8-5
「私が精神的に逞しくなったのは四割がセシリアさんで一割が<ユンクティオ>、残り五割がクゥさんのせいなんですよ! あんなになったのもきっとクゥさんのせいです!」
何その理論。自分で言うな。張っ倒すぞ。というかあの変態集団の中にいて一割とか言っている時点で元から変なんだよお前は。
「ああ、ユイさん…………あんなん成っちゃって」
疑似麻痺が解けたのか知らないが俯き涙を拭き取るフリをしながらエリザの呻きは続く。
「ボッコボコのボッコボコにクゥさんから虐められ、心身共に自己防衛の為に被虐資質へ傾くしか無かったんですね。うぅっ、可哀想なユイさ――今はプリムラさんですか」
何そのエロいストーリー設定。まあ、実際に二人掛かりでボコったけど、相応のダメージをこっちだって受けている。それにあれはマゾっぽく聞こえるだけで他意は無いと思うぞ多分。それに<情報解析>でさりげなくネームをチェックする辺り実は余裕あるだろお前。
「刺したり抉ったり押し付けたりしてましたね。ええ、それはもう大事なモノまで奪って」
「開口一番主人を貶めるな」
ようやく復活したらしいシズネがわざと誤解されるような事を宣った。あー、突っ込みが追いつかねえ。
誰か代わりに突っ込み出来そうな奴がいないか周囲を見渡すが、どいつもこいつもツッコミどころか悪ノリするタイプだし、唯一まともそうな射手のPLからは目を逸らされる。切実に味方が欲しい。
「それよりも、まず彼女をどう対処するか問題ですね」
起き上がり、空に浮かぶプリムラを見上げるシズネ。俺も立ち上がって隣に並ぶ。天使もといプリムラはメンヘラ気味に微笑んでいた。
「よし逃げよう」
言って踵を返した途端、エリザに肩を掴まれる。
「逃がしませんよ? 今、他の人にメール打ってますからそれまで待ってください」
「…………反応早いな」
「逃げるのは予測出来てましたから。ただでさえ天使勢が先に来てたりと混乱しているんです。自分が起こした事は自分で責任持って対処してください」
「えー」
本格的に俺のせいになっていた。
「えー、じゃないですよもう! 私の時だって酷い目会わされて魔王と戦ったり石になりかけたり挙げ句には怖い人に脅されるし、うわぁーーーーん!」
「泣くなよ」
泣いてる女見るとすっげー萎えるんだけど?
「あ゛あ?」
「お前方々から悪い影響受けてるだろ」
泣いているのか脅しているのか分からないエリザから何とか逃げようとしていると、上の方から爆音がした。メンヘラ堕天使がまた何かしたのかと一瞬身を強ばらせるが、どうやら違うようだ。
再び見上げるとプリムラよりも上、城の頂上の壁が内側から破壊されたらしく、壁だったが瓦礫の一部が城の側面を転がり落ちているところだった。
そして破壊された壁から三対六の翼を持った赤い鎧の天使が外に飛び出してくる。天使って壁を破壊しての登場が流行ってんのか?
