途中まで相乗りさせてもらうわね』

『うん』

『なら、モモのこと頼んだよ』

 一応、保護者である立場からかゴールドがモモの身を気にする。あいつは放任主義の癖して甘やかすのだから。

『では、それ以外の者は二手に別れよう。城の中からレヴィヤタンに攻撃する組と、ボスクラスの魔族他と戦う組に。外からの援護は受けられない。皆、注意して行動してくれ』

『邪魔な氷はこっちで何とかできるかもしれない。私に良い考えがある』

 それフラグだから。そもそもゴールドの考えというのは領主の地位を奪った行動からも分かるように、ロクなもんじゃない。

『よし、行動開始』

 キリタニさんがしめると、ボイスチャットも静かになった。

「それじゃあ、僕は課長と合流するよ」

「タカネの援護をしてくる」

「こっちは生き残ったNPCを回収して再編成してみる」

 それぞれ自分の役割を決めると野郎三人は霜の漂う城の中央向かって走り出した。霧の中に消えて行く彼らの姿を見送ってから思う。あいつら結局何しにここに来たのだろうか?

「私達はどうしますか?」

「どうするかなー」

 城からは出られない。外からは通信は出来ても補助魔法やアヤネの歌魔法は届かない。このまま隠れてじっとしているのも良いのだが。

「まあ、やれるだけやるか」

 さすがに何もしないままなのは居心地が悪い。というか気まずい。

「そう言いながらどうして調理キットを取り出すのですか?」

「うるせぇな。考えがあるんだよ、考えが」

「失敗フラグですね。それにクゥ様は反射神経の方ですからそのように考えがあると言われても、その…………」

 普段はズケズケ言ってくる癖に、何でそんな言い辛そうに言葉を濁す。余計に腹が立つぞ。

 俺はアクションでは無くて普通にウィンドウで食材のアイテムカーソルを重ねる事で<調理>を開始する。だが、投入しようとしていたアイテムの一つがアイテムボックスに無い事に気づいた。

 プリムラとの戦闘の時にアイテムボックスにあった分を使い切ってしまっていたのだ。今更気づくとか、我ながら間抜けだ。

「戦闘中じゃなくて良かったよ」

 周囲では戦闘音がバンバン聞こえ始めてきたけどな。

 中空に表示させているアイテムボックスのウィンドウから一つのアイテムを実体化させる。それは本来は<調合>などで完成品を入れておく瓶なのだが、中には液体ではなく砂が詰まっている。

「新しいの出来てるかな?」

 軽く瓶を振る。瓶の動きに従って細かい砂が水のように揺れ動く。すると中から赤い結晶が顔を覗かせた。

 アスモデウスの死骸であるこの砂は時折赤い結晶を生み出していた。何が、何で、どうやってなんかさっぱりだし特に興味は無いが良い拾い物をしたとは思っている。甲子園の土を拾うノリで回収しただけなんだがな。

 <ソウルドレイン>もこれが無いと使えない。消費型の魔法媒体ではあるようだが、一概には言えないだろう。だって、どんな効果があるのか説明文も何もないのだ。だから色々と検証しないと分からないのだが、そんな面倒な事俺がする筈もない。だから偶然知った効果しか分からない。

 生成された赤い結晶を全て取り出して、その一つを<調理>の最後の食材として投入し実行する。十数秒待って実行具合を示すバーが百パーセントになるのを待つ。

「完成、っと」

 そして出来上がったのは桜餅みたいな丸い団子だ。

「ホウ酸団子ですか?」

 違うから。

「さて、と…………」

 調理キットを片づけ、収納スロットの武器のストックを確認する。心もとないが、広場に運んだ木箱の中には投擲用の槍と投げナイフの予備がいくつかあった筈だ。それを途中で回収しよう。

「今からでも城登っていけば、追いつけるだろ。行くぞ」


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