「うわっ、強キャラっぽい人が出てきましたよ!?」
「強キャラって…………」
まあ、確かに強いだろう。あの赤い鎧の天使はレヴィヤタンと言い争って奴だ。頂上付近、玉座の間のある場所から出てきたと思えば今の今までレヴィヤタンと戦っていたのかもしれない。現に負傷しているエフェクトがかかっている。魔王同様に<情報解析>でもろくにステータスが分からない天使をわざわざ相手するPLなんていないだろうし、いたとしてもそんな魔王討伐に大きな支障を来たしそうな情報が出回っていない。
「クゥ様はポップ音など消しているではないですか」
「そういえばそうだったな」
が、今見てもそういった情報は入っていない。
天使が既に攻め行っている中での魔王討伐。ただでさえややこしい状況なのにより混沌としてきた。というかあのカマエルとか言う奴は何しに出てきたのか。
カマエルはプリムラの頭上に止まると、彼女を鋭い視線で見下ろす。俺は連中の言動を注視する。一方で、橋の上にいたPL達は同じく生き残っていたモンスターに飛びかかられて騒いでいる。
「ああ、もうっ! 変態になるわ全身痛いわ天使が出てくるわモンスターがまた襲ってくるわで何なんですか、もう!」
「落ち着け。一つずつ片づけろよ」
「それなら手伝ってくださいよー!」
「俺は天使見張ってるから手が離せない」
「そう言うと思ってましたよ、わぁーーーっん!」
この状況か、それとも感傷を受けているせいなのか本格的に涙目になってるエリザがさすがに哀れになってきたのでシズネを付けてやる。
その間俺は<鷹目>と<読心術>、それに<聞き耳>を使ってプリムラとカマエルの様子を伺う。最近、デバガメみたいな真似ばっかりしているような気がする。
『まさか、二人目の解脱者が出るとは』
カマエルがそう言った途端、いきなりプリムラに切りかかった。
「おーいおいおい」
お前等味方じゃないの? という疑問が一瞬沸いたが見た目からしてプリムラは堕天使になった訳で、上に立つ者としては見逃せないか。
『クゥ、見てる?』
剣と鎌で打ち合い始めた二人を傍観しているとアールからのボイスチャットが届く。
「鳩とカラスの喧嘩なら観戦してる」
『そう。こっちからは小さくしか見えないけど、随分と様変わりしたみたいで。で、上手くいったのかい?』
「さあな」
自分のステータスウィンドウを見ると、文字化けは消えていた。そして隠しスキルとして<自動回復>のスキルを見つける。
『さあなって……結果を聞きたいんだけど』
「んー」
追求してくるアールの言葉を適当にあしらいつつ、スキル説明のウィンドウを開く。どうやら時間の経過と共に回復する自然回復の上位版のようなスキルらしい。自然回復は動くのを止めて休まなければならないが、こっちは何しても勝手に回復する。それと、スキル説明の欄には載っていないが、変なバグ程度は直せるようだ。
「それよりも他はどうなってる?」
他の連中の状況を聞く。カマエルがここにいるならボス部屋はどうなっているのか、城での戦況。それに城内で見た虫人間も気になる。
何も答えない俺にアールは口を少し噤んだが、律儀に答え始める。
『天使が動いてるおかげで防衛組は大した事はない。兵士達も頑張っているしね』
NPC凄いな。
『天使と魔王軍は完全に敵対している。ボス部屋では赤い鎧が着た天使とそれに従う天使が既に戦っていたようだよ』
「その赤いのが今こっちにいる訳だが」
『うん、まあ、報告受けたしこっちからでも視認したけどさ』
聞いてから俺は橋の隅に移動する。落下中に見えた光景では確か、この橋から城門前の広場を見ることができるはずだ。
見下ろしてみれば、記憶通り広場を一望できた。
城門前広場には多くのNPC兵士らが集まって散発的な戦闘を繰り広げている。特に門周辺が守られていて、回復アイテムなどの消耗品を詰め込んだと思われる木箱が積み重なっている。
広場中央にはアヤネの姿がある。相変わらず歌っている。あの派手な格好で踊っていたらまんまアイドルだろう。そしてアヤネを守るように少し離れた場所でアール達その他のPLもいる。
アールが俺に気づいたようで、見上げなから手を振ってきた。
『ボスとの戦闘は問題なく続けられてる。そろそろ倒せるらしいから第二形態に対する準備はしておいた方がいいね』
レヴィヤタンは他のNPCと違って戦う技術を持っていたが、あの面子じゃあ所詮付け焼き刃だろう。第一形態ならそう苦戦せずに倒せる。問題はその後なんだが。
広場に向けていた目を空に向けなおす。プリムラとカマエルの戦いは一方的な展開になっていた。
一人で魔王に喧嘩を売っただけあり、カマエルの力はプリムラを上回っていた。このままいけば、堕天使デビューを果たしたばかりだと云うのにプリムラは消滅するだろう。ただ――
「なあ、アール。突然全身に痛みがはしって麻痺になる攻撃は受けたか?」
戦いを見ながら簡潔に質問する。
『広場にいる僕らには無かったけど、城にいた一部のプレイヤーからそんな報告を受けたばかりだよ。もしかして、彼女が?』
相変わらず察しが良い。
どうやら先程プリムラが行った攻撃は壁など関係なしに効果を発揮する範囲型のスキルのようだ。俺が最初に受けた時は周りに他のPLがいなかったので正確ではないが、シズネは平気そうだったのに対して二回目は橋にいた連中全員が。だとすると任意で効果範囲の変えられるのかもしれない。
そして、俺の予想が正しければ非常に性質の悪い能力だ。
「アール、全員に体力を回復させるよう伝えろ。ボスと戦っている連中にもだ。無差別攻撃がまた来るぞ!」
問い返さず、ただ返事だけしてきたアールの声を聞きながら俺はアイテムボックスから回復薬を取り出す。
「全員、急いで回復しろ!」
橋にいるエリザ達に向かって慣れない命令をし、薬を飲みながらシズネの肩を掴んで<エナジードレイン>を使用する。次々と回復薬を使いながらシズネを回復させる。
他の連中もアールからの知らせが来たのか、まだ生きているモンスターを距離を取りながら回復アイテムを使って体力を回復している。
丁度、空ではプリムラがカマエルの剣によって袈裟に斬られたところだった。鎌の柄が切断され、深々と胴を抉る。斬られた箇所から飛び出る青いエフェクトは飛び散る血のようだった。
見た目の重傷っぷりと同じく<情報解析>で見れたプリムラの体力バーがレッドゾーンを越えて死亡する直前にまで減る。
武器を破壊され致命傷を受けたプリムラが両手を浅く広げた。絶命寸前の状況において諦めたか開き直ったかのように見えるが、落ち着いた態度だ。
プリムラにトドメを指すつもりか、カルマが剣を真上にに掲げるようにして持ち直す。
だが、その剣が振るわれるよりもプリムラが何かを呟く方が早かった。
「<ディスケ・ドロル>」
「ィ――――」
三度目の痛みが全身にはしった。今までで一番強烈な激痛は俺の体力バーを八割以上減らした上で疑似麻痺まで加えてくる。
アールと繋げっぱなしだったボイスチャットがアールの悲鳴と共に寸断。ここからでも聞こえていたアヤネの歌も途切れる。城中から悲鳴が聞こえ、橋の上にいたモンスターが全滅する。
予測できた分、俺達はなんとか膝をつく程度で床に転がるなんて醜態を晒す事はなかったが、他では地獄だろう。幸いなのはモンスターも今のでほぼ全滅しているだろうという事だ。
カマエルでさえ、剣を振り上げた姿勢のまま硬直していた。NPCにも痛覚に対する攻撃は有効なようで、顔が痛みでか歪んでいる。
プリムラのアレはおそらく自分が受けたダメージに比例したダメージを周囲に与えるスキルなのだろう。ダメージを与えるだけこっちに返ってくるとか、なんて厄介な女だ。
『こ、れは――ハァッ!』
さすがと言うべきか、カマエルは俺達と同じ痛みを受けているはずなのに一早く持ち直した。
だが、その前にプリムラは片方しかない翼を羽ばたかせて既に逃げの姿勢に入っている。
動きを止めた隙にカマエルを倒そうとか微塵も思わせない、この場の危機を脱するためだけに全て費やした徹底的な逃げっぷりは感心するほどだ。
ジェット機みたいに飛んでいったプリムラは黒い羽根だけを宙に落として、もう俺の視界から完全に見えなくなった。
カマエルは一瞬だけ城の頂上、自分が破壊した壁を一瞥だけすると六枚の翼を羽ばたかせてプリムラの後を追って行った。遅れて、僅かに生き残った天使達が城の中から飛び出してカマエルに続く。どうやら魔王よりも身内から出た腫瘍を優先したようだ。
「何しに来たんだろうな、あいつら」
不確定要素であった天使達は内部からの脱退者によって魔王の排除を諦めて去っていき、結局は俺達PLと魔王の戦いという本来の状況に戻ってしまった。
「その原因はクゥ様でしょうに」
横からシズネが冷たい視線を送ってきた。俺は何もしていない。
「ぁ、あの、何で二人はそんな、平気そうな顔してるんですか?」
プリムラの攻撃によってまだ床でヘバっていたエリザが心底得体の知れないモノでも見るかのように俺達を見上げた。
「三度も受ければさすがに慣れる」
嘘だ。正直言って泣きたいほど痛いが、さすがに人前で泣きわめくには抵抗がある。
「エリザ様、女は痛みに強い生き物です。というか強くないと大変でしょう?」
「あの、なんか生々しいんで止めてもらいません?」
アホな会話をし始めたメイドロボとヘタレを無視して、俺は他がどうなったのか確認する為にアールとのボイスチャットを繋げる。プリムラの範囲攻撃がどこまで届くかは分からないが、城の中や広場の方からも悲鳴が聞こえたことからかなりの広範囲だ。
タカネ達のところへチャットかメールで聞くことも出来るが、戦闘中に送ってしまうと集中力を乱してしまうかもしれない。一応、フレンドリストを見る限りは死んでいないが。
「アール、生きてるか?」
橋から広場を見下ろせば、潰れたカエルみたいに倒れているアールを見つける。それでもいくつものウィンドウを浮かべて状況確認を行っているあたりはさすがと誉めるべきか。
「アヤネ様の心配はされないのですか?」
「お前さっき言ってただろ」
女は痛みに強いとかなんとか。現に、広場の中心ではアヤネが肩で息をしながらも膝をついている。倒れてまだ横になっている男連中よりも根性がある。慣れが無かったら俺は無理だが。
『こ、これはキツいね』
「お前生まれたての子鹿みたいだぞ」
話しながら起き上がろうとするアールの体はプルプル震えて大変愉快だった。
『君はよく平気だね』
平気じゃないから。意地張ってるだけだから。それにプリムラに抱きつかれた時の方がもっとヤバかった。
『それで今の戦況だけど、死んだプレイヤーは無し。クゥの助言が聞いたね。ボス討伐グループについては確認中――』
アールの声は途中で凄まじい轟音によって中断された。
「あー、次から次へと」
イベント起こり過ぎだろ。
周りを見渡すと、城の水路から大量の水が噴射されていた。
水路だけじゃない。それこそ広場から、尖塔の天辺から、本城の窓からと至る箇所から水が川のように溢れ、滝を逆さまにしたように空向かって昇っていく。
城中から先程とはまた違う悲鳴が聞こえる。
「わーっ、わーっ、いきなりなんですかこれ!?」
というか近くにいた。橋の上まで水が満たされはじめ、流れるプールみたいな有様になっている。まだ痛みに呻いていたPL達(エリザ含む)がそのまま尖塔の方へと流されていく。
橋の縁部分に飛び乗って難を逃れた俺とシズネはそれを見送り、一変した城の様子を観察する。
天にも届きそうな勢いで噴出する大量の水によって城を囲むようにして虹が現れ始めた。
「………………」
俺の目の前に幻想的で、現実世界では決して見られない世界が広がっている。これだけでもここに来た甲斐は会ったと思わせてくれるほどに美しい。
「クゥ様…………」
「解ってる」
だが、綺麗な花ほど毒があると云う訳では無いが、見惚れるほど美しい光景の後ろにとんでも無いのがいる事は解る。
宙に橋架ける無数の虹に厚みが出来る。縦横しか無かった虹に奥行くが出来、大きさ相応の分厚さとなる。次第に丸みと立体的な模様までもが浮かんでくる。
一番高いところにある虹の先端ではより複雑な形へと変わっていく。二本の角、青い目玉、鰐のように長い顎と鋭い牙。
そうやって頭が完成する頃には虹が連結して出来た長い胴の輪郭も整えられ、ディテールまではっきりする。
最早虹という存在からかけ離れ誕生したのは龍だ。水色の鱗は光を反射し虹色に輝き、鋭い鉤爪は本城の屋根に深い傷を刻む。その胴は太くて長く、城内部を見回しても必ずどこかに巻き付いている。
「……レヴィヤタンの第二形態」
俺の呟きを聞いていた訳ではないだろう。だが、龍はまるで応えるようにその大きな顎を開き雄叫びを上げた。




